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カラスと、悪魔と呼ばれた聖女  作者: ユライダココロ
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屋敷でずっと待つことなど私にはできない。ジャックが飛ぼうとしたとき、私は彼の腰に抱きついた。背中からではなく、正面から。彼の羽を傷つけることがないように。


「る、ルナ!いきなり抱きしめられると」


「私も連れて行って。私がついていけば怪我を治せるわ」


「危ない」


「危なくなんかないわ。私がいる限り。花をたくさん持ってね、ギラ!」


「承知しました」


ギラはすでに手には花束を持っていた。それはまるで死地に花を手向けるような準備。

私はきっとまた悪魔だと言われる。この手の力を借りる限り、花は枯れる。それでも怪我人がいるところへなら飛んでいきたい。


「ジャック、お願いよ。私の生きる目的を邪魔しないで。あなたの怪我を治したツケは、まだあるはずよ」


真剣な眼差しで言うと、ジャックは一度、悩むように天を仰いだ。それから私の背中に手を回す。


「はぁ……こんなこと、したくはないが。君は囲いの内側から絶対に出てくるなよ?」


真っ黒な翼が、昼の空に広げられる。黒い影を大地に作りながら、彼はゆうゆうと空の支配者となった。

大空を飛んでいく感覚にはまだ慣れない。気持ちの高ぶりと同時に、叫びたくなるほどの浮遊感。


「あなたたちはすごいわね!こんなにもきれいな空を簡単に飛べるんだもの」


「これから死地に向かうようなものなのに。君は呑気(のんき)だな」


「怖いところに行くときほど、笑顔にならないといけないわ。仲間が傷を負って悲しんでいる人には、私がいるから安全だと思ってほしいもの」


手を握り、私に、仲間の傷をたくさせてもらうために。


私は笑みを忘れない。


スラム街にいたときも、人に裏切られた者ばかりで私をすぐには信用してくれなかった。花を枯らすと、黒魔術だと怯えられる。だからできるだけ安心をしてもらうために、作り笑いを覚えた。

ジャックに町の内に運んでもらう。鳥人の町は、城下町にも似ているが、階級の類はなく、よっぽど平和的だ。

スラムのような暗い道もあまり見あたらない。


「気をつけてくれ。万が一にも、魔物が侵入したら君も避難を」


「わかってるわ」


彼におろしてもらうと、すぐに黒い鳥は行ってしまう。


「こちらです、奥様」


ギラに案内されて、怪我人が押し込められている病院へと急いだ。




「ルナさん!」


うめき声をあげる病室に、一人の男の姿が目に入った。背丈は弟のジャックより少し低く、細身で、繊細に見える。背中から生える翼は、腰までで小さい代わりに、長い黒髪は腰まである。彼がジャックの兄であり、医者のヴァロン。


「ヴァロン、あなたも来ていたのね」


南の診療所は、普段はあまり使われていない。それほど鳥人にとっては、病気や怪我は程遠いものであるのだが。魔物が発生する時は別で、彼らは傷を治すときに病院を頼る。

ヴァロンさんは怪我を治す医者であるが、普段は町の中央の一番大きな病院で努めている。彼がここにもいるということは、やはり医者のかがみと言うべきか。


「重症者を頼んでもいいですか」


「もちろんよ」


腕をまくり、ギラから花束を受け取る。

右手に集中しては、花に移し替える繰り返し。

それは作業的にはなれない、神経を()ぐものだ。人によって、傷の形は違うし、血の流れ方も速さも微妙に違ってくる。その全てを、花の命に合わせて移すのだ。

右手を使う間はいつも、(ひじ)から指先まで(しび)れる感覚が広がる。何度が使えば、少しずつ病院の中も落ち着いてきた。


「外はまだ魔物がいるようですね」


「あなたもジャックが心配なのね」


不安そうに病院の出入り口から空を見上げるヴァロン。彼とはまだほとんど話もしてこなかったが、妙に馬が合う。

怪我人がいるところに、私達は自分の目的を持って向かう同士だからだろう。そしてジャックとは違い、ヴァロンは飛べない。


「町の柵の一部が壊れたんです。町の中にはいっていたら、子どもたちが危なかったですが」


町をぐるりと囲う、丸太でできたバリケード。それが壊れたともなれば安心してはいられない。避難はすでに始まっていて、病院より先の町の中央に近隣の人達は逃げている。

外の慌てぶりも、空を見ればわかる。無数の鳥の影の群れが、避難所へと飛び急いでいる。


「ここでやることは、もうほとんどなさそうね」


「ありがとうございます。あなたのおかげで、負傷者が減ります」


サラサラと長い黒髪を首筋から流しながら、彼は頭を下げてきた。ジャックとはまるで違う、女性うけしそうな優しい顔。弟の無愛想さは、兄の愛想の良さへ全て吸収されたのだろう。


「あなたに聞きたいことがあるの。あなたはジャックと」


「助けて!助けてくれ!向こうに妹が!」


一段落ついてヴァロンと話を進めようとしたときだ。病院の扉を叩いたのは一人の少年だった。



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