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◯月✕日
病院には毎日、見舞いに行くけど。なんだかジャックの様子がおかしい。
「ヴァロン、おはようございます」
「ルナさん、今日も元気そうですね。おはようございます」
柔らかく話しかけてくれるヴァロンは、まさしく患者を癒やしてくれるお医者様である。
「その花、弟へ持っていくものですか」
彼は私の手に握られている花を指さした。渓谷で見たフクジュソウではないのが残念だが。花屋で買った綺麗なものを厳選している。
わがままだと理解しつつも、ギラに毎日送迎してもらって、病院へは朝一番に通っていた。
「そうよ。病室に植物はあまりよくないけれど。これがあれば、いざという時に助けられるもの」
「ふふっ、あなたという人は今後が楽しみですよ。弟との花の思い出は、谷で見せた花畑が最後ですが」
ヴァロンは、私の持つ花に鼻を寄せて心地よさそうに目を閉じた。病室に花というのはあまりよくないのは人間の文化である。植物というのは動けないから、病室から動けないという不吉な意味にもつながっている。だがいつでも彼の傷をいくらでも治せるように。私はこれを持って行く。
「ジャックが喜んでいるといいのだけどね」
「あなたのその顔を見ると、嫉妬してしまいますね」
「ジャックはあなたの弟よ。私と彼は政略結婚だから安心してほしいわ」
「そういうつもりではないですが。政略結婚というのは本当なのですか?」
「ええ。鳥人と人間の婚姻を、パナケイア公爵はそう言っていたもの」
「それはおかしいですね。鳥人はただでさえ、人間を毛嫌いしていますから。ジャックは特に」
「どうして鳥人は人間嫌いなの?」
ジャックも最初は私を殺す気でいた。ギラや、他の使用人さえ、私を部外者だと、彼の怪我を知らせようとはしなかった。
彼らの人間を嫌う心は、どこから湧いてくるものなのだろう。
「話すと少し長くなります。鳥人はその昔、あらゆる種族との橋渡し役として、活躍していました。翼を持つ私達は、郵便配達やら、とにかく物の移動に役立っていたんですよ」
「伝書ハトみたいな?」
「ふふふ、ええ、そうです。ですが時代には戦争がつきものです。私達は戦争により、その翼と羽が薬や武器の威力に効力を発揮するとして。虐殺が始まったんです。それから初代クロウ家が山にこうして鳥人たちを導き、一つの領地としてまとめることになったんですよ」
聞いたことがなかった歴史。鳥人というのは獣人の枠組みの中に入る、ごくわずかな種族。そのせいで歴史も何も私は知らないでいたのだ。ヴァロンは、診察室の窓の外を見て微笑んだ。外ではまだ未熟な翼を伸ばしながら、鬼ごっこをしている子どもたちがいる。
「こうして私達が安心して住めるのは、クロウ家が鳥人だけの地を作ったからですよ。ここは魔物が多すぎて、誰も住めないですから。時々、近くにいるヤマネコたちに攻められることもありますが」
「ヤマネコなんていう種族もいるのね。あなたから聞かなければ、全然わからないことばかりだわ。ここの地は、本当に私の知らないことばかりね」
「いくらでも教えてあげますよ。ですがそのかわり」
「?」
彼は私の手に、騎士のように口づけをした。
「私の弟を大切にしてやってくださいね」
彼は私に自分の償いをさせるつもりなのだろうか。ジャックという弟に全てをたくしてしまったこと。当主の役目を逃げて、医者になったこと。
「そこでなにをしている」
冷ややかな声で後ろを振り返れば、患者のために用意された簡素な服を着ているジャックがいた。部屋に入って来た彼は、大きな黒い羽を伸ばして、兄に目配せする。
「診察しろ。今日こそは、魔物討伐に行く許可をもらってやる」
「ドクターストップを、なぜかけているのか、ジャックには理解できると思うのですが。翼の損傷というのは、もう二度と治らない怪我です。それを無理矢理治したようなものなのですよ?」
「そういうものなの?」
「ええ。翼だけは、我々の弱点ですから」
そう思うと、彼に守られて作らせてしまった傷が申し訳ない。それが顔に出ていたのか、ジャックはヴァロンに反論した。
「俺達の怪我は素早く治るものだ。それにルナに治してもらったから、もう何も心配ない」
彼は診察室の入口に背を預ける。どこから手にいれたのか、リンゴを豪快にかじった。
「ちょっと、患者なのによく食べるわね」
「俺はもう患者じゃない。まさか、君も欲しいのか」
「いらないわ」
「ジャック、とりあえず君のこと診察させてもらいますからね」
包帯を手の内で伸ばしたヴァロン。不気味に口元を歪めて襲いかかる目をしている。その様子に飼い犬が動物病院で怯えるように、ジャックが私の背中に隠れて震え始めた。
「患者をビビらせてどうするのよ。というか、ジャック、あなた魔物にすら躊躇なく突っ込んでいくのに…そんなに怯えて」
「あれは…あれは無理だ。兄さんの包帯巻きは…」
「私の“手ばさき”は“美味い”ですよ?」
「ふふっ……ふふふふ」
“手さばき”が“上手”いを、うまく言い換えてボケたヴァロンに私は笑ってしまう。それにふてくされたのか、背中に隠れていたジャックは面白くなさそうな顔をした。
ジャックの診療が終わるまで、私は病室を見て回ることにする。




