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カラスと、悪魔と呼ばれた聖女  作者: ユライダココロ
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初めて聖女と言われた。

キュッと胸が締まるのと同時に、嬉しさで笑みがこぼれてしまう。


「…格だ……」


「何?なんて言ったの?」


「俺は、君の夫失格だ」


頭を悩ませるジャック。

彼は驚くことに、私の力を利用したと思い込んでいる。


「違うわ。あなたは私とあの子を守ったのよ。その恩を、私が返しただけよ」


「だが君の力を使わせた。それは違いない」


彼は何にこだわっているのだろうか。顔を手で抑えては、寝返りをうって私に背を向けた。

もう何も話したくないようだ。


「ジャック…」


呼びかけても返事はない。

獣は傷を負った時、それを隠し続ける。彼が隠しているその傷を、私は治したくて話しかける。


「これは…私の独り言だと思って聞いてほしいの。私はずっと利用され続けてきたわ。聖女になるためには、それは仕方ないことだと思ってた。でも誰かを治すたびに、悪魔と言われて、何かがすり減っていく思いがしたの」


治しても治しても。

私の傷が治らない。

聖女になるには、そんなこと耐えるべきだ。なのに、どんどん心が削られていく。

治療するとき怖がられ、治療を終えても怖がられる。仲間に、誰かの大切な人になることだけはいつも拒絶されてきた。


でも彼は違った。


「あなたは私の治療を拒んだ。私の力を知って(なお)、傷を治すことではなく、あなたは私の気持ちをおもんばかってくれた」


彼は私のすり減った心を考えて、優しい拒絶をした。力を使わせられ続けた私に、ジャックだけは利用しようとしなかった。

こんなに優しい人を私は見たことがない。己の痛みに耐えて、相手の心に寄り添うことを忘れない人。

ジャックが振り返り、私に顔を向けてくれる。

人離れした、凛々しい顔は真っ直ぐ私を見ている。

そんな彼の頬に、私は手を伸ばした。


「ありがとうジャック。あなたが初めて、私に優しさを与えてくれた患者(かんじゃ)よ」


「……患者ではない」


「あなたの翼、まだ本調子じゃないのよ。ヴァロンにもしばらくは見てもらって」


「傷はもうふさがった。君を守れる。患者という立場では、君に寄り添えないだろう?」


ああ、彼は。甘えるということ、頼るということを知らないのだろうか。

いつまでも弱った状態で相手に漬け込むように世話になるのではなく。もう、誰かを守ろうと、立ち上がろうとしている。

胸の奥が痛くて、心臓を(おさ)えた。


「まさか、心臓病が」


「違うわ。胸が苦しくて仕方ないだけよ」


「ヴァロンに見てもらわないか。もしかしたら」


本当に違う。

私は起き上がって医者を呼ぼうとしている彼を引き止めた。この痛みは、心臓病のせいではない。

彼に助けてもらい、温かい優しさをもらったせいだ。


傷に()り薬を、塗る時の痛みに似ている。


「もう二度と、私の前であんなことをしないで。あなたに倒れられると、ここが痛くなるのよ」


「それは……すまん」


獣というのは傷を治したものに対して、一生をかけて恩返ししてくるような例がたくさんある。それと同じことをされては、困る。

それでは彼の体は、傷だらけになってしまうから。

ジャックは私をあまり知らない。だから守ろうと立ち上がれるのだ。本当の私は、ずっと悪魔的なのかもしれない。聖女になるということに執着(しゅうちゃく)している。

それは偽善(ぎぜん)も、少なからず生んでいるのだから。


「言っておくけど、私はあなたが思うようなきれいな人間じゃないの。泥水をすすって生きるような人生を歩んできたのよ。それにあなたを助けたのは、前も今回も偶然だったし、恩だと思わないで」


「恩じゃない。たしかに君には大きな借りをいつも作っているが………第一、俺達は夫婦だろ?」


「たしかに夫婦なのかもしれないわ。でもそれは仮りそめよ。鳥人は人間が嫌いというのは初めて聞いたけど、政略結婚だったのは元から合っているでしょう?」


公爵が仕組んだこと。

辺境で、まだ人間が踏み込んだこともなさそうな未開の地である鳥人の山脈地帯。彼らがここに私を追いやったのは、もう二度と人間界に戻らないようにするため。そして彼らが私を忘れるため。

それでいて、いざという時は彼らは私を利用する。鳥人という空を飛べる珍しい種族。その兵力を公爵家に貸してもらったり、あるいはここの情報を私に聞き出そうとするだろう。


「私とあなたは離れておいたほうがお互いに身のためよ」


「君がスパイだとでも言うのか」


「ここには素晴らしい自然が残ってるわ。風が生きてるなんて初めて経験したの。そんな地を、戦火に燃やしたくなどはないでしょう?」


向かい合わせになったまま、私は彼に微笑みかけた。


「他の患者を見てくるわ。昨日の魔物騒動で、傷ついてる人がたくさんいるから」



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