睨み合い1-4
ピーリクは焼け焦げた臭い、血が酸化した臭い、腐敗が進んだ臭い、踏み潰された花の匂い、火薬の臭い、潮風の匂いが混ざり合っていた。
国民は永世中立国である事を初めて、そして最期に恨んだ。平和が欲望に敗北したのだ。人間の行き着くところは穏やかな太陽に包まれながら野原に寝そべりうたた寝をするのではなく、武器を握りしめ血まみれになりながら勝鬨と共に拳を夕陽に向かって突き上げる。そんな生物なのだ。
時代は移り変わろうともどこかで争う。勝者と敗者が生まれる。友情や絆が結ばれるがその結びはどちらかを引っ張ってしまえば簡単に解け、相手を、或いは自らをきつく縛るのだ。
戦争に巻き込まれる前、ピーリクは栄えていた。永世中立国であるが故に自衛には重きを置いており、軍事力は世界屈指だった。大国に挟まれた圧倒的な地形でのアドバンテージ、島国の為、全方位からの上陸・侵略。標的となった場合、協力を仰ぐ他国はない。自国の力のみで平和を保たなければならない。
では経済圏はどうか。ピーリクには特産物がない。農業、漁業、畜産は世界と比べ並以下。石油や鉱物も取れない。科学力が秀でている訳でもない。そう、普通なのだ。だが、攻め落とされる事もない。他国を攻め落とす事もない。貿易はするが自国でどうしても生産する事のできないもののみだ。
では何故ピーリクは中立国を宣言し、自力で栄華を誇っているのか。それは過去に悲しい歴史を持っていたから。やはりピーリクの土地は他国にとって羨む場所だった。貿易では重要な中間地点で航海をする上での補給拠点となる。防衛面で基地を設置出来れば各国へ牽制が出来る。国土は大きくないが開けた土地が多くあり、生産拠点を作ることもでき、元々の人口もそれなりに多く働き手には事欠かない。独裁国家であれば奴隷として利用する事も可能だ。人間はカーストという制度を都合の良いように作り上げる。征服してしまえば自分達の立場がピラミッドの頂点に近付く。そんな恐ろしい考えを持つ国や友好関係を築き利益を追求する国。世界中から視線を浴びたピーリクは標的となり奪い合いに巻き込まれ、振り回され、疲れ切ってしまった。結果、中立国となる事を決断し平和を維持する事に努め干渉を受けずに発展を続けた。
だが二つの大国が我を失い全く関係のないピーリクを飲み込んだ。成す術もなく力尽きた。
そんな絶望を味わった少年は屍の上に立ち、赤く血走った眼で大国を、過去の暗い歴史を、己の力ない両拳を睨みつけた。