七 翔
途中で夕食を食べマンションに帰って来たのは夜八時を過ぎていた。
服を着替えようとした時、チャイムが鳴った。
舞が「はい」と答えたら「俺だ、翔だ」と低い男の声が聞こえた。
「翔? 何の用?」
「何の用? 冷たいなー 今日は舞が休みなので顔を見に来た」
「駄目よ、帰って、叔母さんと話し合って別れたんだから」
「ちょっとだけ良いじゃないか、少しだけ金貸してくれ」
「やっぱり! 帰って!」
「いや帰らない、しょうがねえなー」カッシャと鍵を開けて入って来た。
舞は焦って玄関に向かった。
「翔、その鍵は?」
「バーカ、合鍵を作っていたのさ、警察を呼ぶとか水臭い事は言うなよ」
話しながら居間に来て、座っている俺を見ると目の色が変わった。
「もう男を作ったのか? 早いな。飢えているなら俺が相手してやるのに」
「違うの、キシツは記憶喪失で私が預かっているの」
「キシツ? 何だ、その変な名前は? 少し痛め付ければ記憶が戻るだろうよ」
「止めて! 翔はボクサーだから、試合以外は禁止されているでしょう?」
「もう、ジムは止めたよ」
翔と言う男が近づいて来る。
ポッチャリとした体形だが格闘技の経験がありそうで、両腕と首廻りに
タトゥーが彫ってある。
俺は立ち上がった。
翔はボクシングの素振りを見せない、それも作戦だろう?
恐らく右からのストレートだろう?かわし方は分ったが、打撃は如何しよう?
まともに入れると気を失う。あの体を外に運び出すのは大変だ。
中途半端にして痛みだけを与えよう。
「止めて!」と舞の悲痛な声が聞こえ、予想通りの右のストレートが来た。
続けて左からフックがきた。体を沈め右手で腹を打った。
翔はお腹を押えて座り込んだ。
「お前は何者なんだ?」
「分からない?」
「舞、この男と関わらない方が良い。とんでもないことに巻き込まれるぞ」
腹を押えて翔が出て行こうとしたので「合鍵は?」と言うと投げて来た。
そして、もう一度俺の顔を見ると出て行った。
「キシツ、大丈夫? 強いのね」
「いや、偶然に当たっただけだよ」でも自分は格闘技の経験がある事が分かった。
手に出来たたこの事も分かった。