第8話 カフェデート
大森公園からの帰り道
俺と千波はバスで駅まで戻ってきた。
時間は16時過ぎ
少し遅いがカフェタイムにしようとなり、俺たちは駅ビルにあるカフェに入った。
「私は、ケーキセットのミルクレープ、飲み物はホットココアで」
「俺は、ホットドッグと、飲み物はアイスコーヒーでお願いします」
ウエイトレスが注文を受け下がっていった。
「お弁当たくさん食べたのによくホットドッグなんて入るね。
家に帰ったら夕飯もあるんでしょ?」
「自分もケーキ食べてるじゃん」
「食べても太らない体、最高~!!」
千波のおどけた表情は、見た目の年齢相応に見える。
なんだか前回会った時よりも、見た目通りの少女らしさを感じる場面が増えてきている気がする。
今の体や、また周りからの扱いにより、徐々に今の年齢相応にふるまう所作が増えてきているのかもしれない。
「ねぇ。こうして見ると結構私たちみたいなカップルも多いみたいだね」
千波がカフェの店内を見渡しながら、内緒話をするように手を口元にあてて、コソッと俺に話しかけてきた。
千波の言葉を受けて、店内を見渡すと確かに、年頃のカップルがいたかと思うと、随分と年の差がありそうな組み合わせも。
中学生の女の子と大学生くらいの男性という、通常はありえない組み合わせもチラホラ見かけるが、年齢差だけで考えれば10歳未満の歳の差は、大人同士のカップル時にはそれほど珍しいものではない。
「あれは、カップルじゃなくて流石に親子じゃないか?」
店内で他人様を指さすわけにはいかず、目線で示して千波に問いかける。
当該のカップルは、男性は上等な背広に身を包む40代
女性の方は千波より年下の小学校4年生くらいと思わしき女の子だ。
「違うわね。見たところ30歳差くらいある年の差夫婦ね」
「なんで、そんな自信もって言い切れるんだ?」
「あんなギラギラした目つきで、小学生の娘を見る父親がいるもんですか」
眉をひそめて、千波はズズッとマグカップのココアに口をつけた。
なるほど。男の方を見ると、如何にもイケイケの男盛りという印象だ。
仕事も金も地位も順調そのものというのが、自信に満ち満ちた男の表情から読み取れる。
そして目の前にいる、結婚時よりもさらに若返った妻である少女に、下卑た視線を度々向ける。
我が世の春とばかりに意気揚々と、この時代の自分がいかに有能であったかを、件の男がとうとうと連れの少女に話していると
「あ~、もうたくさん!!」
我慢の限界とばかりに、対面に座る少女がカフェテーブルをバンッ!!と両手で叩いた。
そして顔を上げて、正面から件の男性の目を見据えると
「もう一回アンタと夫婦になって何十年もまた暮らすなんて死んでも御免だわ。
今世では私に一切関わらないで!!」
堅い意志を宿した目つきで、そう男に突きつけた。
「お……お前!!さては、俺の金が目当てだったのか!?」
「そうよ!!お金持ってるからゴミみたいなアンタの性格には目を瞑ろうなんて
結婚決めた、当時の浅はかな私を何度呪ったことか……」
「俺を捨てて他の金を持ってる男に乗り換えるのか!?
それなら俺のままでもいいだろ……前以上に贅沢させてやるから……」
先ほどの自信満々な態度はどこへやらで、すがるような目で訴える男であったが
「アンタである必要がないのよ。
私にはまだ、どうとでも変えられる未来があるんだから。
他の金持ってる男を探すわ。
じゃあね。話はそれだけ」
女子小学生は冷酷に目の前にいる男を一刀両断すると、コーヒー代と思しき千円札をカフェテーブルに置いてきつ然とした態度で椅子から立ち上がり、カウンターにいる店の人に「お騒がせして申し訳ありませんでした」と頭を下げ、店を後にしていった。
残された哀れな男は、ポカンと口を開けて呆然としていた。
目の前で繰り広げられた修羅場に、店内の客は否応なく男へ視線を向けてしまう。
すると、哀れな男を間にはさんで交差した目線の先を見て、思わず
「あ」と声に出てしまった。
視線が交わったので、当然相手もこちらに気づいた。
聖良が同じく口を開けて、こちらを見ていた。
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「いや~、さっきのは凄かったね」
おかわりしたドリンクが3つ届き、俺と千波、そして聖良にそれぞれ注文した物が行きとどいた所で、聖良がしみじみと語った。
「なかなか見ない修羅場でしたよね」
と千波が答えた。
ちなみに、件の哀れなオッサンはあの後、トボトボと帰っていった。
丸まった背中は、まるで20歳は一気に歳を取ったように見えた。
「あ。千波さん、わたしのこと覚えてる?」
「聖良さんですよね?
高校のお友達で、結婚のお祝い会に来ていただいたので覚えてます」
「そうそう」
あの後、こちらに気づいた聖良がこちらのテーブルに挨拶にきて、そのまま一緒にということになったのだ。
「しかし、ああいう事は世界の色んなところで起きてるのかもね」
アイスカフェラテのグラスにささったストローをいじくる聖良は、しみじみとした顔でつぶやいた。
「芸能人夫婦でも、そういうのチラホラ出てるみたいですよ。
ほら、おしどり夫婦でよく一緒にバラエティに出てた」
「あ~、あれはビックリしたよね
元世界のあれはビジネス夫婦で、まだしがらみのない今世では別々の道を歩みますって」
最近のテレビは、この手の話で持ちきりだ。
人々の目下の最大関心事は、何が今まで通り変わらなくて、一体何が変わってしまうのかだ。
科学技術の進歩についてや、未来の書籍や音楽の著作権、未来についての知識や未来を変えてしまう権利について、日夜激論が交わされている。
中にはこういったゴシップの類の話題も含まれる。
「その点、雪広、千波夫妻は問題なさそうだね。
仲良く週末デートしちゃってさ」
聖良がニシシッとからかうように笑った。
千波は恥ずかしそうに、合わせた両手を股の間に挟みこんで俯いた。
「久しぶりの二人きりのデートっていいもんだぞ。
千波が美味いお弁当作ってきてくれてさ。
一緒に食べて遊んで、何か気持ちがホッコリした」
俺はなんでもないという風を装って、あえて自ら情報を開示し、二杯目のホットコーヒーをすすった。
聖良のこういうイジリに対して恥ずかしがったり、逆切れしてごまかすと、手痛い追撃を食らうのは、長い付き合いから分り切っているのだ。
「あらあらお熱いことで」
クフフッと笑う聖良
ふう、追撃なしで聖良をやり込めたと一息つくと、隣には茹でダコのように真っ赤になった千波がいた。
しまった、こっちへのダメージのこと考えていなかった。
「いい歳して彼女自慢みたいなこと言わないで……」
とボソッと俺にだけ聞こえるように千波は言って、俺の肘の辺りをつねった。
「それで聖良は一人で何してたんだ?」
千波のお叱りを受けて俺は話題転換を図った。
「うーん、適当に駅前の辺りブラついてたのよ。ちょっと家に居づらくてね」
苦笑して答える聖良
「なんで?聖良のところって親子仲は別に悪くなかったよな?」
「ん~、今後のことで、ちょっと親と衝突しちゃってね」
「そうか……」
聖良はひょっとしたら、本来の未来とは違う人生を歩もうとしているのかもしれない。
人が自分の人生を決めるのは、至極当然とも思えるが、関係する人の未来を否応なく変えてしまう可能性が高いため、その点は非常にナイーブな話となる。
「なんだか、嫁き遅れて実家にいづらい娘みたいな感じだよ~」
俺が深刻そうな顔をしたのを見咎めて、聖良はおどけて場の雰囲気を和らげるように努めた。
「俺も、タイムリープ発覚直後に親から、早く千波と結婚しろって煩く言われたわ。
そんなの無理なのにな~」
聖良の空気転換の流れを止めないために、俺も笑いながら親への愚痴という形で、自分の話を披露した。
「そういえば、聖良の所の政府発表の時の家族の反応はどうだったんだ?」
「それがさ~」
俺と聖良の小気味の良いテンポで繰り広げる会話を、おもに聴き手側に回った千波の顔は、口元は笑っていたが、どこかその笑みは貼り付けたようなものであった。
出会ってしまった二人
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