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勝利と一歩

「かんぱーい!」


そして、集まりは流れるように宴会へ移行する。


「いやぁ大したもんだ! まさか報酬が倍になるとはよ!」


交渉の結果、冒険者たちの取り分が増えたのである。

流石に8:2は通らなかったか。まぁ本人たちは喜んでいるし、良かったと言ったところか。

しかし妙だな。俺に言い負かされて落ち込んでいるかと思われたボルゾイまでも、酒盛りに参加している。

というかむしろ一番飲んでいるんじゃないか?


「ぶはぁっ! うーい、しかしついに契約書を真面目に読み解く者が現れるとはのう。嬉しいやら悔しいやら、複雑な気分じゃわい」

「……悔しいのはわかるが、嬉しいのか?」

「まぁの。実はこの契約を結んだのはワシだが、実はあれよりもっと酷い条件だったのじゃよ」


ぶはぁ、と熱い息を吐く。真っ赤な顔になりながらボルゾイは言葉を続ける。


「国の財政官というのはまさしく金の亡者でな。ワシが猛反発してどうにか4割にまで負けさせたが、下手したら七割近くは取られていただろう。そうなっては誰も冒険者なんぞやりたがらんからな」


中間業者の辛いところだな。

上と下からの板挟みはさぞ面倒なことだろう。

俺も中間管理職やってた時は、上の命令を聞きながら下に言うことを聞かせなければならなかったから、とんでもないストレスだったものだ。

やはり国家権力というのは素晴らしい力だな。俺も早くそれを裏から操る闇の権力者になりたいものだ。


「しかし当の冒険者たちはのほほんとしたもんでのう。ワシの奮闘などどこ吹く風で不利な契約だろうとホイホイ結ぶ輩ばかりだったのじゃ。そんな状態でいくら頑張っても無意味でな。結局なし崩し的に要請を飲むことになったのじゃ。あまりに馬鹿馬鹿しくなっとったが、まさか今になってツッコミを入れてくる者が現れるとはのう」

「おいおい人が悪いぜギルド長。それならそうと言ってくれりゃあいいのによ」

「馬鹿者どもが! お主らが字が書けんとか面倒だとか何とか言って署名を断ったから、それが出来なかったんじゃい!」


ため息を吐くボルゾイ。

なるほど、何故ギルド長である彼が冒険者、ひいてはギルド全体に不利になるような契約を結んだのか疑問だったが、そういう理由だったのか。

つまり味方がいなかったのだ。一人でギルドを背負っていたボルゾイに味方してくれる者が碌にいなかったせいで、国の契約要請に対抗出来なかったのだろう。

権力と戦う際に署名を集めて対抗するってのは意外と効くからなぁ。経営者というのはなんだかんだ言っても、労働者たちの声に弱いものである。


「だってよぉ。俺ら殆ど名前なんか書けねぇし」

「難しい話を聞いてたらすぐ眠くなっちまうんだもんよ」

「それじゃよ。一体お主、どうやって彼らに言うことを聞かせたのじゃ?」


ボルゾイの疑問はよくわかる。

冒険者は暴力の世界で生きているだけあって、自分が認めてない人の話は理解しようとしない者が多い。

如何にギルド長といえど老人であるボルゾイは他の冒険者たちからすればただの偉そうなジジイである。

だから俺はガラハドを始めとするエース級冒険者たちに声をかけたのだ。結果は見ての通り、一晩で大量の署名が集まったというわけである。


「悪いなギルド長、俺らも悪気はねぇんだが、あんたのスゲェとこなんざ誰も殆ど知らないからよ」

「昔は大した冒険者だったのもしれんが、カビ臭い知識ばかり教えてくれっからよ」

「前置きもやたら長ぇしさ。やっぱ聞く気も起きないじゃん?」

「うぐっ……つ、つまりワシの信用がなかったということか……」


口籠るボルゾイ。……まぁ、そういうことになるだろうか。

老人特有のいらない情報が多過ぎて話聞いて貰えないってやつか。可哀想だが自業自得ってやつだな。両方にとっても。


「ううん、それだけじゃないよ。エリアスは字が書けない人の為に一人ずつ書き方を教えてたし、内容だって相手が理解するまで何度も説明してくれたもの!」

「ギルド長は俺らが首を傾げたらあからさまにため息を吐くじゃねぇか。それじゃこっちも萎えるだろうがよ」

「エリアスは馬鹿な奴にも根気強く向き合ってくれてたぜ。あんたにゃそれがなかった。だから話を聞いて貰えなかったんだろうがよ」


ボルゾイたちを詰めていくリオネたち。うーん鬱憤が溜まっていたんだな。だがそろそろ気も晴れただろう。


「もうそのくらいでいいんじゃないかな?」


そう言って俺はボルゾイの前に立ち、言葉を遮る。


「皆の気持ちも勿論わかるし、味方してくれるのも純粋に嬉しい。――でもギルド長だって万能じゃない、組織の運営ってのは意外と面倒なんだから、俺みたいに手間をかけた説明なんかできるわけがないよ。彼は精いっぱいやってくれているんだから、この辺で勘弁してあげてくれ」


自分一人で起業した俺にはわかる。部下の管理ってのは実は相当面倒くさい。

ブラック企業時代にクソ上司だのなんだのと色々言ったが、自分でやってみるとまぁ彼らも大変だったんだなという気もした(だからと言ってパワハラは許してないが)。

しかも字も読めない部下の手綱を握る苦労は並大抵ではないだろうからな。


「まぁ、エリアスがそう言うなら……」

「確かに俺らも甘えてたよな。今度からは話もギルド長の話も少しは真面目に聞くことにするぜ」

「うんうん、その方が皆の為にもなるよ」


偉い人ってのは意外と重要なことを言っていることが多い。

ノイズは多くなるかもしれないが、少しは耳を傾けた方がいい時もあるだろう。


「なんと……エリアス君、ワシの苦労を理解してくれるのか……? ありがたいのう。優しいのう」

「というか……わざとだよな?」


そう囁くと、ボルゾイは髭の下で微笑を浮かべる。

……やはりか。今思えば指で隠したのもちょっとわざとらしかった。

ギルドの為に俺を動かすよう、敵役を演じたのか。やれやれ、まんまと乗せられたな。

一応ギルド長だけあってかなり頭がキレるようである。そんなボルゾイとの繋がりが出来たのは俺としても幸運と考えるべきか。


「ほっほっ、今日はいい日じゃ。これからよろしく頼むぞ。エリアス君」

「もちろんだ。お互い大変だと思うが、微力ながら応援させて貰おう」


そう言ってボルゾイと固い握手を交わす。

計画通り。いやそれ以上だな。これで冒険者ギルドにかなりの恩が売れたはずだし、これからもいい仕事を回してくれるに違いない。

冒険者ギルドは国とも繋がりの強い大組織だからな。今はまだこの支部だけだが、そのうち全国のギルドからも依頼が訪れるだろう。

ふふふ、闇の権力者へ一歩前進ってところかな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 現実世界と同じく官僚って屑ばかりだな。 ギルド長の事は少し見直した。
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