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父さん Vtuberで食っていこうと思うんだ  作者: 狼狽騒
父さん 初配信をすることになったんだ
3/19

父さん 初配信をすることになったんだ

 父さんがアイドルVtuberになって、僕がそのマネージャーをする。

 母さんにそのことを話したら大層喜ばれた。やはり知らない人が家に入ってくるのが嫌だったのか、と思ったら、


「女性マネージャーだったら、お父さんに惚れるかもしれないでしょ。それならタカシの方が安心……はっ! 女の子になったお父さんにタカシも惚れちゃうかもしれないじゃないまずいわ!」


 とか言い出したのでただ狂っていただけらしい。どうしてこんな様子のおかしい状態を今まで隠し通せてきたのかが不思議でならない。

 ちなみに母さんの心配については、実は解消されていない。

 僕が担当するのは父さんの「配信」部分であり、実質家の中で行われるところのマネージメント業務だ。今はまだ行われていないがアイドル活動に必要な「ダンス」や「ボイストレーニング」や外部収録などについて

は別の人が付くらしい。


 そう、父さんはアイドル活動もやるらしい。

 てっきり配信だけかと思ったらそっちもやると聞いて驚いたものだ。少なくとも50代の男性にやらせようとしている仙谷社長は鬼畜である。


 そんなこんなで父さんアイドル化計画(Vtuber)は着々と進んでいった。


 父さんのヴィジュアルは有名な絵師に依頼して完成していた。

 初配信については8月の半ば、お盆の時期にやることになった。

 この時期に配信できるということはモデリング担当の人が相当頑張ったのだろう。後から聞いたが本社に行った時は既にデザインは完成していて、あとは胸の大きさをどうするかってだけだったらしい。何でそこに検討の余地を残していたのかは不明だったけど。


 そんなこんなで。

 今日は父さんの初配信日。

 ログライブ公式で発表され、SNS上ではかなりの話題になっていた。


 実は今までのログライブの新メンバー発表はいくつかのお決まりのようなものがあった。


 ①新メンバーは複数人同時

 ②SNS上で先に挨拶をする


 しかしながら、今回の父さんは①、②ともに異なっている。

 父さんと同時にデビューする人はいない。


 当然と言えば当然かもしれない。

 仙谷社長は「信頼できる男性」じゃないと入れないと言っていたし、父さん以外に当てはまる人など早々はいないだろう。

 それに男性が複数人同時に入ると、今度はログムーンの価値が相対的に下がってしまう。ログライブでいいじゃん、ってなってしまってはいけないのだ。


 かといって、女性と同時だと、今度は他の人達が相対的に霞んでしまう。

 何せ、女性Vtuberグループに男性が入ってくるのだ。

 そのインパクトには絶対勝てない。


 ならば父さんは必然的に単独でデビューするしかないのだ。


 そして②については、公式的にギリギリまで男性として隠すためだ。

 基本的にSNSの運用は本人にやらせるのが株式会社PACKの方針だが、しかし父さんにSNSをやらせたら一発で男だと分かることを呟いてしまうかもしれない。


 それだとインパクトに欠ける。

 そう判断したのだ。


 ゆえに唐突に『ログライブから新しいメンバーが追加されることとなった』という情報しかない状態で、父さんは初配信に挑むのだ。


 世間の期待のハードルは上げに上げられている。


 ……今更ながら怖くなってきた。


 仙谷社長はああ言っていたが、正直、上手くいく未来が見えない。

 ログライブのリスナーは、SNS上で男性に返信をするだけで騒ぎ立てるような人も多いのだ。そんな中でど真ん中に男が入ってくることに拒否感を示す人が大多数だろう。


 炎上し。

 中の人が特定され。

 何故か僕まで晒される。


 ……そんな未来しか見えない。

 だけどもうやるしかないんだ。

 僕以上に父さんと、そして会社はリスクを負っているんだ。そこを信じるしかない。


 そういえば父さんと仙谷社長は個別で何度か話していた様子だった。やはりリスクがある中でどのように配信を進めていくかを綿密に打ち合わせをしているようで、その内容は僕にも断片的には伝えられていた。

 が、聞く限りはログライブに新人がデビューした時と流れは一緒のように思えた。

 自己紹介、ファンネームを決める、配信タグを決める、などを30分で行う。

 ある意味勝負の30分だ。


「よし、動作確認は出来たな」


 父さんはマイクがセットされたパソコンの前に、ヘッドホンを付けて座っていた。

 パソコンの画面には配信ソフトが立ち上がっており、その真ん中には可愛らしい女の子が映し出されていた。

 和服を身に着けた、妖艶なる女性。

 その胸は大きかった。


 これが父さんのアバター。

 名は『耶摩(やま)シダレ』。

 

 因みに名付け親は母さんだ。

 父さんの名付け親が母さんという世にも奇妙な構図になっているが。


「相も変わらず凄い技術だな」


 父さんが首を振ったり回したり色々と動いていると、画面の女の子も同じように動く。流石企業のVtuber。動きが滑らかで自然だ。


「うんうん。もうこれが私の嫁だといっても過言ではないわね」


 母さんが嬉しそうに言うのを「過言だよ!」と反論しようとしたのだが、確かに母さんの旦那が女性になったので嫁であることは間違いないだろう。


 ……いや、嫁じゃないわ。


 僕もおかしくなっていたようだ。

 おかしくなっているといえば


「父さんさ、緊張とかしていないの?」


 あともう少しで配信開始にもかかわらず、いつもと変わらない様子に見えた。

 いつものように表情変わらず、いつものようにご飯を食べて、いつものようにどっしりと構えている。


「ん? そう見えるか?」

「え……?」

「流石に全世界に配信するのだから緊張はしているぞ」

「全然そんな風には見えないけど……」

「ふっふっふ、甘いわねタカシ」


 母さんが口の端を上げる。


「分からないの? 今朝からのお父さんの違いが」

「そんなのあったの? どこ?」

「お父さんの右の髪が一本立ってるから緊張しているに決まっているじゃない」

「そんなの判るわけねえだろ!」


 というか適当言っているだけだな、これ。


 ともかく。

 本人申告ではあるが、父さんは緊張しているようだ。


 ならばマネージャーとしてやわらげてあげないと。


「まあ、大丈夫だよ。全世界に配信、っていうけどそんなに大規模に考えなくてもよくていいと思うよ。今時って気軽に配信できるから、そんなに意識はしなくてもいいって。みんなそういう感覚だよ」


「うむ。そういうものなのか」


「そうそう、そういう感じ! だから……ちょっと配信画面チェックさせて」


 急に心配になってきた。

 配信画面などを作ったのは僕だ。

 切り替えとかそういうのでミスをしたら取り返しがつかない。


「えっと、これは大丈夫で……これもオッケー……あー、これがこうなるから……」


「……ありがとう、タカシ」


 父さんが突然感謝の言葉を告げてきた。


「なに? 一応マネージャーだからこれくらいはやるよ」

「いや、そうじゃない。タカシがこれだけ焦った様子を見せてくれたことで、逆にこっちは落ち着けたよ」

「……はは。なんだよそれ」


 そうは言いつつも、父さんのリラックスした表情を見て僕は安心した。

 大丈夫。

 父さんならきっと大丈夫。

 心配しなくても大丈夫。


 何度も何度も心の中でそう呟いた。


「――さて、と。時間だな」


 父さんが告げるのは、配信時間。

 あと数分で始まる。


 ログライブの新人Vtuber、耶摩シダレの初配信。

 そして僕の父さんの初配信。


 スッと背筋を伸ばしながら、父さんはヘッドホンを付ける。

 母さんがそれを背後から見守る。


 僕は自分のスマホから、父さんの配信の待機所の様子を確認してみた。



『配信待機』

『いったいどんな子なんだろう』

『wktk』

『ビジュアルのシルエットからして可愛いの確定』

『ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! 』

『どけ! 俺の推しになってくれるかもしれない女性だ!』

『全てが謎なの珍しくね?』


 配信前なのにコメント欄が以上に盛り上がっている。

 しかも

 

(待機人数……50000人!?)


 恐ろしいほどの人数が父さんの配信を待っているのだ。

 これがログライブというグループの凄さだ。


 これは父さんに教えない方がいいな。

 聞いたら緊張どころではない。 


「タカシ『配信開始』を押していいんだな」


 父さんの声にハッとする。

 気が付けば配信開始時間だ。


 あれだけ準備をしたんだ。

 もう何も怖くない。

 

「うん。押して」


 意を決した僕の言葉と共に父さんは頷き、パソコンへと向き合った。

 僕は少し離れた場所で片耳だけイヤホンを付け、自分のスマホから父さんの配信を見守る。


 数秒後。

 静止画だった画面が動き出した。


 和風のBGMが鳴り響き、シルエットがゆらゆらと揺れている。

 いわゆる待機画面だ。


『きたーーーーーーーーー』

『きたきたきた!』

『ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! ばにら最強! 』

『和だ!』

『でっっっっっっっっっっっっっっ』

『始まった!』

『わくわくわくわく!』


 コメント欄がすごい勢いで流れ始める。

 目で終えないほどのレベルだ。


 数十秒その画面が続いた後、ふっ、とBGMが消えて画面が暗転する。



「――時は来たり」



 暗転した画面で文字と共に聞こえる、父さんの声。

 あらかじめ作成していた動画の始まりの部分だ。


『え?』

『誰?』

『男?』

『は?』

『声優?』

『いきなりなんだ?』

『なんだこれ?』


 コメント欄を埋め尽くすハテナマークの嵐。

 早速男性という所に反応されている。


 ……冷や汗が止まらない。


「今宵、ログムーンに、一人のライバーが舞い降りる」


 台本なので棒読み感満載の父さんの声が流れる。

 冷静に考えるとこれも相当悶絶するような出来事ではあるのだが、今はそれどころではない。



「耶摩シダレ――ここに見参す」


 キンキンキンキン、と拍子木の音が鳴り、画面が切り替わる。


 幕が閉じ、そして開く演出と共に

 女性型のアバター、耶摩シダレが画面中央に表示された。


 途端に加速するコメント欄。

 シルエットからのお披露目なのだ。

 見た目はさすが企業勢、めちゃくちゃよいのだ。


 そして――



「あー、うん、皆さんこんばんは。耶摩シダレと申します」


 父さんの声がついに配信に乗った。



『は』

『え……』

『え???????????』

『男????????』

『は???????????』

『いやいやいやいやいや待ってナニコレ?』

『え? パパさん?』

『エイプリルフールネタ??』

『ちょっと待って理解が追い付かない』

『おっさん声なにこれ』

『放送事故じゃね』

『おかしいって』

『有り得ない』

『なんだこのおっさん』

『バ美肉かよ』

『カスカスカスカスカス』



 コメント欄は阿鼻叫喚。

 因みにバ美肉とは「バーチャル美少女受肉」の略で、美少女アバターの中身が男であった時に主に使われる表現だ。

 まさに今の父さんの状態だ。

 因みに、その場合にはボイスチェンジャーを使って声を高くしたり変えたりする人が多いが、父さんはそれを用いず、地声でやることを決めていた。

 理由としては、明らかに男の声だと分かるようにしないと、当初の目的が果たせないからだ。


 もっとも、今はその目的を果たせる状況になっているとは思えないが。


『なんでログライブに男がいるんだよ! 教えはどうなっているんだ教えは!』

『ログムーンと勘違いしているじゃねえかおっさん』

『じじいは帰れ!』

『くたばれ!』

『PACK何考えてんだ?』

『ゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミ』

『センヤ出て来いよ』

『あーあ終わったわこれ』

『氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね』

『こんな思いをするくらいなら草や鼻に生まれたかった』

『ログムーンの間違いじゃねえか?』

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 炎上うううううううううううううう!!!』


 最後のコメント通り、炎上状態だ。

 荒らし行為をする人も増えてきている。

 いい意味なのか悪い意味なのか、配信の同時接続数は増えたり減ったりしている。

 きっと低評価が付きまくっているだろう。


 しかし


「皆さんの前にこうしてお披露目できたこと、本当に嬉しく思っています。どうですか、この姿? めちゃくちゃよいでしょう。きれいに仕上げてくれたお母様は――」


 父さんコメント欄を見ているのか見ていないのか、平然としゃべり続けている。

 いや、平然とではない。

 絵師のことを母親という表現にしているということは、これは台本だろう。

 やはり緊張しているのは間違いない。


「えっと、ではコメント欄を見ていきますね……」


 ようやく父さんがコメントに目を向けた様だ。

 直後、動きが固まった。


「あー、えーっと……」


 そうだよな。さすがにこの荒れようだと何も言えなくなるよな。


「……早すぎて見えない……」


 目が追いついていないだけかよ!

 しかし、流石に中身をある程度確認したようだ。

 罵詈雑言が飛び交うコメント欄に向かって、父さんは手をポンと打つ。


「うん。この状態で自己紹介してもしょうがないし、誰も聞かないだろう。なので――質問に答えようか」


 え!?  

 それは予定にないぞ。父さん何やっているんだ――と思わず口に出しそうになったが、すんでのところで息を飲みこんで言葉を抑え込んだ。


「ふむふむ。『おっさん、ライバーに手を出すつもりだろエロじじい』か」


 質問じゃないし! 何でそれをピックアップしたの!?


「お答えしよう。ライバーの皆さんに手を出しはしません」


 まあ当然の答えだよな。


「もう還暦に近い私が若い子になんか手を出さないし、若い子だって私には興味を持たないだろう」


 おっとネットリテラシー。

 年齢層をばらしてはいけないぞ父さん。


「それに決定的な理由がある」


 ……待て待て待て。

 いやな予感がする。



「私は妻以外の女性に興味はない」



 いやああああああああああああ! なんで子供の前でのろけるの!!!

 しかも何万人も見ている中で言うの!?

 この人なに考えているの!?



「だから大丈夫だぞ。なあ母さん?」

「そんなの心配していないわよ」

「ほら。妻もそう言っているから大丈夫だ」



 ……ん?

 今、なんかマイクに声が乗りませんでしたか?


 恥ずかしさで頭を抱えていた僕は父さんの方に再び顔を向ける。


 父さんの横に、母さんが座っていた。

 ――マイクの近くで。


「みなさんどうも! 耶摩シダレちゃんの妻でーっす!」


 マジで何やっているのこの母親!!!

 これマジでまずいんじゃないの……!?

 この暴走止めさせないと――


 ――ブブブブ。


 と、手元のスマホが震えた。

 仙谷社長からのメッセージだった。


<大丈夫です。ここまでは許容しています>


 ……なんだって?

 父さんとコッソリ打ち合わせをしていたのは、どこまでやっていいかを事前に相談していたのか。

 そしてこうなることも予想がついていた、ってこと。


 ……いやいや、僕にそれをあらかじめ伝えておいてくれよ。配信マネージャーだぞ。


<その方が面白そうだったので>


 仙谷社長のメッセージが、タイミング的に僕が知らない方が面白かった、とも捉えられて非常に腹が立った。


 ともかく。

 母さんの乱入によりコメント欄がさらにカオスになった。


『まさかの奥さん登場!?』

『ゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミ』

『リア充じゃねえか』

『新人の女の子に妻がいた件について』

『奥さんの方に変われ』

『奥さんが中の人で良かっただろ』

『お嬢さん奥さんを私にください』

『カスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカス』

『あ、やばい、新しい性癖の扉が開きそう』


 ……心なしか誹謗中傷が減ってきている気がする。

 配信を見るのをやめる人が多くなったのか、それともあまりにもとんでもない事態に混乱しているだけなのだろうか。


「ログライブのリスナーの皆さん、もしこの人が他の人に色目を使っていたら教えてくださいね。――絶対に、絶対に、ですよ?」



『ひっ……』

『は、はい……』

『はい……』


 圧。

 母さんの圧がここまで来た。

 恐ろしい……


 母さんはニコニコしながら父さんの横を離れた。



「うむ。ということで、もし君たちの……推し? でいいのだろうか。お気に入りのメンバーの方に私が何かしようとしたりするのならば、私の命が厳しくなるので、監視の方をよろしくお願いいたします」


 平然とした様子の父さん。慣れっこのようだ。


「虚偽報告は本当にやめてほしい。家の中に刀があるので」


 あんの!? 

 流石に20年近く生きていて家の中で刀なんてあったら記憶に残るはずだし。


「……」


 母さんの手に、いつの間にか長物が握られてた。

 マジであるのかよ。


「じゃあ他の質問を読んでいこうか。えっと……」


 さらっと流して父さんは次のコメントを読む。


「『どうしてログライブに入ろうと思ったのですか』――仙谷社長に言われたから」


『コネじゃねえか!』

『センヤ説明しろ!』

『嘘だろ社長……』


「ああ、仙谷君に責任を押し付けるわけじゃない。ただ、スタッフではなくログライブのメンバーになる、ということは彼が決めたことであるのは間違いない。なんかその方が面白そうだから、らしい」


 ちょっと困ったような声で父さんは続ける。


「私だってこうなるとは思っていなかったし、スタッフの方で働くと思っていた。しかしながら彼が社長で、彼は賢い。だから私がどうこう言うよりも彼の信頼に応えるべく、私は全力で活動をしていくつもりだ」


 まあ、そりゃそうだよな。

 総務人事で真面目に会社員をしていた父さんが、その部下に声を掛けられたのなら、その分野での仕事を期待されているとは思うよな。

 しかし元来真面目な父さんは、全力で業務を全うするだろう。


 女性だらけのアイドルVtuberの中で、ただ一人の男性として。


「他には……ん? ああ、失礼した」


 父さんが何かに謝る。


「『俺らの気持ちは考えないのか』というのは確かにそうだ。申し訳ない」


 会社の戦略とか考えとかは別として、アイドルのファンは複雑どころかマイナスの気持ちしか抱かないだろう。


「『ロンゴミニアド@ヤミー推し注射器マーク』さん、君の言う通り、コメント一人一人に名前もきちんとあるのにそれを読み上げないのは失礼だった。次から読み上げよう」


 違う。

 そうじゃない。

 それじゃない。


 そんなコメントが一斉に流れる。

 が、父さんは素で気が付いていない。


「出は次の質問を……『藤村祐樹@ばにら推しあいすマークうさぎマーク』さん。『ログライブに男がいたらまずいだろ』。うん」


 一拍おいて父さんは問う。


「――何がまずいのか、理由を教えてくれないか?」


『いやいやまずいに決まってるだろ』

『そんなのも分からないのか』

『理由ってそりゃあ』


 否定的なコメントが流れる。

 が、父さんはしばらく黙った後、


「すまないが私は『藤村祐樹@ばにら推しあいすマークうさぎマーク』さんに尋ねている。『藤村祐樹@ばにら推しあいすマークうさぎマーク』さん、答えてくれないか?」


 この言葉でコメントの流れが変わった。


『なんだよ』

『ふざけんな』


 といったような反発の声や、先ほどからの罵詈雑言に加えて、


『藤村君みってるー?』

『おい藤村ぁ! 出てこいや!』

『答えてあげなよふじむらくぅーんー』


 と藤村君に呼びかけるコメントが増えてきた。結果的に罵詈雑言のコメント比率が下がってきて殺伐

 しかしながら、このコメント流れでたった一人のコメントを見つけるのは難しいだろう。


「うむ。『藤村祐樹@ばにら推しあいすマークうさぎマーク』さんがコメントしても分からないな……おーいタカシ」


 !?


「どうやったら『藤村祐樹@ばにら推しあいすマークうさぎマーク』さんがコメントしたら分かるようになるのか教えてくれ」



『タカシ!?』

『新しい登場人物来たー!』

『奥さんがいたということは……旦那さん!?』

『旦那さんはシダレちゃんだろいい加減にしろ!』



「ああ、タカシは息子だ。おーいタカシ。教えてくれ」


 いやいやいや。

 流石に僕は声出さないよ。


 手でバツ印を作る。


「うむ。無理ということか……お、なになに? 『モデレーターにすれば分かりやすくなる』と。モデレーターにするには、えーっとコメントを右クリックして……」


 ちょっと待って!

 モデレーターとはこのプラットフォームでの付与できる権限のことで、これが付与されたユーザーはほかのユーザーのコメントを削除したり、ユーザーに二度とコメントさせないようにも出来る強力な権限だ。

 ただの視聴者にそれを付与するのは非常にまずいのではないか。


 ……いや、1人だけならその人のせいって分かるからいいか。

 様子見をしよう。


「出来た。おお。『藤村祐樹@ばにら推しあいすマークうさぎマーク』さんにスパナマークがついて青くなった。これは判りやすい」


『マジでスパナついてて草』

『ばにら推しなのにモデレーターにされてて可哀想』

『リスナーに言われるがままじゃんか』


 面白がっているコメントが明らかに増えた。

 潮流は変わってきている。


 そんな中。

 ついに現れた。



『ログライブって女性アイドルVtuberグループじゃないか。なのに男が入るのはおかしいだろ』



 藤村君のコメントだ。

 コメント欄も謎に盛り上がる。


「うむ。女性アイドルVtuberグループに男性が入るのはおかしいということか。確かにそれはそうだな」


 しかしながら、と父さんは続ける。


「ログライブは女性アイドルVtuberグループだ。しかしながら、だからといって男性と関わってはいけないという決まりはない。にもかかわらず、男性と関わることをリスナーさんの皆さんが拒否反応を示すことが多かった」


 真っすぐに父さんは語り掛ける。



「アイドル、だからそれはある種正しい反応ではある。その感情も間違いではない。だが、それでは今後の色々な活動に支障が出る――そう考えた仙谷君は、私を、わざわざログライブの方に入れたのだ」


 対外的に男性と関わるのに拒否反応を示されるのならば、内部に入れてしまえばいい。


「ある種劇薬のようなものだ。だが、先ほども述べた通り、私はよこしまな気持ちでライバーの皆さんに接するつもりはない」


 それは信じてほしい、と父さんは頭を下げた。

 2Dモデル故に頭を下げてもある程度までしか反映されないので、画面上の耶摩シダレは首を少し下に向けた程度だった。

 だけど、声音は非常に真剣だった。


『ユニコーンのやつらのせいってわけか』

『まあたしかに奥さんいるし……』

『センヤもきっと信頼できる人を置いたんだろう』

『ある種面白いし俺はいいと思う』



 それが伝わったのか、コメント欄も徐々に肯定的な意見が多くなってきた。 



「なので、皆さん、この耶摩シダレについてこれからきちんと見てほしい」

 私は男性であることは間違いない。

 全ての人に受け入れられないことも分かっている。

 なんなら、きっとライバーの皆さんにもこの事実は伝えられていないので、否定する人もいると思う。

 聖域を汚された気分になる人もいると思う。実際汚しているのは間違いない。


 だがそれでも――ただの一人の無力なこの私を。

 どうか見ていてほしい。


 全肯定しなくてもいい。

 受け入れられなくてもいい。


 ただ、見張っていてほしい。

 私は、真剣に活動する。

 その様子を、見ていてほしい」



 熱を帯びた父さんの声。

 ある種、演説のようになった言葉。


 その言葉は少なくない人に響いたはずだ。

 少なくとも、僕はそう感じた。


「……と、この辺で30分経ってしまったか」


 父さんの声でハッとする。

 あっという間だった。

 波乱がありすぎて、まだ収まってはいないが。

 それでも、この配信は波紋を広げるだろう。

 色んな意味で。


「では、今度、自己紹介とかをきちんとする初配信2回目を行うこととします。仙谷君から、挨拶とかふぁんねーむ? とかを決めておくように言われたのだが、私の勝手な判断で出来なかったので」


 すまなかった、と父さんは謝罪する。


「ああそれと、この後、SNSの方も公開するので、配信告知などはここで確認してください」


 因みにSNSの運用は基本僕がやる予定だ。

 もちろん、父さんに任せる部分もあるとは思うが。


「あとは……なんかあったっけ? タカシ」 


 普段と同じように僕に声をかけないでほしい。

 僕は首を横に振る。



「では皆さん、お疲れ様でした」



 ――こうして。

 ある種伝説となった配信は幕を閉じたのであった。



-----------------------



 後日談。

 この配信の再生数は瞬く間に100万を超えたそうだ。

 さらには当日のSNS上のトレンドに「耶摩シダレ」が、なんと1位になってしまった。


 もちろん女性アイドルVtuberグループに男性が入ったのだから、配信を見ずに表面上でしか物事を救いあげていない人も多かったので大抵は否定的な意見や批判であった。

 しかしながら、意外にも否定的な声ばかりではなく、ある種滅茶苦茶であった配信内容について好意的な声も予想より上がっていた。

 炎上はしたが、予想よりも炎上の大きさが小さかった、というのが僕の感想だった。



 こうして。

 僕の父さん――耶摩シダレは、正式にログライブのメンバーの一員となった。

 


 そして、ここからは完全に余談だ。

 僕はとあるまとめサイトを見ていた。



『耶摩シダレの関係者のタカシとは?

 息子? 前世や中の人は顔バレしてる? 年齢は?』




「……なんで僕の記事があるんだよ……」

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