父さん オフコラボをすることになったんだ -06
◆
「有栖さんの不満の原因が新衣装が出ないことだっていうのは知っていたわ」
少し前――父さんと有栖ばにらがオフコラボした時の昼。
僕はマネージャー長に詳細を聞いていた。
「分かっているならなんで新衣装出してあげないんですか?」
「出してあげないんじゃない。出せないのよ」
マネージャー長は深いため息をついた。
「有栖ばにらのキャラクターデザインをしている方って知ってる?」
「えっと確か……『生つぼ焼き』さんですよね」
生つぼ焼き。
生なのに焼きという相反した名前のイラストレーターで、SNSのフォロワーは50万を超えている人気絵師である。
「もしかして、生つぼ焼きさんに依頼したくても人気すぎて取り合ってもらえなくて、それで新衣装が出来ていない、ってことですか?」
「そうだったらまだマシだったけどね。……逆よ」
「逆?」
人気がないわけじゃないから……一体どういうことだ?
「有栖ばにらの衣装は生つぼ焼きさんにお願いしていたのよ。しかも1年以上も前にね」
「そこでは受けてくれたんですね?」
「そうよ。……ただ、そこからいくら言ってもイラストをあげてくれないのよ」
「ええ……?」
マネージャー長は首を横に振る。
「なんど催促しても『すみません』しか言わなくって……でも一度依頼してしまったし、何より有栖ばにらのキャラクターデザインを担当された方だから、断ると色々と面倒になる可能性もあって……権利関係はこちらにあるんだけど、でも事を荒立てられないのよ」
なんとなく事情は理解した。
あまりにも仕事が遅いからキャンセルして他の人にする、ということも出来ただろうが、キャラクターデザインを担当した人に対してそうしてしまうと要らぬ憶測や、場合によっては炎上する可能性は確かにある。こちらがいくら悪くなかろうとも。
じゃあ他の絵師に新衣装を先に作ってもらって――ってやっても、最初の新衣装を他の人に取られた、っていう事実が出来上がってしまって、それもまた面倒ごとになるだろう。
「原因は分からないんですか?」
「それがいくら聞いても何も言わなくて……クリエイターに対して強く出れない面もあってね。今までのマネージャーもお手上げ状態なのよ」
「そうなんですね」
「しかもそれを表面的にも訪ねてこない有栖ばにらに話すわけにもいかないし……逆効果になるからね」
「言い訳にしか聞こえませんもんね」
「あと生つぼ焼きさんとの関係性も悪化するしね」
思ったより複雑な話だ。
複雑な話だけど……
「マネージャー長さん、この方に直接会うことは可能ですか?」
「え? ええ。前にも行ったことがあるし、連絡とれば行けるかと思うけど」
「ではすみませんが調整をお願いします」
僕はパッと思いついたことがあった。
後日父さんに相談しブラッシュアップして。
そして今日、ついにやってきたのだ。
生つぼ焼きさんの家に。
「行くか」
僕は何度も確認したスマホをポケットの胸ポケットにしまい、インターフォンを押す。
ピンポーン。
「……はーい」
「すみません、依然ご連絡させていただきました、有栖ばにらのマネージャーです。こちら有栖ばにらさんのキャラクターデザインをしていただいた先生のお部屋でよろしいでしょうか?」
「……はい、そうです」
声のボリュームが小さくなり、数秒後、扉が開く。
中から出て来たのは、ぼさぼさの黒髪に眼鏡を掛けた小柄な女性だった。
……声からちょっと察してはいたけど、生つぼ焼きさんって女性だったのか。
「……話は聞いています。入ってください」
「お邪魔します」
部屋の中はすっきりとしたものだった。
物はほとんど置いて無く、イラストを描く用の台とかパソコンがあるだけだ。
「粗茶ですが……」
「ご丁寧にありがとうございます」
なんか普通に接待されている。
せっかく頂いたので少しだけ飲んだ。
……薄い。
今入れたばっかだな、これ。
ただ文句を言えるわけもなく……というか言う必要もないので。
「早速ですが本題に入りましょうか」
「は、はい」
生つぼ焼きさんが何歳か知らないが、こんな若輩者にびくびくして敬語なんか使わなくていいのに。
「生つぼ焼き先生。単刀直入に言います。有栖ばにらの新衣装の件です。進捗はどうですか?」
ビクリ、と体を跳ね上がらせる生つぼ焼きさん。
「えっと……そのぉ……ごめんなさい」
頭を下げてきた。
「ごめんなさい、とは?」
「まだできていなくて……」
「何故ですか?」
「えっと、他の仕事が忙しくて……あ、後回しにしているわけじゃなくてそういうことじゃなくて! えっとその……すみません……」
また謝ってきた。
しかも理由を何も言っていない。
成程。
こうやってどうしようもない感じを出されて何も言えなくなるのか。
そりゃ解決しないわ。
ならば――
「……はぁ」
僕はわざと大きくため息を吐いた。
「そうやって謝ればいいと思っています? 何の理由にもなっていないですよ」
「あ、えっと、その……」
ふむ。
演技ではない、か。
演技だったらここで反抗する気配を感じただろう。
じゃあ次だ。
「もうはっきりと言ったらどうですか」
「え? 何を?」
「もう有栖ばにらの新衣装を作りたくないって」
「……は?」
低い声。
やはりここか。
「だってそうでしょう。新衣装って彼女の1周年記念に発表する予定だったそうじゃないですか。それが何で伸びに伸びて今の今まで出来上がらないんですか?」
「それは……」
「他のイラストのお仕事だってされているから体調面ではない。だったら精神面――有栖ばにらの新衣装を作りたくないって思っているんでしょう?」
「……違う」
振り絞るような声。
「そう思われても仕方がないかもしれないけど、でも違うんです……」
「じゃあ何で仕事しないんですか? この新衣装を後回しにするんですか? 理由を教えてください」
「それは……」
再び押し黙る。
はあああああああああ、と長めに溜息を吐く。
「そろそろ本音で話してくださいよ。建前なんていらないんです。あなたもずっと抱えて苦しいと思いますよ。だからすっきりしたいでしょ?」
「でも……」
……さすがに言うしかないか。
「もうギブアップして言ってください。有栖ばにらの新衣装を作るのは無理だ、って」
僕は見下すように視線を向ける。
「有栖ばにらに新衣装を作るなんて面倒くさいからやらない、関わるのはもう嫌だ、有栖ばにらなんか嫌いだ、ってね」
ドンッ!
大きな音が部屋の中に鳴り響いた。
音の発信源は、彼女。
生つぼ焼きさんからだ。
彼女はあらん限りの力で机を叩いたのだ。
「……そんなわけあるか……」
こちらを睨んできた。
「ばにらちゃんのこと嫌っているわけがないだろうが!」
ツカツカと彼女は僕に近づいてきて、襟元を掴んできた
「ばにらちゃんの衣装だって本当は作ってあげたいに決まっているだろう! 面倒くさいわけないだろう! 他の仕事放り出してでもやりたいに決まっているだろう!」
「じゃあなんでやらないんですか? 言っていることとやっていることが矛盾しているでしょう」
「やっているんだよ! ほら見ろよ!」
彼女は近くにあったファイルを床にたたきつける。
中に格納されていた紙が舞う。
その一つを僕は手に取る。
そこに描かれていたのは――有栖ばにら。
彼女がフリルの付いたメイド服を着ている、ラフ絵だった。
「なんだ。これを描けばいいじゃないですか」
「簡単に言うんじゃねえよ!」
再び僕の胸倉を掴んでる。
「そんな簡単にできるわけがないんだよ! だってばにらちゃんは世界一のVtuberなんだぞ!」
世界一のVtuber。
やはりそこか。
「だから最初は安請け合いしちゃった! けど彼女の新衣装は世界一のVtuberに相応しい新衣装にしなくちゃいけないんだ! 彼女の視聴者が……全世界が納得するものにしなくちゃいけないんだよ!」
徐々に声が震えてきていた。
「描いても描いても納得できないんだよ! やりたいけど……やれないんだよ……」
下を向いた彼女から、ぽつり、ぽつりと雫がこぼれる。
涙だ。
「私が作った新衣装がしょぼかったら……ばにらちゃんのイメージと合っていなかったら……みんなに失望されたら……そう思ったら……作れなくて……描けなくて……」
彼女は顔を手で覆ってしゃがみこんでしまった。
「ごめん……ごめんね……ばにらちゃん……ずっと新衣装を出せなくてごめんね……」
予想通り、か。
いや、父さんの補足も大分合っていたな。
僕は短く息を吐いて、彼女に言う。
「その言葉、本人に直接言ったらどうですか?」
「へ……?」
ぽかんとした顔になる生つぼ焼きさん。
「先ほどまでの非礼、大変失礼いたしました」
僕は深々と頭を下げる。
彼女はまだ呆けた様子だ。
「今までのマネージャーは貴方の本音を聞きだせなかったみたいとお聞きしたので、少々強引な手を使って事情を聴かせていただきました。後出しで申し訳ないのですが、僕は有栖ばにらのマネージャーではありますがアルバイトなので、僕の独断ということでクビにするなら簡単にできるので会社に言って下さい」
「え……いや、そんなことしないけど……え?」
よかった。
「あともう一つ、貴方に無断で行っていたことがあります。申し訳ありません」
僕はそう言いながら、胸元のスマホを取り出し、彼女に向けながら――スピーカーボタンを押した
「この件、彼女にも聞いてもらっていました」
「彼女……?」
まさか、と言った様子で生つぼ焼きさんが目を見開いた、その時。
『生つぼ焼き先生、こっそりと聞くような真似をして大変申し訳ありませんでした』
僕のスマホから聞こえている声。
『そしてお話しするのは初めましてになります。有栖ばにらです』
そう。
この部屋に入ってくる前から、ずっと有栖ばにらと通話を繋いでおいたのだ。
「えっ、本当にばにらちゃん……?」
『あ、すみません。……ん、こんばにー! ……これでどうでしょうか?』
「電話口だとやっぱちょっと違うな」
『やっぱそうか。でも本当にあたしは有栖ばにらです』
オレオレ詐欺みたいだな。
「本物のばにらちゃんだあ……」
生つぼ焼きさんは電話の前で土下座するようにうずくまる。
「ごめん……本当に……本当にごめんね……ばにらちゃん……ずっと新衣装を出せなくてごめんね……」
『いいんです。……いや、本当はよくはないと思っていましたけど』
でも、と彼女は続ける。
『こうやってタカシ……マネージャーとの会話を聞いて、生つぼ焼き先生の苦労も知りました。今まで一方的に運営に不満を持ってて解決に動かなかったこと、先生と話さなかったことを後悔しました。もっと早くやってれば、って』
「違う! ばにらちゃんは何も悪くないよ! 悪いのは私で……」
『まあそうですね。先生が悪いですね』
え、おい?
何を言っているんだ。
『だって先生の衣装がみんなに……そしてあたしが気に入らないわけがないじゃないですか』
「ばにらちゃん……」
『だからこれから新衣装について、どうするかたくさん話し合いましょうね』
「う”ん”!!」
涙だらだら鼻水だらだら。
だけどものすごくいい笑顔で、生つぼ焼きさんは電話に向かって返事をした。
◆
その後はすんなりと話が済んだ。
生つぼ焼きさんはラフのデザインを僕に預けて、それを基に新衣装をどうするかを決めることとなった。
「10種類までなら作れるよ!」
そんなことを言っていたがその場のノリだろう。さすがに有栖ばにらも『そ、それは契約がありますから……』とたじたじだった。
ずっしりとした重みを背中のバッグに感じながら、僕は生つぼ焼き先生の家を出た。
すると――
「やっ」
「……なんでいるんだよ」
家の前にいたのは、有栖ばにらこと山田さんだった。
「発・信・機」
「マジか? こわ」
「嘘に決まってんじゃん」
知ってるから適当に言ったんじゃん。
「田中さんに聞いておいたんだよね、住所」
「マネージャー長か。なんで言うんだよ……」
「タカシを追いかけたくて、って言ったらにやにやしながら教えてくれたわ」
「何勘違いしているんだが、あのマネージャー長は……」
「直接会うのは止めておいた方がいいって言われたけど、でも何かあったら行けた方がいいと思ってね」
電話口より直接会った方が、ということか。
確かに絵師とメンバーがリアルで会うのは避けた方がいいから、結果的に良かったが。
「折角来たんだから一緒に事務所行くか? タクシー呼ぶぞ」
「んー」
人差し指を唇の下に当てた後、彼女は微笑みながら言う。
「近くのカラオケ行こうか」
「なんで?」
「だってー生つぼ焼き先生の神絵早く見たいし! だったらどこかゆっくり見られる場所がいいし」
「そういうことか」
「ついでに歌ってあげるよ」
「それはいいわ。今、お金ないし」
「え? カラオケ代払わないわよ」
「いや、カラオケ代くらいはあるに決まってんだろ」
君は有栖ばにらだって自覚してほしい。ライブで何万人も集められる存在なのだ。
マネージャーごときが生で歌声を聞いていい存在ではない。
「じゃあ駅近くまでタクシーで行くか」
「折角だから歩こうよ。運動になるし」
「そうか? あ、聞くの忘れてたけど今日の予定は夜の配信だけだよな?」
「そうよ。だからちょっと余裕あるわ」
「じゃあいっか。行こうか、山田さん」
僕が駅に向かって歩き出そうとした時、
――上着の裾を引っ張られた。
「ん? どうした? 山田さん」
「名前……」
「名前? 外だからちゃんと山田さんって使い分けてるじゃない」
「あの……えっと……」
なんか言いたげな表情だ。
僕はじっと待つ。
「……響」
「え?」
「山田じゃなくて、あたしのことは今度から響、って呼びなさい。しかも呼び捨てね」
「いいけど、それってもしかして君の本名……」
「苗字は教えてあげないかんね!」
あっかんべー、と子供っぽい仕草を見せて
山田さん――いや。
響は楽しそうに僕の前を歩き始めた。
◆
今回の後日談。
というかオチ。
あの後、響――有栖ばにらは、父さんとのオフコラボについての感想を配信で話した。
その際にコメントとしてこんなものがあった。
『耶摩さんの家ってことはタカシと会ったんだよね……』
「いたよ。……あー、なーるほど。杞憂民だな、これ。みんな耶摩さんは奥さんがいるけど、その息子のタカシがあたしに手を出さないかって心配だったばにねー」
彼女は、あっはっはと一蹴して、こう言った。
「みんな勘違いしていると思うけどタカシって年齢どれくらいだと思っているのさ」
コメント欄が高校生とか大学生とかそこらへんで埋め尽くされる。ほぼほぼ正解だ。
ただ70歳って打ったやつは許せねえ。
なんで父さんより年上なんだよ。
「タカシ……いや、タカシ君って呼んだ方がいいばにね」
画面上の有栖ばにらは、にやにやとした表情のまま、彼女は言った。
「いやー、あたしがショタ好きだったら危なかったばにねー」
あいつ……!
勝手にショタにするんじゃねえよ。
僕は速攻で抗議のメッセージを彼女のスマホに送る。
「あ、マネちゃんから。その辺にしておきな、だってさ。はーい」
くそ……そんなこと送ってねえよ。
もちろん、僕が彼女のマネージャーであることは秘密だ。
この言えなさがもどかしかった。
そしてこの後。
『耶摩シダレの関係者のタカシとは?
息子? 前世や中の人は顔バレしてる? 年齢は?
行事から年は七五三? 成人式? アメリカ留学?
(最新)小学生でついに確定か? ショタカシの可能性高し』
僕に関しての記事の項目が増えた。
ショタカシってなんだよ