火種8-3
「ナジャ。私達に隠していることがあるな」
スマツは腕組みをしながら静かに問いかけた。しかしナジャの反応はない。
ーーー数十分前。
「どうしよう…誰に何を聞けばいいの。急に一人にされても訳分かんないよ…」
ミシェルは班員が解散した広場で取り残されていた。初めて海を渡り、外国を訪れた彼女は何故今ここに何のために何をしに来たのかわからなくなってしまった。そして不意に考える。
どこに辿り着くか分からないが気の向くままに歩んでいったらその先に何があるのだろう。その時、軍の皆は私を探すだろうか。置いてけぼりにされてバスに戻る事はないかも知れない。そうなったらどんな人生が待っているのか。その人生はもしかしたら自分にとって幸せな人生になるかも知れない。
だがそんなのたらればの話だ。急に冷静になった。ひとまず土地勘のない場所で動き回るのはよそう。近辺で何か情報を得られれば…
そう思い立ち広場から離れすぐ近くの路地へ入った。しかしそこは人っ子一人おらず、さらに孤独感を増長させた。
突き当たりを左に曲がった時、後方から話し声が聞こえた。悩んでも仕方ない。数撃ちゃ当たるかも知れないと自分を奮い立たせ声の方向へ向かった。
だが聞こえてきたのは想像していない内容だったのだ。
「あーあ。なかなか上手くいかないもんだよな。せっかく手間暇かけて用意したのに台無しだ」
男の声。積み上げられた木箱の陰に身を潜め盗み聞く。
「今回は運がなかっただけだろ。バレた訳でもあるまいし」
違う男の声。彼らは今、二人か。
「いくらアミーユだってスンは今や高級食材だぜ?集めるのに苦労したってのに」
「軍本隊はノーダメージか。でもこうやって調査隊が一定期間隔離出来たんだしよ。今が狙い目だろ?このまま戻れなくすりゃいい」
「まぁそうだけどよ。オレだって一応軍人だ。罪の無い子供達を間接的でも手に掛けてしまったのには罪悪感がある訳ね」
「まず軍人ならこんな事しねぇけどな。ははは!」
一人の男は長髪を一つ結びで束ね、いかにもな雰囲気だが問題はもう一人だ。それはナジャだった。
「駐屯地から備品を盗むなんて常人じゃ考えないぜ?軍も軍でそんなとこから盗むやつなんていないと舐めきった結果だけどな」
自分の事を話しているのだとミシェルは気付いたが割って入る勇気はなく、身を隠しながらただ聞くことしか出来ないでいた。ジャンは続ける。
「しかも張本人がまさか軍に入隊するなんてどんなドラマだよ?悲劇のヒロイン的な?笑えて仕方ない」
二人の高笑いが脳内に鳴り響く。くそっ!くそっ!くそっ…
ーーー同時刻。
ジャンは知り合いの情報屋を訪ねたが彼は数日前から
戻っていないと彼の飲み友達から聞かされた。当てが外れたのでフラフラと街を歩いていると二人の男が路地裏で下品に笑い合っているのが見えた。チンピラかと思ったが気付かれないように建物の屋上に登り暫し観察でもするかと腰を下ろす。そこに女が一人様子を伺う様にソロソロと近付いてくるのも見ていた。
「あいつ…尾行もクソもねぇな。奴らが低能で命拾いしてんじゃねぇか」
ジャンは事の一部始終を知った。流れる涙と嗚咽を堪えるミシェルをじっと眺めた。腹の虫が収まらない。ーーー
「どうなんだ、ナジャ。答えろ」
スマツはナジャが答えるのを待っていた。その間、微動だにしなかった。
「…何ですか。僕何かしましたか」
ナジャはミシェルとジャンに密会を見られていたことは気付いていない様子だった。スマツが答える。
「ある筋から情報を得た。君を以前この国で見たという情報だ。更に君はとても仲の良い友人がこの国にいるそうだな」
「そんなの人違いですよ。僕がなんでこの国に来なきゃいけないんですか。訳が分からない。その"筋"ってのはジャンさんですか?こっちは急に殴られて心底腹立ってるんですよ。そちらこそちゃんと説明してください」
ジャンは黙っている。ナジャは続けた。
「証拠もないのに犯人扱いされて…名誉毀損でしょ。たまったもんじゃない」
「情報源は私です。私、見ちゃったんです。あなたが知らない男とスンの話をしていたのを」
ミシェルが名乗り出た途端、ナジャの目付きが明らかに変わった。視線だけで刺し殺されるような鋭い殺気を感じる。
「はぁ。こんな奴の証言で見世物にされたのか。何も出てこなかったらどうするつもりだ、お嬢さん」
ナジャは低く落ち着いた声でミシェルを脅迫した。
「よぉし。仮に孤児院の件に僕が噛んでいたとしよう。僕がやった証拠はどこにあるんだろうか。スンに名前でも書いてあったかい。ははっ」
ナジャは余裕そうに鼻で笑いながら両手を広げ挑発する。
「証拠ならあるぜ。証人もな」
ジャンが船から身を乗り出して港の方を見た。わらわらとジャンの視線の先が気になった者たちが詰め寄る。港には隊員に後ろ手を取られたあの長髪の男が居た。
「全部教えてくれたよ。スンと毒の仕入れ先もな。他にもいろいろと」
「ナジャ。本当の事を教えてくれ」
スマツは落ち着いた口調で再度問いかける。ナジャは悔しさと苛立ちが入り混じった表情だ。
「僕だって頼まれたからやっただけだ。信用したのが間違いだった。こんなに簡単に口を割る奴だったなんて」
パンッ!
ナジャの左頬に平手を食らわせたのはミシェルだった。下唇を噛み涙を溜めた目でナジャを見つめる。
「…んの野郎、いきりやがって」
またしても殴られたナジャはミシェルに襲いかかろうとしたが間に入ったスマツに止められた。
「落ち着いて。君に勝ち目はない。君がすべきは顛末を話す事だ。私と来なさい」




