前哨戦10-8
フラッグは単独でマーレンに向かった。
貿易船に潜り込むでもなく、マーレン軍に偽装するでもなく、その身一つでマーレンへ向かった。
「おい。一艘こちらに来るぞ。漂流か?いや、人が乗っているな。遭難か」
マーレンは敵襲に備え厳重警備を敷いていた。スンクの軍勢がいつ攻め込んで来てもいい様に島の外周を常に見張り続ける。スンクの手口は正面突破しかないと睨んでいたのだ。それほど軍略に長けた者は居ない。だがその野蛮で凶暴で強靭なスンク人は驚くべき身体能力、持久力、耐久力を誇っている。いくら斬られようとも、いくら射抜かれようとも、簡単には事切れてくれないポテンシャルを持っている民族なのだ。
一人で攻め込むやつなんてスンクはおろかノアやマルベスでさえ居ない。警備兵は完全に緩んでいた。
岸に着くと三名の警備兵がフラッグに寄った。
「おぅ、あんた。戦争から逃れたのか?出身はどこだ。アミーユか?ルボンか?まぁいい。ここはマーレンだ。残念だが手厚く迎え入れる国でない事は確かだぜ。なぁ?はははは!」
三人は銃剣をフラッグに向けながら高らかに笑った。フラッグはいつものローブを纏い、フードを被った状態で微動だにせず佇む。
「おい。なんとか言ったらどうなんだ。国も失い言葉も失ったか。なんとも哀れだな」
へらへらと一人の警備兵が近寄ってくる。フラッグは静かに囁いた。
「私の出身はマルベス。今の住まいはルボンである」
「おうおう。そりゃ災難なこった。そのままマルベスに居りゃよかったものをよぉ。あんたもついてない」
「私を救ったのはルボンである。貴殿らこそついていない」
三人はフラッグの発言に理解しかねた。
「俺らがついていない?あんた何言ってんだ」
「動物が獲物を捕らえ食らう時こそ隙が生まれる。常に警戒せねばならぬという事だ」
フラッグはそう言うとフードを左手でめくった。袖で隠れた右手を振るうとその掌に握られていた石灰の粉が舞った。辺りは粉塵に包まれる。
「くっ!何だ!?目眩ましか!」
一番近づいた警備兵がそう言い放つのも束の間、首筋に熱いものを感じた。すぐに斬られたのだと気付いたが何もする事が出来ず首から血を吹き出しながらその場に倒れる。
後ろの二名は粉が舞い散る中からドサッと人が倒れたような音を聞いた。その中から黒い影がこちらに飛び込む。
フラッグは順番に二人の心臓を的確に刺した。砂浜は赤い血で汚れた。
「そなた達の人生に詫びる。私を憎んでもよいがそんな私も戦争が憎いのだ」
「リーダー。一人で行くって言ってたが、大丈夫だよな」
ハンが何時になく弱音を吐いた。それを聞いていたブライは笑い飛ばす。
「ははは!うちらのリーダー様は大国マルベスの第一王子だぜ?王族ではあるが英才教育も受けてるだろうし、何より戦士で勇者だ。仲間が居ない方が気楽に事を進められると思ったんだろ」
デスガルゴンの船団はフラッグを追い、もう間もなくマーレンに到着しようとしていた。
「でもよぉ。厳戒態勢の敵国なんだ。いくらリーダーでも囲まれちゃ終いだ。万が一って事もあるだろう?」
ハンの少し後ろから覗き込むようにリドルが言う。更に後ろからピートが力強く頷く。
「おいおい。マルベスの王子を舐めるなよ。国王ジャスティンは聞いた話だがセンスと戦闘技術、悪知恵を遺憾無く発揮して国王になったんだ。その血を継いだリーダーがこんなチンケな島国の警備兵に負ける事あるか」
ブライはサーベルを肩に乗せ、甲板の短い階段に腰掛けながら飛び交うカモメを見つめて言う。
「俺の見立てじゃスンクの連中は脳筋ばかりでフィジカル重視のバカみたいな突撃しか出来ない。そんな正面突破じゃマーレン軍にやられ放題だ。ま、スンク人は並大抵じゃないスタミナと鈍感さを持ってるから勢いに呑まれたらマーレンも苦戦するかも知れない」
サーベルを逆の手に持ち替える。
「だが、俺らは違う。リーダーはエリート。そして何よりも"戦争"を経験してその苦しさを味わった。失いたくないものを失った連中は恐れるものなどない、なんて事はなくその逆だ。恐れるが故に底知れない力を発揮し、団結し、これ以上失いたくないと願う。立ち上がった勇気を持っている。そんな心強い仲間を俺達は持っている。負ける気がしないんだよな」




