吹雪く4-2
「さもなくば...さもなくば!!」
ユティンの声が議事堂に響き渡った瞬間で時が止まる。動いているのはラフスただ一人だ。ラフスはぐるりと議事堂内を見渡す。ゆったりと見渡す。
ユティンは副首相に襲い掛かる状態で止まっている。副首相は両手を中途半端な位置に挙げて成す術なく怯えながらのけぞっている。もう一度ユティンを見るとその顔は狂気じみた笑みだった。
次の瞬間、ユティンは血まみれで、仰向けで、目を見開いて地面に横たわっている。その横にはラフスが両膝をついて呆然としている。その様子をもう一人のラフスが見ている。もう一人のラフスは再び議事堂内を見渡す。先ほどよりゆっくりと見渡す。そしてもう一度、自分を見る。
「さもなくば!!」
振り返るとユティンがナイフを持って自分に襲い掛かってくる。目をカッと見開き、笑いながらナイフを振りかぶっている。それを振り下ろした瞬間、いつも目覚める。
飛び起きたラフスは冷や汗を掻き、荒れた呼吸で「はぁ、はぁ」と現実を確かめる。左胸に右手を当て鼓動を確かめる。自分は今日を生きて迎えていることを確かめる。
桶に溜めた水で顔を洗い鏡を見る。そこにもう一人の自分はいない。これは虚像なのだ。私は一人だ。鏡に手を伸ばして偽りの自分と手を合わせる。そこに感情はない。温もりはない。
いつもとは違い、動きやすい服装で今日は身支度を整える。外は冷え込みそうなので少し多めに着込む。これでも副首相だ。それなりに小綺麗はしているつもりだ。誰にも会わず顔を指されないわけではないからだ。
「ラフス様。ご要望ございました花束をお持ちしました」
秘書が花束を持ち部屋を訪ねてきた。供え物を見繕うように頼んでおいたのだ。
「あぁ。ありがとう。もうじき出発するよ」
「くれぐれもお気をつけて。この日だけは誰も同行できないので十分に警戒してください」
「わかっている。同行を拒んだのは私自身だ。細心の注意を払うよ」
秘書は一礼して部屋を出て行った。ラフスは満面の笑みで送り出した。
最後にもう一度鏡を見る。作った笑顔が痛々しいがそういう職業だ。人に弱さを悟られてはなめられる。感情をなくす職業だ。そしてラフスは鞄と花束を持って部屋を出た。
窓際に置きっぱなしのグラスの中身は空だった。




