父さん ついにアイドルデビューするんだ -03
◆
某月某日。
千葉県にある大型イベント会場。
そこで、本日開催されるイベントがある。
それが――ログライブハイパーフェス。
全国のログライブファンが集結し、展示物やトークイベント、物販やライブなどが行われる、リアルイベント。
収納人数は約30000人。
チケットはなんと完売しているので、それだけの人がイベントに参加しているのだ。
「すごいよなあ」
並んでいる人たちを横目に、僕は関係者入り口からタクシーで会場入りする。
去年までは僕はあちらに並ぶような人だったのだ。
「父さん、腰の調子はどう?」
「うむ。今のところ大丈夫だ」
父さんがいつもの表情のまま親指を立てた。
「鎮静剤はライブ直前で使うからな。それまでは使わないで何とか出来ると思う、くらいには大丈夫」
「そっか」
家出る前もそうだし、今もタクシーに座りっぱなしだけど辛そうな様子は見せていない。
ここはもう父さんを信じるしかない。
イベントの関係者控室に入り、スタッフ達に挨拶に回る。
父さんの控室は流石にみんなとは分けられていた。
が、父さんが来たのを聞きつけたか否や、
「シダレちゃんお久ー」
「お久しぶりです。こらナナ、跳ねないの」
「えー? タカシを飛び越えようと思ったのに」
「はいはい。配信で言ったからって現実にしようとしないの」
玖零美愛、殴背メコ、宇城場ナナ、有栖ばにらの4人が控室にやってきた。
この4人の共通点はリアルで父さんに会ったことがあるという人たちだ。
「というかシダレちゃん、腰は大丈夫?」
「うむ。大丈夫だ、ありがとう」
玖零さんの心配に対して、父さんは立って健在さをアピールする。直後にみんなに「いいからいいから座って座って」と焦りながら悟られた。
この4人は父さんが腰を痛めていることを知っていた。
何かあったら、と仙谷社長から任されている人達でもある。
「うむ。心配かけてすまないな」
「いいって。シダレっち気にしすぎだって」
「そう。ナナから遠慮のなさを分けてもらって」
「なにをう!」
宇城場さん、殴背さんがいつものようにじゃれ合っている所に、玖零さんがそういえば、と父さんに言う。
「さっきあっちで、はぐみちゃんとスージーちゃん、クイーンちゃんがシダレちゃんに会いたいって話をしてたよ」
森熊はぐみ、白長スージー、クイーン・カロリーヌのことだ。これは父さん相談室第2回目のゲストだ。
「因みに寧々ちゃんは『べ、別に会いたくないし』って言ってたけど、タカシ、耶摩さんなんかしたの?」
響が言っているのは常磐坂寧々のことだろうが、彼女も相談室第2回目のゲストで、一方的に父さんを恨んでいる設定だ。まだ続いていたのか。
「みんなに挨拶したいのはやまやまだが、私から出向くと、なんかよろしくない気がするから、大人しくここにいるよ」
よろしくない、というのは二つの意味だろう。
メンバーの女の子に会いに行くのが傍から見てよろしくない、というのと。
動き回るのが腰にあまりよろしくない、という二つだ。
「なら代わりにタカシが来なさいよ」
「何でだよ」
「あたしのマネージャーなんだから別に問題ないでしょ」
「ほうほうほう、ばにらちゃんや、いいのかい?」
「ミアちゃん、何よ?」
「他の女の中に放り込んだら、タカシ暴走しちゃうぞ」
「しねえよ」
「……っ! やっぱダメ」
「暴走しねえって」
「え? タカシ暴走するのか? ウチ見てみたいぞ!」
「……タカシ、発進」
女の子に好き勝手言われる。
まあ、本番前で緊張をほぐせるのならばいいか。
そのあたりでスタッフがみんなの出番を伝えに来て、4人は手を振って控室を出ていった。
「いい子たちだな」
「そうだね」
「みんな、こんなにすごいのにな」
父さんの目は控室にあるモニタに注がれていた。
そこではイベントステージの様子が映し出され、オープニングが行われていた。
ついに。
ログライブハイパーフェスが始まった。
◆
そこから数時間の間。
僕と父さんはイベントをモニタ越しに見ていた。
色々なメンバーが入れ代わり立ち代わりに企画として会場を盛り上げている。
その様子は凄かった。
そしてイベントの最後であり、ある種メインイベントとして用意されていたライブが始まった。
これはログライブハイパーフェスに出演している全員が歌唱したり、コラボで歌ったりするなどする一大イベント。
トップバッターは有栖ばにら。
Vtuberのトップの彼女が最初に盛り上げには相応しかった。
そこから様々なログライブのメンバーが、オリジナル曲、カバー曲など様々に歌い上げ、会場を盛り上げる。
このライブは休憩をはさんで前半と後半で分かれている。
そして前半のトリを務めるのが――父さんだ。
シークレットゲストの耶摩シダレが前半最後なのは大いに盛り上がるだろう。
「耶摩さーん。そろそろお願いします」
「はい」
父さんは立ち上がると、カバンから薬を取り出して飲む。
鎮痛剤だ。
その後、シップも取りだして
「タカシ、張ってくれ」
「あいよ」
僕は父さんの背中から腰に掛けての部分に張り付ける。
「よしオッケー。じゃあ頑張ってね」
「うむ。行ってくる」
父さんは片手をあげて控室を出ていった。
やがて数十分後。
僕は控室を出て、関係者エリアからライブを直接見ていた。
リアルの観客の反応が見たかったからだ。
そこで改めて思ったのが、ログライブのメンバーの歌は凄い。
観客のみんなをこんなにも熱狂させている。
楽しませている。
知っている人も何人かいて、みんなあれだけ裏では親しみやすいけれど、それでもみんなやっぱりアイドルなんだなと実感させられる。
見入って――魅入ってしまうのだ。
と。
そこで舞台が暗転する。
次は誰だろう? とか、休憩か? とかざわざわと観客達がざわめきだす。
やがて、長い暗転のが終わり
舞台上の画面に文字が現れる。
『――時は来たり』
観客から歓声が上がる。
知っている人は知っているだろう。
『今宵、ログムーンに、一人のライバーが舞い降りる』
これは父さんの。
『耶摩シダレ――ここに見参す』
耶摩シダレの初配信時の口上だ。
キンキンキンキン、と拍子木の音が鳴り、画面が切り替わる。
幕が閉じ、そして開く演出と共に
女性型のアバター、耶摩シダレの3Dモデルが表示された。
耶摩シダレ3Dモデルの初お披露目だ。
そして。
会場内のボルテージが最高潮になった中。
父さんは堂々とした姿で和のテイストのアップテンポの曲を歌った。
ぎっくり腰をしている50代だと思えないほど滑らかに踊った。
前半のトリとしてふさわしいステージを、見事に作り上げた。