靄(もや)13-3
「スマツ。よく戻ってきてくれたな。ありがとう」
「いえ、大将。皆の力のおかげです。海軍にも助けられました」
スマツはズボンのみ履いていたが、上半身と足首より下は包帯が巻かれていた。その出で立ちでいつも通り指立て伏せをしていたところにマークが訪ねてきた。
マークは地面に腰を下ろしながらスマツに言う。
「こんな時くらい休めばいいのに」
スマツは運動に合わせ呼吸をしながら答える。
「日課ですので。ふぅ。違う事をする方が落ち着かない、んですよ。椅子を用意せずすみません。あと10回ほど、ふぅ。お待ちください」
「気にするな。それより、アミーユで何があった」
スマツは最後の1回を終えると深く息を吐き出し立ち上がった。
「物資であるスンに毒物を混ぜた者は見つけました。ただ、彼も雇われただけで指示した者は分かりません」
「そうか。俺も急いで来たもんでその辺の事を全く聞けてない。話してくれるか」
スマツは汗を拭きシャツを羽織ってからマークと同じ様に床に座った。
「実行したのはアミーユの情報屋と、我が軍二番隊のナジャです」
マークは目を丸くした。
「ナジャが?何かの間違いだろう。確かなのか?」
「はい。情報屋を尋問して供述したのと、その二人の会話をジャン大佐とミシェルが聞いています。狙いは軍だったようです」
マークはそれを聞きながら考えるように左手の親指と人差し指で挟むように顎を撫でる。
「信じ難いが…ナジャは何処にいる。連れてきたのか」
「えぇ。しかし帰国中にあの襲撃に遭ったのでその後の消息は分かってません。逃げ出したか海に沈んだか」
「んん。そうなると、いよいよ雲行きが怪しいな」
スマツは胡座をかいていたが背筋は伸び、両足を組んだ状態で聞き返す。
「この襲撃は一体?」
「あぁ。これも信じ難いが襲撃はピーリク軍だ。恐らくアミーユと繋がっている。南側で君達と戦闘したのはアミーユ軍かも知れない」
「ピーリクが?何故、何のために」
「それもまだ分からない。ただ、アミーユの革命後、連合を組んだ可能性が高いと見る。両国の目的が一致したか、どちらかが脅されたか」
「永世中立国のピーリクが戦闘をしたとなると世界問題ですよ」
「あぁ。そうだな。だが現に事は起きている。と言いつつも正直今の段階では行動に移せない」
「それは何故です」
スマツは真っ直ぐにマークを見つめる。
「バス北側に現れた船団はピーリク軍で間違いないだろう。しかし彼等は"何も"していない。攻撃も威嚇もだ。だが我々の目の前に船団として現れた。宣戦布告か、目的は分からない。その間に南側で海戦が始まった。気を反らしたとしか思えない。そして帰国する君たちを狙ったかのような動きだ」
「我々がアミーユの調査に向かった事、帰国する事が把握されていた、と」
「あぁ。成り行きにしては出来過ぎだ。情報が漏れていたとしか」
二人は黙り、考えた。マークが口を開く。
「それとこれは偶然かも知れないが、フォールの行方が分かってない。未だにだ」
スマツは前のめりになる。
「フォールが?いつからです?伝言は何かないのですか」
マークは鼻息を漏らし言い辛そうに答える。
「何も無い。正確な時間も分からない。いつの間にかだ。テスの確認不足もあるが。タイミングとしては関連を疑ってしまう」
スマツは下唇を噛み千切る勢いで悔しさと哀しみと怒りを圧し殺す。
「少なくとも私の知っている彼は、彼は、こんな企てをする人間では、ない、です」
冷静を保とうとしているが呼吸は荒く、拳は強く握られわなわなと震えている。
「そうだな。少なくとも俺も君と同じ考えだ。俺等の知らない彼がいるのやも知れない。金で雇われる様な事はないと思いたい。ナジャの事も信じ難いが内通者は確実に軍内にいる。と思うんだ」
昼前の高く登った太陽は燦々と輝き、酷く穏やかな陽気の中で忍び寄る暗雲と立ち込める靄が迫りくる気配を二人は何を言うでもなく感じ始めていた。




