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カラスと、悪魔と呼ばれた聖女  作者: ユライダココロ
9/23

◯月✕日

町にもう一度行きたいので、放してほしい。



昨日は力の使いすぎのせいで、ずっと目が覚めなかった。

次の朝に、意識を起こすと、枕元にはもう羽はなかった。代わりにあったのは、仰向(あおむ)けの私に覆いかぶさる大きな翼。


「おはよう、ルナ」


「っっ!?」


耳元で聞こえてくる深い声。驚いて翼を叩きそうになるので、やめてほしい。


「というか、勝手に寝台に入って来ないでください!昨日も思いましたが、ここは私の部屋で」


「ここは君の部屋じゃない。俺達のだ」


「は?」


「君の自室はすまないが、この屋敷にはない。元からここは……あ、愛の巣だ」


鳥特有だろうか、巣というワードを使われた。愛の巣というのはつまり、鳥の夫婦が()りなすベッドのことだろうが。


「どうして本人が顔を赤くして言うのよ」


「っっ……」


押し黙ってしまうのでそれきりだが。平気そうに私の隣で寝てくるし、右手を(つか)んでくるくせに。


「ふふふっ、あなたってばおかしな鳥ね。大胆(だいたん)かと思えば、なんで自分で言うときだけそんなに顔を赤くするのよ」


「っ!」


「ほら、また赤くなったわよ」


私がそのことに触れるだけで顔を真赤にするのでおかしくなってしまう。顔が赤い鳥といえば、トキやキジが思い浮かぶが。


「そういえばジャックはなんの鳥なの?」


「俺はカラスだ。クロウ家は獣人の中でも一番賢いとされる、カラスのこと」


カラスと聞いて、ガーガーと鳴いている奴らの姿が頭に浮かぶ。

ゴミを(あさ)り、何を考えているのかわからない丸い目。馬車が通る道を平気でのそのそと歩くし。人間を見下しているような、そういう目つき。


「なんかそれっぽいわ」


侮辱(ぶじょく)しているのか」


「だってあなた、人間なんてこの領にいらない!って言ったじゃないの」


「まだ根にもっていたか……」


しょんぼりしたジャックは、私の右手を握ってきた。


「人間はいらない。だが君は必要だ。君だけは特別なんだ」


「!?」


あまりに言うことが私の胸を突き刺すようなことなので目を避ける。これは勘違いしてはならない。ただ私を仲間だと、信頼してくれただけ。

ジャックは、私に恩を返そうとしているだけだから。


そもそも獣人と人間は相容(あいい)れない。別種族である我々は、婚姻の例もほとんど少なかった。政略結婚として、令嬢が他種族のところへ嫁ぐというのは一番恐れるべき事態である。

向こう側に嫁いで、何が起きるのかわからないということ。


なぜクロウ家との縁談がパナケイア家に持ち上がっていたのはわからないが。間違いなく、父は私ともう二度と顔を合わせないようにするためにも、こんな遠くへ送ったのだ。


朝食を食べ終えると、彼は少し外の散歩に誘ってくれた。歩けば歩くほど、屋敷の外は密林である。


「君の言っていた渓谷(けいこく)はこの先にある」


「行っても無駄よ。私、飛べないもの」


木の根がヘビのように()う地面を渡る。ときおりつまづきそうになるが、そのたびに彼は手を貸してくれた。


「なあ、聞いてもいいか。なぜ君はそんなに、無償(むしょう)で人を助けるんだ」


ぶっきらぼうに尋ねてくるジャック。彼は人の気持ちを考えるのが苦手なのだろうか。私にとってあまり聞かれたくないことだったが、森はそんな(から)に閉じこもるという行為を(ほだ)してしまう。

きっと彼はこれを知ったら、私を離しておいてくれるかもしれない。今ならまだ、間に合う。裏切られたときの痛みを最小限で済ませるためにも、告げるべきだった。


「私はパナケイア家の庶子(しょし)の子よ。幼いとき、公爵に引き取られたの。それで異母妹の傷を治してほしいと言われたわ」


「それは……すごいことだな」


庶子の子。正式な子供ではないのだと聞かされても、彼の態度は変わらなかった。


今更(いまさら)なんだ、って言いたくなるわよね。公爵は私を利用したい時に母から引き離したのよ。それに、母も母だわ。私を引き止めればいいのに。あんなにあっさり身を引いたのだから」


優しい私を信じる素振(そぶ)りをして。彼女は自分の手から私を離した。


「この右手は、誰かに役立てるべきだと母は言ったの。同時に、怪我人に抵抗されてもこの能力は珍しいから仕方ないことだともね」


枯れた花を見られて化け物だと言われることも。

その時から、ずっと彼女に人を憎むことがないように教え込まれた。

あんなに必死に教え込んできたのは、きっと私が彼女にとっても魔物だったからに違いない。


「妹は心臓の病だった。傷病(しょうびょう)は重いほど、たくさんの代償が必要になるから大変だったわ」


「俺の傷を治したときも、手に花を持っていたな」


「ええ。この右手は便利な能力でもなんでもないのよ。傷病を、他の生命に移し替えるだけの力。そして私は、妹にもそれを使った。大量の花の変わりに、私の心臓をね」


「君の……心臓?」


目を白黒させる彼は、立ち止まった。葉が生い茂る大木の下で、彼は今にもあらゆるものをその翼でなぎ倒しそうな怒りをあらわにした。


「花を犠牲にするだけではだめだったのか」


「植物の命だけでは、彼女の病は治せなかったのよ。彼らは、私を急かしたわ。病を治さなければ、私はムチを打たれる」


おろしている白髪をかきあげて、彼にうなじを見せた。


「これは…」


「ムチの跡よ。あの人達、本当に痛いことしてくるんだから反則だわ」


背中に無数に打たれたそれは、ビアンカを治すまで続いた。母が怪我人を早く治すようにと言いつけてきたことも。彼らが私を痛めつけたことも。

私の命をやすやすと引き渡すことの引き金になった。


「ふふふっ。でも言いつけはずっと守ってるのよ」


母と約束したこと。それだけが唯一、私に愛を感じさせてくれるもの。

私はジャックにすべてを話した。もう心臓は病を吸い上げたから、この先どうなるのかわからないとも。



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