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カラスと、悪魔と呼ばれた聖女  作者: ユライダココロ
10/23

彼は笑う私に、怒るように言った。


「何を…何を笑ってるんだ」


「私は幸せなのよ。母の言いつけをちゃんと守って死ぬことができるの。本物の聖女になれる」


人の傷を癒し、病を治す。

伝説の聖女はかつて、そうやって各地で人を救いあげた。どんなに戦地に近くて危険だろうが、己の命をなくすことをいとわずに。


「聖女になりたいの。悪魔ではなくて、本物のね」


(あこが)れだった。それは母が呪いのように耳に毎日告げてきたときから。


『優しい心を持つのよ、ルナ』


『命は皆、平等だわ』


『人を癒やすことを忘れてはならないの。そのためなら自分を犠牲(ぎせい)にすべきよ』


思えば、母はなにかに取り()かれたようだった。おおかた、私を聖女にしたてあげたら、彼女は愛しい公爵様と正式に結婚できるとでも思っていたのだろう。

だから私は聖女にならなければならない。パナケイアが見捨てた母の名誉(めいよ)を取り戻すために。


「だからこれは私が望んだことで」


「馬鹿か!君は自分の命をなんとも思わないのか!」


「自分の命を考えているからこそよ。私は誰かを癒やすためにこそ生まれてきたわ。母の希望よ私の力は。そして妹の病を吸うために、私は産み落とされた。人々を癒やすために」


「違う!そうじゃない……そうじゃないんだ。君は、自分のために生きようとはしないのかと」


なぜ彼は、こんなにも怒っているのだろう。誰だって、誰かの命を救うのは立派なことだと言った。私のことを恐れていながらも、彼らは私をもてはやしてくれた。

それでいいではないか。必要としてくれる患者がいて、私は彼らに精一杯こたえる。


自分のために。


みんなを治して、みんなを笑顔にする。それが私の幸せで……


「君はその力を使う以外に、何を幸せに感じる?本を読んだり、外に出たり、飛んだりすることはないのか?」


「私は鳥人じゃないもの」


苦笑いしながら、私は人を癒やすこと以外に何が幸せだろうかと考えた。

それはまだ見つからない。首を振り、もう屋敷へ引き返そう。そう思ったときだ。急に風が後ろからなびいてきて、驚いた私は振り返った。


切り立った巨大な土壁が向かい合う深い谷。下を覗けば大河が流れ、幾人かの鳥人が風を掴んで楽しそうに泳いでいる。

飛行訓練場である渓谷(けいこく)なのだ。もうすぐそばまで来ていたということに驚かされながら、彼は私の腰に腕を回した。


「行くぞ」


「え、また!?」


怖くなってジャックの首に腕を回す。顔が不本意にも近づいて、彼の笑い声が聞こえてきた。


「誰かを治すとき、君は度胸(どきょう)がある。なのに他のことはまるで何も知らないんだな」


「悪かったわね」


白い髪が激しく揺られ、風を頬に感じる。言われたことが少し(しゃく)(さわ)るので、片手を(ちゅう)に伸ばした。


「風が生きてるみたいだわ。風向きが色んなところで変わってる」


「そうだろう。気流をつかむことが俺達の始めの一歩だ。さあ、今日は少し良いところに連れて行ってやる」


風が生きている。

鳥の翼を羽ばたかせ、鳥人たちは生きた風を拾う。楽しそうな笑顔を見せながら、彼らの飛ぶさまは生き生きとしていた。私も怪我人を治すとき、そういう顔をできているだろうか。


治さなければ。

誰かが苦しむ。母が悲しみ、私は約束をやぶることになる。

悪魔には私はなりたくない。力があるのに人を脅かすことに使うような悪魔になんかは。


聖女になりたい。

優しい心で、見返りを求めることなく誰をも癒やす。悪魔と言われるうちは、私は聖女にはなれない。

そういう脅迫(きょうはく)的なものが、いつも()め上げてくる。


「ここだ。君に見せたかった」


首に巻き付けていた腕を放すと、彼は地におろしてくれた。いい香りが、私を全て包んでしまう。あたり一面の黄色い、たんぽぽみたいなお花。

でも(くき)はしっかり太くて、(みき)のようだ。その花の名前を、どこかで聞いたことがある。


「フクジュソウ」


小さな黄色の花。

花言葉は確か、幸せを招く。


「君の髪によく似合う」


()み上げた花を、私の髪に押し付けてくる。


「ジャック」


彼の黒い瞳は私をじっと見つめる。黄色い花より、私の不気味な赤い目を見ている。彼こそが幸せを招く人なのだろうか。


「傷を治してくれたこと。ありがとう」


「当然のことをしただけよ。それが私の生きる目的だもの」


「違う。君の目的に感謝したんじゃない。俺は君の優しい心に礼をしている」


「どっちも同じことよ。優しい行動の裏付けが、私の目的と合っただけ。あなたは思い込んでいるだけよ。私に恩を売られてしまったから」


彼は間違っている。私を喜ばせようとここにつれてきたのだろうが。

ジャックの凛々しい顔は、私にずっと何かを求めるようなものが含まれている。彼も私と同じような過去を持つのだろうか。


「恩を返すと言ったわね。あなたの話を聞かせてくれないかしら」



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