父さん 公式生配信に出ることになったんだ -01
父さんが女性アイドルVtuberになってから、既に3か月以上経っていた。
季節はすっかり冬になり、コートが必要になっていた。
僕は父さん――耶摩シダレと有栖ばにらの二人のVtuberのマネージャー業を続けていた。
それだけ聞くと、さも敏腕かに思われるかもしれない。
だって二人とも今や有名なVtuberなのだから。
有栖ばにらは、言わずもがな世界一の有名なVtuberだ。
方や父さんは異色のVtuberとしてどんどん登録者を伸ばしていき、ついには登録者70万人を突破していた。
異常なペースすぎる。
因みに余談だが、有栖ばにら――響に、何で最初に父さんと絡みがなかったのか、と聞いたら
「あの時は運営に不満を持っていたし、あたしと絡むことでなんか知名度上げようとか考えていたのか、って思って話しかけなかった。のが表の理由で、裏の理由はただのコミュ障だから」
と言われた。
コミュ障は嘘だろう。
あれだけ僕に話しかけてくるのだから。
この前だって意味もなく喫茶店で集合にしやがって。仕事の話はオープンの場じゃできないからただお茶飲んで雑談しただけになってしまったじゃないか。
それはさておき。
父さんの方だが、最近案件がかなり多くなってきていた。
ボイスや台本、果ては歌ってみたを出していた。
因みにリクエストが多かったので演歌になった。
もっとも、息子から言わせてもらえば父さんはそんなに演歌を歌うイメージはなかったが、しかし父さんが例えばボーカロイドの曲を歌っている
投稿された動画を見てみたら、ものすごく上手かった。
本人に言ったら「ミックス? というものの力らしい。すごいな」と謙遜した。
一方で母さんは父さんに歌ってほしい曲を100曲ピックアップしていた。個人的に歌ってもらえよ。
そんな最中、ついに父さんに新しい案件が来た。
「父さん、今週の予定だけど」
「うむ」
「木曜日の20時からスタジオで生配信をするから」
「む? 生配信?」
「ああ、これはね、いつもやっている配信とは違って、ログライブ公式でリアルタイムで配信することをいうんだよ」
メンバーごとのチャンネル以外にも、ログライブは一つチャンネルを持っている。
そこではメンバーの3Dモデルを用いた企画や、イベントの告知を行う配信等が主に行われている。
「今回は年末に行われる大型企画の告知と宣伝するための配信になるよ。台本はこれ」
父さんに渡す。
「今回の配信は1人の司会と父さん含めて4人のメンバーで行うよ。司会は広報の咲さん」
社員なのにメンバーのような役割を担っている人物だ。苗字は公開されていない。
「メンバーは父さん、殴背メコさん、宇城場ナナさん、あと玖零美愛さんだね」
「うむ。会話したことがあるのは玖零さんだけだな」
「だからメンバーに入ったんだと思うよ。それに今回は会話だけじゃないよ」
「む? 何かあるのか?」
父さんが台本から顔をあげる。
「スタジオ収録だからね。今回はリアルの彼女たちと一緒に配信することになるよ」
そう。
だから僕はこの案件が来たのがびっくりしたのだ。
きっと有栖ばにらとのオフコラボを受けてリスナーの反応が問題なかったので決行したのだろう。
「そうか。お土産とか持っていった方がよいか?」
「うん。それはやめておこうか」
予想だとこれから父さんは公式配信に呼ばれる機会が多くなるだろう。その度に持っていくなんて逆に相手側が申し訳なくなるに違いない。
「じゃあきちんと進行できるように、過去の回を見てみるか」
父さんは台本を持って自室へと戻った。
多分、父さんだから無難にこなすだろう。
だから何の問題もないはずだ。
――と、この時はそう思っていた。
なのに……まさか、あんなことになるなんて。