聖剣メイキング
帳に浮かぶ半円、闇夜に皓々と輝く上弦の月。そんな光も届かぬエルダリス城の地下工房にて。
つい先程まで開かれていたのはヴァイオリンの演奏会。
観客はケージに入れられたラット一匹のみ。
その唯一の聴者も、今は深い深い夢の中。横たわった身体には心臓部分に青い花の印が。
「ああついに……これであの人を……——」
一人残された奏者は歓喜の声を上げる。
「敬愛なる貴方に安らかな眠りを——!」
青い青い瞳に、溢れ出る狂気を滲ませながら——。
◇
天井に浮かぶ円、青空に燦々と輝く太陽。そんな光がカーテン越しに差し込むエルダリス城の宮廷魔法師達の工房にて。
ルナリアは聖剣作りに取り掛かっていた。
120年前の邪竜討伐の際に、大妖精と双子が勇者メンバーに聖なる武器を作っていたので、それに倣った次第だ。
妖精が作る聖なる武器は、祝福を授かった者にのみ扱える代物。使用者が制限される分、その威力は絶大である。
目の前の壁に立て掛けられているのは鞘に納められた一振の片手剣。城お抱えの鍛治職人が希少な素材で作った逸品。
それに先程から薄暗い室内でキラキラと瞬きを放ちながら旋回する幾つもの光を吸収させる。
光を取り込んだ直後、剣はパァァと激しく発光したがそれも段々と収まっていき、最終的には元の状態に戻っていった。
「出来たっ! ……たぶん」
手順は完璧なはずだが、なにぶん作るのは初めてなので自信がない。
ひとまずはアスターに切れ味を確認してもらおうと庭園へと向かうことに。
アスター達は今会議中で、お互いやる事が終わったらそこで落ち合おうと約束していたのだ。
両手で剣を持ち工房を後にする。
広大な城内。城に来たばかりの頃は誰かと一緒でなければ目的地に着くことは叶わなかったが、一週間経った現在ではある程度一人で行動出来るようになった。
もう一つの変化として、羽が完治した。これでまた飛べる。と言っても人が多いこの場所での飛行は危険を伴うので、しばらくは使う機会はないだろう。
「おや、貴女は……」
道中、前方から訪れた男性に声をかけられた。
「紫の長髪に銀色の瞳……。そしてその尖った耳と羽! 間違いない、貴女が妖精ルナリア殿ですね?」
格好から推察するに貴族と思われるその男性は、尋ねながらずいとこちらに近付いてくる。そのあまりの勢いに、ルナリアは思わず一歩後ずさった。
男性はこれは失礼と謝った後に自己紹介をする。
「申し遅れました。私は防衛大臣をしているダリアス・シベリカ公爵と申す者です。シラー殿下とは血縁関係でして……殿下の母君が私の妹なのですよ」
「ああ……そうだったのですね」
つまりはシラーの伯父にあたる人物だ。知人の親族と分かり、少し警戒心が薄くなる。
「先程の会議でお聞きしました、アスター殿下と共に妖精の森襲撃者討伐の主導をしてくださると。大変心強い! 多大なる貢献に心から感謝を」
「いえいえそんな……」
彼が頭を下げたので、こちらもぺこぺことお辞儀をする。
そんなやりとりの後、顔を上げたシベリカ公は真剣な顔で「ただ……」と話を切り出した、
「貴女を除いて主戦力がアスター殿下だけというのは少々心許ないかと……」
たしかにそれはルナリアも思っていた。邪竜討伐の際の主要メンバーが六人に対し、こちらは二人。邪竜同等の強さを想定とした相手と渡り合えるのかという懸念はある。
「ですので、私からはシラー殿下に加入していただくことを推奨いたします」
「シラー様を?」
予想外の提案に聞き返すと、シベリカ公はええと返答して話を続けた。
「あのお方は聡明で魔法の技術にも長けています。そんなシラー殿下に祝福と、それに伴う恩恵を施してくだされば、きっと絶大な戦力となるでしょう」
「——たしかにそうかもしれませんね」
「そうでしょうそうでしょう。だから——」
「ですが、ごめんなさい。それは出来ません」
「……何故?」
一瞬にこやかだった顔がまた真顔に戻る。
ちょっと怖いなと感じつつも、ルナリアは理由を説明した。
「複数の人間に祝福を贈ることは不可能なのです。上限は一人まで。なのでアスターの寿命が尽きるまで、私は他の人に祝福を贈ることが出来ません」
今度は悲痛を漂わせ始めたシベリカ公。
「そんな……そこをなんとかなりませんか?」
「こればっかりは……」
「どうかお願いします……! あの方にも力を。シラー殿下こそ祝福を授かるのに相応しい人物だ」
「そう言われても……」
出来ないものは出来ないのだ。
中々引き下がらない彼にどうしたものかと悩んだ矢先、救世主が現れる。
「シベリカ公」
今まさに話題に上がっていた人物、シラーだ。
「いけませんよ、あまりルナリアさんを困らせるようなことをしては」
青い瞳はいつも通りの柔和な温度だが、声に若干の鋭さを持ち合わせシベリカ公を咎める。
「ああ、これは失礼を。——それではルナリア殿、またお会いいたしましょう」
さすがに王子の言葉を無碍には出来ないようで、僅かに名残惜しさを醸しながらも立ち去っていった。
「申し訳ありません、伯父がご迷惑を」
「いえそんな……。あ、そうだ、アスターはどちらに? 聖剣が完成したので渡したいのですが……」
頭を下げようとするシラーを制止しつつ、アスターは一緒ではないのかと尋ねる。
「兄上でしたら今、他の大臣とお話し中です。そう時間はかからないと思いますが、ここで立ち話もなんですので先に私達だけで庭園に行きましょうか」
彼の提案に異議はなかったので、分かりましたと素直に頷く。
「そういえばマリーは? 一緒ではないのですか?」
「マリーさんには身体強化に必要な道具を準備してもらっています」
「ああ、そういうことですか」
道中そんな会話を挟みながら、目的地へと歩いていった。
「伯父上は私に王位を継いでほしいようです」
庭園に辿り着き、使用人達に茶と茶菓子を準備してもらった後に下がらせて、シラーは語る。
その手には聖剣。鞘から抜こうとするがびくともしない。事前にアスターしか扱えないと説明していたので特に大きなリアクションはなく、ただ「ほんとに抜けない」とだけ呟いて話を続けた。
「ですが私は第二王子。王位継承順位は兄の方が上。そこから更に今回の——妖精の森の襲撃者討伐が成功したら……その功績により兄を次期国王にと支持する者が増えるでしょう。伯父上はそれを危惧しているのですよ」
「なるほど……」
——シベリカ様があそこまで祝福を求めたのはそういった背景があったのか。
マフィンを口にしながらルナリアは納得する。
「シラー様自身は王様になりたいと思っているのですか?」
「私? 私は……——」
なんとなしに言葉にした質問。シラーは剣をテーブルに立て掛けながら答えようとしたが、彼の答えを聞く前に自分達以外の気配がして、意識はそちらへと移動した
やってきたのは一人の男。
自分とよく似た色の髪を持つ青年。
顔のほとんどを隠した仮面王子。
右目元に祝福の印を宿した彼。
ルナリアの、唯一無二の愛し子だ。