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『鏡の住人』

作者: rhythm

過去の記憶と向き合い、心の中の閉ざされた扉を開けることをテーマにした物語。主人公・鏡屋透は、鏡を通じて自分の過去と再び向き合うことになります。異世界に迷い込み、忘れかけていた真実と向き合う透は、過去に縛られることなく、前に進む力を見つけることができるのでしょうか。

1. 過去の痛みと向き合う

鏡屋透は、自室の鏡の前に立っていた。

部屋の隅に積もった静寂が、夜の帳をさらに深くしている。

鏡に映る自分の顔が、ぼんやりと浮かび上がった。

──いや、それは「今」の自分ではなかった。


鏡の中に映るのは、幼い頃の透と、優しく微笑む母の姿だ。

「透、こっちにおいで」

母の声が、ふと耳に届いた。

透は胸を締め付けられるような痛みを感じた。懐かしさと共に、痛みが胸にこみ上げる。

この光景を、どれほど夢で見ただろう。

だが、母はもういない──あの日、車の事故で。


「……なんで今さら……」

透は呟いた。

その瞬間、鏡がゆらりと揺らめき、反響するような低い声が耳元に届いた。

「透……」

透は息を呑み、身体が一瞬硬直する。

鏡の中の「透」が、不気味に微笑んでいた。


「透、あの頃のように自由になろうよ」

その声は、まるで自分の記憶の奥底から湧き上がってきたような、懐かしくも冷たい響きだ。

──次の瞬間、透は鏡に吸い込まれた。


2. 異次元の鏡の世界

目を覚ますと、透は奇妙な空間に立っていた。

無重力のように宙に浮かぶ無数の鏡。

その一つ一つが、透の過去を映し出していた。

ある鏡には、母の手を握る幼い自分が映る。

別の鏡には、母の葬儀で泣き崩れる自分。

透は息を呑み、言葉を失う。


「……何なんだ、ここは」


鏡の中の自分と目が合った──その瞬間、鏡の中の自分がニヤリと笑った。

透の胸に冷たい何かが走る。

どこからともなく、声が響いた。


「君が忘れた過去がここにある」

「すべてを取り戻さなければならない」


透は、足を一歩踏み出した。

鏡の中に映るのは、過去の自分。

一人で部屋に座る自分。

誰とも関わらず、孤独に閉ざされた自分。


「やめろ……もう見たくない……!」


鏡の中の自分が、何かを言おうと口を開いたその瞬間、透は目を背けた。

その姿を見ている自分が、まるで過去の呪縛に囚われているように感じた。

──だが、逃げるわけにはいかない。透は踏み込んだ。


3. 忘れていた真実

ある鏡に近づくと、文字が浮かび上がった。

「引き出しの中に手紙がある」

──手紙?

透は驚き、足を速めてその鏡に近づいた。

気づけば、透は幼い頃の家の一室に立っていた。

懐かしい部屋──机の上にある引き出し。

透の手が震える。


恐る恐る引き出しを開けると──

そこには一通の手紙があった。

──母の字。


「透へ」


透は手紙を開き、震える指で文字を追った。

「透へ。君がどんなに悩んでいても、私は君を誇りに思っている。自分を責めないで。君は大丈夫だよ。」

透の目から涙がこぼれ落ちた。

「……母さん……」


こらえきれず、透は手紙を胸に抱きしめた。

その瞬間、周囲の鏡が一斉に砕け散った。

「ようやく、君は自分を取り戻したね」

耳元で、囁くような声がした。

振り返ると、鏡の住人が微笑んでいた。


4. 透の過去と周囲の影響

透は鏡の住人を見つめながら、その言葉を胸に刻んだ。

「自分を取り戻す」ということは、母の死だけではなく、周囲の人々との繋がりを再認識することだと感じた。

友人の存在、学生時代に助けてくれた人々、そして長年見て見ぬふりをしていた自分の心の闇。

「君は大丈夫だよ」と言われた言葉が、今度こそ透に届いた。


彼は、ただ一人で悲しみを抱え込んでいたわけではなかった。

孤独で閉ざされていた自分を変えようとしたが、周囲との繋がりを恐れ、遠ざけてきた。それに気づくことができたのだ。


5. 決意と再生

目を開けると、透は自室の鏡の前に立っていた。

──夢だったのか?

だが、手には確かにあの手紙の感触が残っている。

透は鏡に映る自分をじっと見つめた。

「……ありがとう」

過去に囚われていた自分。

母を失った悲しみと向き合えず、足を止めていた自分。

しかし今は違う。


透は静かに呟いた。

「これからは、前に進む」

今度は、自分自身に向けての言葉だった。


その瞬間、鏡の中の透が、僅かに微笑んだ。

──それは、本当に「自分」だったのだろうか?


透が部屋を去った後も、鏡の奥では、何かがじっとこちらを見つめていた。

──そして、その目は、かつて透が忘れた「自分」の一部を見ているようだった。


透が「前に進む」と決意したその瞬間、鏡の住人は姿を消した。その代わりに、部屋の隅に一冊の本が現れた。それは透がかつて忘れた記憶の断片を綴った手記であった。透はそれを手に取り、静かにページをめくった。彼は今、過去と向き合い、次の一歩を踏み出す準備が整ったのだ。


──END──

物語をお読みいただき、ありがとうございます。透が鏡の世界を通して過去と向き合う過程を描くことができて、とても嬉しく思います。この物語では、自己の成長と再生、そして痛みを乗り越える力を描きたかったので、読んでいただけた方々に少しでも共感や感動を感じてもらえたら幸いです。鏡というテーマを通じて、人は過去とどう向き合い、どのように前に進んでいくのか。その答えを一緒に考えていただけたら嬉しいです。これからも、透のように、時には過去を振り返りながらも、前に進んでいく勇気を持ち続けていけることを願っています。

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