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父さん Vtuberで食っていこうと思うんだ  作者: 狼狽騒
父さん コラボ配信を行うんだ
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父さん コラボ配信を行うんだ - 02

 ◆玖零美愛(くれみあ)


 男なんて嫌い。

 嫌い。

 大嫌い。


 優しいなんて嘘。

 話しかけてくるのも下心があるのが見えている。

 

 小学校も中学校もそうだった。

 友達と話しているだけなのに、じろじろとこっちを変な目で見て来る。

 なんか話しかけてくる。


 何やっているか一回聞いただけじゃん。

 それが知りたいのであって、君と話したいわけじゃない。


 恋愛感情とかないの。

 いらないの。


 私は知りたいだけ。

 自分が興味あることだけしか興味がないの。


 だから邪な目で見ないで。


 ……煩わしかったから、高校は女子高に入った。


 上下関係とかそういうのはあったが、それは小学校でも中学校でもあったこと。

 そんなものは些細なことでしかなかった。

 

 ――楽しかった。

 とても心地よかった。


 男からの不快な邪な目がないだけでストレスがなかった。


 自分に余裕が出来た。

 だからもっと自分の世界を広げるために、色々なことをしてみた。


 その一つが配信活動だった。


 きっかけは何てこない、友達の会話だった。


 声がいいから配信してみたら?

 ええ? でも身バレ怖いし。

 だったらVtuberってのやってみたら?

 Vtuber? なにそれ?

 顔出さないでアニメのキャラクターみたいなやつに喋らせるやつだよ。

 何それ。面白そう!


 そんな感じだったと思う。

 そしたら予想外にハマって。


 めっちゃ楽しかった。


 勿論、配信のリスナーには男性も数多くいたと思う。

 最初はすっごい心配だった。


 だけど、配信を通してだと、そこまでの不快感は抱かなかった。

 むしろ色々と知識があってすごいと思った。

 だからやり取りはとても楽しかった。

 配信するのが毎回楽しみになった。


 ……だけど、それはあくまで配信者とリスナーという間柄の話。

 一方的な話かけと、画面越しの文字でのコミュニケーション。


 配信者同士でのコラボ打診とかあったけど、やっぱり男性Vtuberとやろうとした時は、打ち合わせ段階で下心が見えた言動があった。

 だから途中で止めた。

 みんなそういうもんだと、改めて思い知らされた。


 だから同業者は、女の子としか関わらないようにした。

 そしたら楽しくて。

 心地よくて。

 いつの間にやら登録者も伸びていて。


 そしたら、PACKからログライブに入らないか、と誘われて。

 そこに所属して。

 所属のメンバー達は女の子だけで。

 しかもみんないい子たちで。


 今までにないくらい、心地いい場所になった。


 ……最近は思う所があるけれど。

 不満だって正直あるけれど。

 企業に所属したのだからそこは仕方ない。


 でも……ログライブに男を所属させるのはさすがにない。


 今までで女の子に下心のない、嫌な感じのしない男なんていなかった。

 唯一、仙谷社長は珍しくそんな感じのしない男性ではあったが、それは社長としての立場であるからだろう。


 耶摩シダレ。


 中の人が男。

 絶対に、メンバーに邪な感情を抱くだろう。社長という立場ではなく、いわば同僚の立ち位置なのだ。

 奥さんがいるっていう話だけど、どうせ男は若い女の子にうつつを抜かすはずだ。それにメンバーは可愛いし、性格もいいし、男からしたら理想的な子たちだろう。


 私がメンバーを守らなきゃ。

 そして……この心地いい場所を守らなきゃ。


 そう考えた私は、裏でみんなに「まず私が様子を見てみるね。だからみんなが動くのはその後でいいと思う」と伝えて必要以上にメンバーが耶摩シダレに関わらないようにした。


 次に計画立てたのは、耶摩シダレの本性を暴くためにコラボを持ち掛けた。

 しかしコラボなんてのは口実。


 本題は、その前の裏での通話。

 配信ではリスナーの目があるだろうから、そういう様子を見せないと思うけど、でもそうじゃなければポロリと漏らすだろう。



 だからそれを――全世界に配信してやればいいのだ。



「やっほー。オタク君たち元気してる? ゲリラ配信に来てくれてありがとう」


 私は今、配信をしている。

 この配信はマネージャーにも伝えていない。

 つまり、会社の人達は誰も知らない配信だ。


「今から、新しく入ってきた耶摩シダレちゃんにドッキリを仕掛けようと思いまーす。打ち合わせが実は配信されていたドッキリー。いえーい」


 そう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「耶摩シダレちゃんにはすぐにバレたくないので、みんな秘密にしてねー」


 リスナーに忠告しておく。

 これでSNSのリプライとかで直接教えるような空気の読めない人はいないだろう。  


「ドッキリの内容はこちらー」



 作戦1.ログライブに入ったきっかけを聞く

 作戦2.セクシーな写真を送り付けて反応を見る(みんなのファンアートだよ。ありあと)

 作戦3.年上が好きだということを相談してみる(勿論嘘だよ?)

 作戦4.オフコラボを打診してみる(パパ活みたいに!)

 作戦5.その他なんか思いついたら!



「以上になるよ。展開次第でどうなるか分からないからオタク君達見守っててねー」


 さあ、いよいよ断罪の時だ。

 絶対に暴いてやる。


「じゃあ早速かけるよー」


 通話チャットアプリで耶摩シダレに通話を掛ける。



『もしもし?』


 男の声。

 一瞬身の毛がよだつ思いがした。

 だがグッと堪え、私はいつもと変わらないような明るい声を出す。


「あ、どーも初めまして。玖零美愛です」

『こちらこそ初めまして。耶摩シダレです。よろしくお願いします』

「あは。本当に男性なんですね。ワンちゃん女の子がボイチェンを使って逆バ美肉しているかと思いましたー」

『ボイチェン……? 逆バビニク……?』


 お、逆鱗に触れたか?


『申し訳ないです。聞いたことない言葉だったのですが、それは一体どういう意味なのか教えていただけないでしょうか』


 ……そっちか。

 まあおじさんがこのVtuber文化……というかネットの用語とか知っている方が珍しいか。


「あはは。あんま意味のない言葉なんて気にしなくていいですよー」

『いや、実を言うと配信とかでリスナーの方からそういうコメントはあったのですが、さっぱり意味が分からなかったので、悪口かな、と思って飛ばしてしまっていたのです。悪口でなかったのであれば悪意のないリスナーの方のコメントを意図的に読み飛ばしてしまったことになるので、もしお時間大丈夫であれば教えていただけないでしょうか?』


 なんか調子狂うな。

 堅苦しいのと、真面目な言動。

 昔の昭和のオヤジって感じ。

 昭和に生きたことないからアニメとかで見た感じのやつだけど。


 話が進まないので教えてあげた。


『ふむ。そういう意味だったのか。教えていただきありがとうございます』

「いえいえ~」


 真面目に感謝された。

 ノートに書くような音も聞こえたし、本当に堅物のおじさんっぽい。


「というか、敬語じゃなくていいですよ。シダレさんの方が年上じゃないですか」

『うむ。確かに年上だが、しかし先輩には敬意を払わないといけないと思いますので』


 先輩はお前じゃい! って言いそうになったけどグッと堪える。


「ですけど明らかに年上の人に敬語使われるとなんかむず痒いんで……あとこれからはメンバーとして活動していくんですから、『先輩』という名の通りのキャラ付けとして他の人に敬語でないのもいいと思いますよ」

『うむ、しかし……』

「その方がアタシもやりやすいんで。なんならアタシも敬語使うのやめるね。これでいこう、ね? シダレちゃん」

『……そうだな。ありがとう、玖零さん』


 ふう、と息を吐く音。


『若い子たちと接することがあまりないのと、こういうメンバー同士のやり取りで他人行儀に接していいのか分からなかったので、そう言ってもらえると助かる』


 お、ボロを出し始めたな。

 若い子、なんて単語が出て来た。

 化けの皮を剥がしてやる。


「えー、女の子目当てでログライブに入って来たんじゃないですか?」

『そんなわけがないだろう』

「じゃあどうしてログライブに入ろうと思ったんですか」

『いや、入ろうと思って入ったのではないんだけどな……私だって本当はメンバーじゃなくて運営側に回りたかったんだけどな。仙谷君がどうしてもと言うから……』

「えーそうなのー? 女の子と喋れるから得じゃん」

『そうは思わなかったな。むしろ若い女性とどう接してよいのだろうかと悩んでいたところだ』

「でもシダレちゃんとかの年齢の人って、キャバクラとかいってるんじゃないの?」  

『確かに、そういう世代ではあるがな。ただそういうのは基本断っていたよ』

「なんで?」

『妻がいるのに、そういうことをするのはよろしくないだろう』


 ……真面目だ。

 まだだ。

 まだ絶対本性を隠してるはず。


「でもこの業界ってこういうのもあるのよ」


 私はちょっと露出の高いファンアートを送り付ける。


『これは……?』

「ログライブはこういう路線の人もいるから、そういうのもあんま気になんないと思うよ。私も気にならないし」


 勿論嘘だ。

 セクハラへの障壁を低くすれば、先の敬語と同じように本来の様子を見せるだろう。

 さあ、どう出てくる?


『それはきっと女性同士だからだろう。私は男性なのだから不愉快に思う人も多数いるし』

「えー? 気にならないって言っているのに。みんなも気にしないと思うよ」

『うむ。君がそうだとしても私はそんなことはしないよ。そういう路線があるかどうかはともかく、セクハラなどをしていい理由にはならないからね』


 至極正論だ。


 ……次だ。


「そう考えられるのって、シダレちゃんって大人っぽいね。ちょっといいなって思うよ」


 作戦3.年上が好きだということを相談してみる。

 セクハラ地味たこともOKだという女の子に好意を持たれるというのは心に隙間が生まれて失言しやすいはずだ。


『うむ。そういう考えが出来るのは、人生経験だけはあるからだな。何せ還暦に近いくらい生きているから』

「あはは。配信でそう言っていましたよね」


 ……ちょっといいな? の方はスルー?

 あえてスルーしているのか?

 それとも……


「……シダレちゃん、もしかして今そこに、奥さんが傍にいたりするの?」

『ん? 妻は今買い物のために外に出ているが、妻に何か用事があるのか?』

「あ、いや、えーっと……」


 嘘をついている様子はない。

 つまり奥さんの目が怖くて当たり障りのないことを言っているのではないということだ。

 だったらこれは本当に耶摩シダレの本性なのかもしれない。


 ……まだだ。

 ここで一気に行く。


「実は……ちょっと奥さんには秘密にしてほしいことがあって……」

『? 妻に秘密にしたいこととは?』


「あのシダレちゃん……アタシと、オフコラボしませんか?」


 作戦4.オフコラボを打診してみる(パパ活みたいに!)



『おふ、コラボ?』

「リアルでアタシと会いませんか? ってことです」


 ちょっと恥ずかしい、みたいな演技をしながら、私は言う。


「シダレちゃんと、ちょっと、喫茶店とかで話したいなあ、って。静かなところで相談したいことがあって……」


 どうだ。パパ活っぽくできてるだろう。

 若い女の子からのこの誘い、邪な感情があるおじさん、かつ奥さんの目がない今なら絶対に――



『申し訳ないが、それは止めておいた方がよいと思う』



「え……?」


 断られた?

 何で?


「ど、どうして? あ、そっか。顔も知らない人と会うのは危ないもんね。だったら私のリアルの写真を送るからそれで安心してよ」


 私は耶摩シダレに自分のリアルの写真を送った。

 きちんとメイクしているし、可愛く映っていると思っている写真だ。

 これなら問題なく――


『玖零さん。こういうことはよろしくない』


 びくり、と思わず肩を跳ね上げてしまった。

 声のトーンは変わっていない。

 声色も変化していない。


 なのに、その言葉は重く感じた。


『送られてきたのは見なかったことにするから、今すぐ削除するんだ。女の子がこういうのを見知らぬ男に送ってはいけない』

「え? 見知らぬ人じゃないよ? シダレちゃんだから」

『私を信頼してくれるのはありがたいが、こういう所に付け込む悪い大人だっている。私は会社員時代、そういう人の相談を何度も受けたことがある』


 耶摩シダレは静かに、それでいて強い口調で告げる。


『君が声をかけてくれたことは嬉しいし、オフコラボ、というものを打診してくれたことにも感謝する。だが、それをするにはまだ信頼関係が築けていない』


 カチン、と。

 頭の中で何かが鳴り、腹の底が熱くなってきた。


「それはアタシのことを信用できない、ってこと?」

『私のことを信用してはいけない、ということだ』


 言葉は似たようなものだがニュアンスは異なる。

 耶摩シダレは「自分を信用するな」と言っているのだ。


『君が非常に距離を近くしてくれているのはありがたいし、そういう人物なのも分かる。だが、私にだけは、その態度で行くと、君が損をする』

「じゃ、じゃあ、どうしたらいいのさ?」


『待っていてほしい』


「え?」

『私自身が会社にも、ライバーの皆さんにも、そして何より世間の皆さんに、オフコラボをしても問題ないという信頼を得るまで待ってほしい。安心感を得てもらうまで待ってほしい。そういうことをしないんだ、ライバーの皆さんに不愉快な思いをさせないんだ――そう思ってもらうまで、どうか待ってほしい』


 真っすぐな言葉。

 不覚にも私にも真っすぐ刺さった。


 ……不覚にも?


 なんで?


「……そんなの、できっこないよ」


 口から言葉がこぼれる。


「あんたが言っているのは綺麗ごとだ。女の子に対しておじさんが話しかけるなんて、どう見ても下心あるとしか思われないよ。何をしたって」


 実際そうなんだろ。

 最初はそういう風に建前をしていても、結局はそうなんだろ。

 なあ、そう言ってくれよ。


『それでも、私はそう思ってもらえるように愚直に活動していくだけだ』


 耶摩シダレはぶれない。

 言葉によどみがない。


「……嘘だ!」


 頭の中が熱い。


「そんなの口先だけでしょ!? なんで素直に女の子と話せて得したとか言わないのさ!」


 叫びに近い声になっているのは分かっている。

 だけど止められない。


『確かに、そういう思いがある人もいるのだろう。だが、私はそうは思っていない。だから言っていないのだ』

「嘘つき! 男なんてみんなそういうもんでしょ!」


 ああ。

 言葉が止まらない。


「ログライブに入ってきたのだって本当は女の子目当てなんでしょ? なのにそんな紳士ぶっちゃってさあ! 何が目的なのさ?」

『うん、玖零さん、少し落ち着こうか』

「落ち着いてられるわけないでしょ!」


 ムカつく。

 ムカつくムカつくムカつく。

 

「なんでログライブに男が入ってくるのさ意味わかんない! 女の子だけで楽しくやっていたのに男が入って来たら台無しじゃん! 男なんて嫌い! 楽しくない! キモイ! うざい!」


 ありえない。

 マジでありえない。


「会社も何考えているか分からないしなんでこんなのが認められているのかもわからない! 男なら別なとこ行けばいいじゃんなんでこっち来るの! アタシの……私の……」


 目頭が熱い。 


「私の……居心地のいいところを……奪わないでよぉ……」



 ……あれ?

 なんでこんなことを口にしているんだろう。

 私、何してるんだろう?


 耶摩シダレをログライブから追い出そうとしているのに。


 何で私――泣いているんだろう。



『落ち着いたかね』


 耶摩シダレの声。

 私は返答できなかった。

 こんな醜態をさらして。


『……うむ。確かに、いきなり男性がログライブに入って来たら混乱するし、居心地のいい場所を奪われた、と思われるのも当然だろう』

「……うん……」

『それは本当に申し訳ないと思う。嫌な気持ちになったのは間違いないだろう』


 ……いや、耶摩シダレが謝る理由は何もない。

 彼も仕事だ。

 それに……もう私もわかっている。


『これから疑念を払拭してもらうように私は努力する。受け入れられないと思うが、誠心誠意、心を込めて活動することで信用を得られるように頑張っていく』


「うん……分かった……」


 彼は、邪な気持ちを持っていない。

 ものすごく真面目で、まっすぐで


『――ああ、そうだ。一つ質問していいかい?』


 と。

 唐突に質問が飛んできた。


「なに?」

『君は先ほど、男性が嫌い、ということを口にしていたと思う。それは本当かい?』

「それは……」


 そこで、ハッと気が付く。

 私は今、配信しているのだ。

 そこで、嫌い、という話をしたら、もしかすると炎上するかもしれない。

 どうしても口ごもるしかできなかった。


『仙谷君から、君は特に男性との関わりに慎重になっている、男性嫌いの節がある、という話を聞いていた』

「え……?」


 それを言っちゃうの?


「待っ」


『でも、私はそれは違うと思っている』


「……え?」


 先ほどから、え、しか言葉が出てこない。


『君が男性を嫌いだと思っているのは、ログライブとしてアイドル性を保つためかい?』

「それは……違う、と思う」


 私はリスナーのみんなにアイドル性をアピールする為に男が嫌いなわけではない。

 だけど、男が嫌いなのは間違っていない。


『では何故男が嫌いなのだ?』

「それは……邪な目で見て来るから」


 そう。

 それが全てだ。


「私はただ話したい、遊びたい、知りたいだけなのに、下心が見えてすごい気持ち悪い」

『ふむ。それはいやらしい目で見られるから、ってことだからかい?』

「そう」

『だったら、先ほどのイラストのようなものはいいのかい?』

「ん? あれは大丈夫ですけど」

『あれも君を下心で書いたものではないのかい?』

「それは……」


 ……あれ?

 なんでなんだろう?

 アバターだから?


『それに男性が嫌いならば、リスナーのほとんどが嫌いだ、ってことにならないか?』

「それは違う。きっと画面越しだからそんなことを感じないんだと思う」


 私はリスナーは嫌いではない。


「それに私の知らないことを知っているし教えてくれる人も多いから、嫌いじゃなくてむしろ好きより」

『ふむふむ。では訊ねよう』


 耶摩シダレの次の質問で。

 私はハッとした。


『学校の男性の先生は嫌いだったかい?』

「……っ!」


 思いもしなかった。


「嫌いじゃ……なかったです」


 先生は勉強を教えてくれる人。

 そうとしか見ていなかった。


『では、レコーディングの時の人は? スタッフさんは?』

「……嫌いではないです」


『そう、君は単純に性別だけで嫌っているわけではない。無意識かもしれないけれどね』


 確かにそうだ。

 男が嫌いなわけではない。

 私が嫌っていたのは――



「私は……()()()()()()()()()()()なんだ」



 邪な目で私を見て来る男子が嫌いだったのは、私がやりたいことをそんなことで潰したから。

 耶摩シダレを敵視したのは、居心地のよかったログライブという空間を壊しかねなかったから。

 リスナーを嫌いじゃなかったのは、画面越しで物理的に邪魔をしてこないから。


『そう。だから君は、きちんとした人ならば嫌いにはならないと思う。まあ、裏を返せば、今のログライブのメンバーにはそういう人がいない、ということだね』

「そっか……だからか……」


 だから心地いいんだ。


『まあ仙谷君も自分で見ていればそういうことは気が付けただろうけどね』

「……私もそう思う」


 初期のころは仙谷社長が全て見てくれていた。

 だけど最近はマネージャーとかに引き継がれていた。

 だから不満もたくさんあった。


『仙谷君は君を心配していたからね。不満をためているのにきっとマネージャーには何も言っていないで、腹の中でため込んじゃっているんじゃないかってね』

「え……?」


 ドキリ、としてしまった。


「シダレちゃん、センヤから何を聞いたの?」

『ん? ため込んじゃっているっていうことだけだよ。中身は何も聞いていない』


 だけど、と耶摩シダレは言葉を続ける。


『君がため込んでいる不満っていうのは、多分――()()()()()()()()()()()()()、じゃないかな?』


「っ!」


 心臓が跳ね上がった気がした。


「ど、どうしてそう思ったの?」


『うむ。今回コラボするにあたって()()()()()()()()()()()



「ぜ、全部!?」


『ああ、すまない。全部は嘘だな。倍速で見させていただいたから正確には半分になるかもしれない』

「そこは別にいいんだけど……いやよくないよ!」


 私の雑談配信を全部!?

 何日……いや、何十日分あると思うんだ!?


『そこで分かったのは、君はリスナーと距離が近い配信が好き、歌も好き、アイドル活動も好き。だけど――最近は企業案件や、直接話が出来ないボイス収録、ダンスとボイスレッスン増加で配信時間が少なくなってきていることに不満を覚えている、ということかな』


「そこまで……分かるの……?」


 そう。

 私の最近の不満は、配信できないこと。

 企業案件とかボイス収録とか、アイドルのためのダンス、ボイスレッスンが大切なのはわかっている。

 だけど、最近は数が多すぎて、終わったらへとへとになってしまう。

 それで無理やり配信しても、どこかモヤモヤが残ってしまっていた。


『うむ。実はここだけの話になるが、もう君には話しておこう』


 耶摩シダレが柔らかい声で伝えてくる。



『そういう不安な子がいるかどうかを同じメンバーの立場として見つけ、そして支える――というのが()()()()()()()()()()()()()()()()()でもあるのだ』



「え……?」

『みんなには秘密だぞ』


「あー……」  


 冷や汗が流れる。


「あの……シダレちゃん……ちょっと落ち着いて聞いてほしいんだけど……」

『ん? なんだ?』


 私は大きく息を吸う。


「ごめんなさい。ここまでのやり取り、こっそり配信していました」


 リアルに土下座をした。





      ◆




 父さん――耶摩シダレと、玖零美愛のコラボ前の打ち合わせがゲリラ配信されていた件。

 ばっちりとSNSのトレンドに乗ってしまっていた。


 僕が気が付いた時にはちょうど玖零さんを父さんが説得していた頃だった。

 途中で止めようにも、父さんなら何とかするだろうという思いで直接言わず、事の次第を見守っていた。

 結果、やはり父さんはやってくれた。


 まさか一週間先にするように依頼してきたのは、その間に彼女の配信を見るためだったのか。

 きっとこんな風になるとは思いもしなかっただろうから、単純に彼女について理解するためにやっただけだろう。それが功を奏した形になった。


 にしても、仙谷社長からの相談事がそのような中身だとは思っていなかった。

 それに、父さんの隠された役割も知らなかった。


 もっとも。

 玖零さんの配信のせいで全世界に知れ渡ってしまったのだが。


 この配信のおかげで、父さんの株はさらに上がった。一部では「やらせか?」という声も上がったが、あれをやらせとするにはリスクが高すぎるだろう。まあ、父さんをログライブに入れている時点でリスクが高いという反論はある意味できないけれども。



 一方。

 会社の許可なくドッキリ配信を玖零さんについては、何も罰則なし、とはいかなかった。


 父さんとのコラボ配信は延期。


 そして会社からの罰として「ゴールデンウィー玖零(クレ)」と称して一週間連続で配信することを命じられ、その間の案件などはやってはいけない、ということになった。


 罰になってないじゃないか、というのは表だけで、裏ではめちゃくちゃ叱責されていたのは内部だけの話だ。


 だが、そこでも父さんが何かしたらしい。

 彼女が表立ってでも、裏でも、それだけで済んだのも、父さんの働きが大きい。


 更に表では追加で、父さんの動きがあった。

 普通こういう事情でコラボ配信を延期されたら非難が彼女に向くのは間違いなかったのだが、その非難の目を自分に向けた。


「うむ、すまん。その日はタカシに関する行事があったので、コラボを延期させてほしい、って頼んだのだ。打ち合わせだけさせてもらってその話をしようと思ったのだが、まさかあんなことになるとは思っていなかった」


 後の配信で父さんはそう語ったが、きっと気が付いている人も多いだろう。

 でも、それでいいのだ。


 表立って、優しい世界を見せればいいのだ。


 裏で何か犠牲になるものがあっても――




『耶摩シダレの関係者のタカシとは?

 息子? 前世や中の人は顔バレしてる? 年齢は?

 行事から年は七五三? 成人式? アメリカ留学?』




「……なんで僕に関しての記事の項目が増えているんだよ……」 


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