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父さん Vtuberで食っていこうと思うんだ  作者: 狼狽騒
父さん オフコラボをすることになったんだ
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父さん オフコラボをすることになったんだ -05


「母さん、有栖さんは?」

「ええ、泣き疲れたみたい。今はぐっすりとしているわ」


 あの後。

 有栖ばにらの中の人である山田さんはひとしきり母さんの胸の中で泣いた後、ご飯を全て平らげてから母さんに休みように言われて部屋に連れて行かれた。母さんの口ぶりだと眠っているらしい。

 しかしご飯をきっちりと食べ切るのは律儀だなと感じた。

 多分、出されたものをきちんと食べなきゃという気持ちがあったのだろう。


「母さんありがとうね。急に鍋とか頼んじゃって」

「いいわよ。鍋ってそんな手間じゃないから」


 それにしても、と母さんは含み笑いをする。


「彼女の為に料理を覚えたい、って言った時は別の意味を想像したわ。実際会ってみて凄い可愛い子だったし」

「まあ勘違いされるだろうなとは思った」

「でも、あの様子だと誰かが料理作ってあげた方がいいわね、確かに」

「よく気が付いたな、タカシ」


 父さんが褒めてくれる。


「いや、偶然気が付いただけだよ。冷蔵庫に何も入っていなかったり、食器が綺麗に棚に収まっていたり、あとは締め切りが遠い案件も完了させていたりしていたから、食事に関して気を遣っていないんじゃないかって思い当たっただけで」

「偶然だとしても、その後に自分なりの考えをもって私に相談してきたのは凄い大切なことだ。社会人でも出来ていない人が多いことだぞ」


 そうなのか。

 だとしても自分が何かした、という感触はない。


「父さんに相談しないと解決策も思いつかなかったし、母さんの料理じゃないと彼女の本音を引き出せなかったし、僕はまだまだだな、って感じたよ」


 彼女の力になりたい、って思っているのにその力がない。

 知識も経験もない。


「まあ、これから身につければいいさ」


 ポン、と父さんが僕の肩を叩く。

 正直、ここで慰めの言葉を言ってくるよりもきちんと未熟だということを認めてくれる方がありがたい。


「ってなわけでさ」


 僕は大きく息を吐いて父さんに問う。


「父さん、次にやらなきゃいけないことについて、ちょっと相談に乗ってくれないか?」




 ◆



 この後。

 ぐっすりと寝ていた有栖ばにらこと山田さんは、なんと翌朝まで目を覚まさなかった。徹夜明けだったのと泣いて体力を使ったからだろう。

 翌朝目を真っ赤にして起きてきて謝ってきた。

 が、父さんも母さんも、そして勿論僕も気にしていなかった。

 むしろ作業の為に配信しないって有栖ばにらのSNSで伝えてもらっていて助かった、と思っていた。職業病だな。

 結局昨日はオフコラボをしなかったわけだったが、改めて日程をいつにするかを、みんなで朝食を食べながら話し合った。

 結果、今日の夜になった。


 配信チャンネルは耶摩シダレの方にすることも決まった。

 理由は心情的なものだ。


 オフコラボの場所は父さんの家――つまりここでやる。

 ここでやるのは、母さんもいるという安心感を与えないと、有栖ばにらのファンは心配になるからだ。

 で、父さんの家で配信するから、父さんのチャンネルでやる。

 ただそれだけだ。


 配信内容については一緒にゲームをするとか、なんか企画をするか、とか色々考えたが、無難に雑談配信にすることに決めた。

 視聴者からSNSで質問も募集し、それに回答する形にした。 

 アンチコメントも来るだろうが、それもいつものことだ。気にしない。


 マネージャー長にスケジュールを伝えて許可をもらった後、早速両方のSNSでオフコラボの告知をした。

 SNSのトレンドになってしまった。


 まあ、そうなるか。


「あ、ミアちゃんが『オフコラボしたのか……オレ以外の女と……』って引用してきた。煽っちゃえっ」


 山田さんは悪戯っぽい笑顔でスマホをいじっている。あ、仲いいんだ、玖零さんと。


「……何よ」

「別に何でもないよ」

「……化粧していないんだからマジマジと見てこないでよ」

「え? すっぴんなの? 可愛いのすごいな」

「だから見るなっての!」


 そこら辺にあったクッションを投げられた。

 ナイスキャッチ。


 しかし背後に殺気。


「ターカーシ?」

「母さん、最近刀をすぐに持ち出しすぎじゃないかい?」

「私はそんな風に女の子をすぐ口説くような子に育てた覚えはないわよ」

「え? どこが口説いているのさ。思ったことを口に出しただけだよ」

「まー自覚ないの怖いわー。親の顔が見てみたい」

「あんただよ」


 母さんなんか絶好調だな。


「ん? どうした山田さん?」

「……なんでもないわよ」


 何でクッションに顔を埋めているのだろう。ああ、化粧していない顔を見られたくないからか。

 じゃあこれ以上は何も言わないでおこう。


「あ、今日はこれから一回家に戻るか?」

「ん、このままダンスレッスン行くわ。あともうちょっとのんびりしていたら、ちょうどよさそうな時間だし」

「分かった。ダンスレッスンならマネージャー長ここに呼んでおくよ」

「いいわ。あたし一人で行くから」

「大丈夫か?」

「大丈夫よ。ありがとう」


 穏やかな笑みを見せてきた。

 うん。強がりの笑顔じゃないな。なら大丈夫か。


「あ、有栖ちゃん」


 唐突に母さんが手を一つ打つ。


「せっかくだからお風呂入っていきなさいな」

「え? お風呂ですか?」

「昨日から入っていなくて気持ち悪いでしょう。そのままダンスレッスンとか、感触気持ち悪いままになっちゃうでしょ。タオルとか新しいの用意しておくからゆっくりしなさいな」

「え……でも……」


 何やら躊躇している様子の山田さん。

 まあ他人の家の風呂は入り辛いよな。


「あ、まあそうよね」


 母さんも気が付いたようだ。


「でも安心しなさい。タカシが残り湯を飲まないようにその後に私もお風呂に入るから」

「母さん!?」


 なんてことを言うんだこの母親は。


「そんなにがっかりするとか、こんな息子に育てた覚えはないよ」

「そんな息子に育った覚えもないよ! 飲むって方に何言っているんだ、っていう話だよ!」

「母汁をくらえ!」

「嫌すぎる!」


「……うわあ」 

 

「ちょ、山田さん!? マジで引かないでよ」


 むしろ母さんに対してドン引いてくれ。


「さ、早くお風呂に入りなさいな、有栖ちゃん」

「え? あ、え……」


 母さんが山田さんの背中を風呂場まで押していった。

 押し切られた形だなあ。


「……いったか」


 一連の騒動にまったく動じずに新聞を読んでいた父さんがそこで口を開いた。


「母さん、結構生き生きしてたね」

「母さんは娘も欲しかったからな。嬉しいんだろう」


 娘「も」っていうところに父さんの気遣いが見える。


「んじゃ、この隙に僕は事務所行って例の件の詳細を聞いてくるね」

「うむ」

「だから有栖ばにら……山田さんのことを頼んだよ」

「任された」


 父さんは深く頷いた。


「ところで、なんでお前は彼女を山田さんって呼んでいるんだ?」

「んー、外で配信者だってバレたくないからそう呼べって言われた」

「仮名か。成程」


 父さんもなんかつける? って言おうと思ったけど、僕は外でも父さんとしか言わないな。


「それじゃ、行ってくるよ」


 僕は昨日の山田さんの提出課題を詰めたカバンを肩にかけて家を出た。






 その後。

 僕は、主に事務所にいたマネージャー長を問い詰めた。

 彼女から聞き出したことを突き付けたら、あっさりと教えてくれた。

 こちらでやろうとしたけどそこまで知っているのならば話すしかない、と。


 色々と情報収集をした。


 話をすべて聞き終わった後。

 僕は彼女――有栖ばにらが怒るのも無理はないと思った。


 だが事情はそんな簡単ではないらしいのも理解した。


 この問題を解決する為に、僕の頭の中に一つのアイディアが浮かんだ。

 ある種、僕にしかできないことだ。


 そのために必要な情報を、更にマネージャー長から聞き出した。


 それらの情報と、僕の作戦を聞いた父さんは、


「……あまりよくないが、もうそうは言っていられないかもな」


 と渋々ながら了承した。

 付け加えてアイディアも貰ったので、更に成功率は高くなっただろう。



 そして数時間後。


「お邪魔します」


 山田さんが家に再びやってきた。

 因みに今日の晩御飯は焼き魚だ。


「久々に焼き魚食べました。御馳走様でした」

「お粗末様でした」


 にっこにこの山田さんに同じくにっこにこで返す母さん。


「一人暮らしに焼き魚は面倒だよなあ」

「そうなのよ。グリルとかの掃除が面倒でさあ……あ、すみません! 片付け手伝います」

「いいわよ。お客さんなんだからゆっくりしなさいな」

「でも昨日も迷惑をかけて……」

「ん? なんか迷惑を掛けられた記憶でもあるの? ねえ父さん」

「うむ。何もないな」

「そんな……」

「むしろウチのタカシがお風呂のお湯を飲んで迷惑を掛けていたくらいで」

「うんうん。……ってちょっと待て」


 まだその話続いていたの?


「え? あんた母汁飲んだの?」

「飲んでねえよ! ってか母汁止めてくれ」


 響きも含めてやばすぎる。

 ふふふ、と楽しそうに笑ってきやがる山田さん。

 悪戯のターゲットにされたな。


 みたいなやり取りを経てから1時間後。


「では、この質問をやっていくということで」

「分かりました。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 父さんと山田さんはお互いに頭を下げ、モニタに向き合った。



「――皆の者、待たせたな。耶摩シダレだ」


 配信が始まった。

 父さんはいつものように淡々と言葉を紡いでいく。


「そして今回は特別な客人を迎えている。では、自己紹介をお願いしたい」

「みんなー。こんばにー。有栖ばにらばにー」


 相変わらず声の切り替えが凄い。


「今日は耶摩シダレさんの家からなんと……オフコラボばにー!」

「おふこらぼ、というのは私も初めてだ」

「耶摩さんの初めてのオフコラボを奪ってやったばにー。どうだ羨ましいだろう?」

「うむ。別に誰も羨ましがる人はいなかろうに」

「えー? でもミアちゃんとか悔しがってたよ?」

「ああ、玖零さんは最初のコラボ相手だからな。きっとオフコラボも最初という称号が欲しかったのかもしれないな」

「へっへっへ……あたしが奪ってやったわ! 苦情は受け付けないわよミアちゃん!」


 煽るねえ、とか、う、羨ましくないんだからね、とかコメントも様々だ。


「ああ、一応みんなには告げておくが、きちんとオフコラボするにあたっては妻がずっと傍にいる」

「有栖ちゃんのリスナーさん、安心して見守っててね」


 ジャキ、という音を鳴らし母さんが声を発する。確かに傍にはいる。


「……マジで刀持ってるんすね……?」

「うむ。実際に証言してくれる人が増えて助かる」


 などと。

 軽快な滑り出しと共に雑談配信が始まった。


 二人は、いくつかの質問に対して答えていく。


 例えば


「耶摩シダレさんは有栖ばにらさんを、有栖ばにらさんは耶摩シダレさんを知ったのはどういうきっかけですか、だそうだ」

「あたしの場合はそりゃああれだけインパクトがあれば知ることになるばに」

「うむ。私は逆にVtuberになる前に初めて見たのが有栖さんだったぞ」


 みたいな平凡なモノから、


「お互いの第一印象はどうでしたか?」

「可愛らしいお嬢さんだな、というのが本音だな」


 チャキ。


「母さん刃を向けるのは止めてくれないか? では有栖さんは?」

「えっと、渋いイケおじだな、って」


 チャキ。


「奥さん! あたしにも刃を向けないでばに!」



 みたいな母さんが暴走したものや、


「好きな料理はなんですか?」

「あ、あたしは最近、鍋と焼き魚が好きになりました」

「ほう。それはよかった」

「先ほど食事を一緒にしたばによー。奥さんの料理美味しかったばにー」


 チャッキチャキ。


「母さんや、刃で喜びの感情を表すのは止めてくれないか」



 みたいなほっこりした話や、


「最近いいことありました? だそうだ」

「えー、いいことですかー?」


 と、そこで何故か彼女は振り向いてこちらを向いてきて、急にウインクをしてきた。


「なんかあったかもですねー」


 あ、これはからかってるな。

 じゃあ僕もウインクをし返そう。


「っ」

「ん? どうしたのだ、有栖さん」

「な、なんでもないばにー」


 ……そんなに下手だったか僕のウインク。


 なんて心に少しキズを負った出来事もありつつも。




 オフコラボ配信は大成功に終わった。







 さてさて。

 これでめでたしめでたしで終わる話ではない。


 少なくともめでたしで終わるには、一つ足りないことがある。



 それは――有栖ばにらの運営への不満を解消すること。



 全ての準備は整えた。



「タカシ、行ってこい」



 父さんに背中を押され、僕はある場所へ向かった。

 その場所とは――


 ピンポーン。


「……はーい」

「すみません、依然ご連絡させていただきました、有栖ばにらのマネージャーです」


 僕は短く息を吐いて気合を入れる。




「こちら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、でよろしいでしょうか?」

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