睨み合い1-2
「大将!大将ー!」
青年が叫ぶ声に人々は振り返りながら咄嗟に道を譲る。いや、正確には退けられた。しかし強引ではなかった。倒される事もなく、ぶつかる事もなく、持ち物を落とされる事もなく合間をすり抜けながら風のように心地良く過ぎ去っていった。
青年の名は[テス]。見た目は中肉中背でこれと言った身体的特徴はない。平凡な青年だ。彼はベンダーラッシュのひとり息子でありガンプーの八番隊隊長を担う。
「大将。またおっ始まっちまいましたよ!なんでいつもこうなるかな…ウチの店でやられるとどやされるのは俺なんですから。なんとか言ってくださいよ!大将!」
ガレオンとワンダのタイマン勝負はおおよそ一ヶ月に一回ほぼ恒例行事となっていた。それは決まって給料支給日に何故か起きる。何故か、起きる。
その勝負が行われる戦場の半数はベンダーラッシュの七番テーブルだ。周りの客に話を聞けば、
「こちとらしっぽりやりてぇってのに毎月毎月…迷惑なこったよ。隊長職でなかったら完全にどの店も出禁だろうに」
「最初は厄介に思ってたんだが、徐々にそれ目当てになってきちまってよ!そういう連中も増えてきたみたいだぜ?」
「私は六番隊隊長さん推しなんだけどね!でも勝ち負けじゃなくて男臭いザ・喧嘩!みたいなの?興奮しちゃうのよねー」
「大将!どうにかしてくださいよぉ」
テスが半ベソで泣きつく。
「あのさぁ…まずその"大将"って呼ぶの、やめてくれないかな。結構恥ずかしいから。あと、君も一応隊長なんだからある程度止めたり諌めたり出来ない?」
「え?だって"大将"は"大将"ですよね?それにこの俺にあの二人を止められると思いますか?これどんな複雑な数式を使っても無理って答え出ますよ」
「…はぁ。そうかい。行くしかないのかね」
頬を人差し指でポリポリ掻きながら空を仰ぐ。しなくても良い事をしなければならない時のこの言い様の無いモヤモヤした感情を毎月思い出させてくれる。嬉しくもないイベントを無意識に彼らは作ってしまったのだ。
彼の名は[マーク]。ガンプーの一番隊隊長であり、テスの言う通り"大将"なのだ。小国でありながら世界有数の勝率を誇るこの軍をまとめる。非凡な頭脳としなやかで力強い体格を自らの努力で勝ち取った類稀なる存在なのだ。そうなのだ。そうなのだが…
「すみません!親父に買い出し頼まれた最中なのでよろしくお願いします。終わったらすぐ戻りますので」
青年は屈託のない笑顔を見せつけ群衆に紛れて消えた。
「俺は何をしているんだ。こんなご時世に」
この国を支える英雄は自軍の隊長同士が給料支給日にたがを外した飲み会の席で酔った勢いそのまま始まった勝負を止めるべく一人走り出すのだった。