プロローグ
海が赤い。
まもなく日の入りとなる。ぼんやりと月が見え始めた。今日雨は降らなそうだ。それだと言うのに不満気な表情を浮かべる。その表情は次第に崩れ、更に崩れ、止め処無い涙を湧かし苦痛に歪む。やりどころの無い感情は自らで昇華させなければならない。何故ならばこの場には一人しかいないからだ。
さざ波が打ち寄せる海岸は今や物思いにふけるほど穏やかではない。鳥達が憩う森や小魚が泳ぎ風がそよぐ川もより一層、平常とは違った意味で静けさを増している。
この時期、草花で埋まる平野にはその跡形も無く、煙が立ち、其処此処に塚が出来た。沢山の人塚が出来た。
今まで過ごしてきた風景。野原、森林、海岸といった自然は消滅し、街は崩れ去った。その代わりに動かなくなった人、壊れた武具、焼け焦げた建造物。
この地に唯一そびえる山からは川が流れ、大きく三箇所に分岐し海へと続く。果てしない海原へと旅立つ。しかし今日に至っては門出には相応しくない。流したくもない大量の血を母なる海へ運ばなければならない。海に辿り着くまでにどれほどの血を流さなければならないのか。そしてその海から流れ着き、海岸に打ち上げられた屍がまたこの地に戻って来る。
海が赤い。
この地で生き残ったものが居た。齢12歳の少年だ。その少年は人塚の頂点に登り、自分の身長の三倍にもなろう大旗を握りしめていた。所々赤く、汚れが混じり黒くなった血が付いているもののそれは白旗だ。まごう事なく白旗なのだ。旗の持ち手も血で染まった。誰の血かはわからない。ただ、今もなお握りしめる拳からも血は流れている。その少年に生気はもはや無い。その目は流した涙の所為か、はたまた生死を彷徨う攻防によるものか、血走っている。
海が赤い。