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第4話 小学生の妻

 俺は小学校の場所を春香さんから聞き出して、千波の通う小学校の正門前に立っていた。


 小学校の正門前に突っ立っているなど、元の世界なら確実に通報の上、不審者情報のメーリングリストを回すコンボをきめられるだろうが、この時代はそこまで危機意識が高くないため、何とか大丈夫そうだ。


 しばらく待つと、どうやら下校時刻のようで、小学生たちが校門に向かってきた。

 


 向かってきたのだが………


 まずは低学年の子たちが下校しているようだが、小学生特有のかしましさは全く無い。


 恥ずかしそうに胸にあるアニメキャラがプリントされたTシャツを隠して歩いていたり

 うつむき加減ながら目が据わってたり

 談笑してても和やかにだったり


 考えてみれば、今の小学1年生でも、20歳プラスで中身は27歳だ。


 服はとりあえず有りもの着るしかないから、嫌々着ていったんだろうな。恥ずかしがってるの可愛いな。


 目が据わってるのは、20代後半って仕事もそろそろ若手扱いされなくなって、しんどい仕事が回ってきたりでキツイ時期だからだな。しかし、THE子供の容貌でその目つきは異様だ。


 あと、早い奴はボチボチ結婚しだす年齢だから、落ち着いてる奴は落ち着いてると。


 同じ小学校一年生の娘の恵美と見た目や背丈は一緒だが、まとっている雰囲気がまったく違って面白い。



 そうこうしている内に、上級生の子たちが下校しはじめたようだ。


 さて、千波はどこにいるのか。

 お付き合いをしている時に、学生時代のアルバムなんかを見せてもらったことはあったと思うが、見せてもらったのは中高生の時代のものだったから、小学生時代の千波となると写真等を見た覚えがない。


 見付けられるかなと心配になってきた。


 キョロキョロと下校していく子供たちを見ていると、校庭の方からスラッとした女の子が歩いてきて、思わず目を止めてしまった。


 千鳥格子柄のワンピースを身にまとった凛とした佇まいとは裏腹に、その背に背負われたランドセルがアンバランスどころの話ではなかったからだ。


 その歩く違和感の塊が、疑いようもなく我が妻の千波であることは明らかであった。

 面影がありまくりだったからなのもあるが、こちらに気づいて満面の笑みで走ってきたからである。


「雪広く~~ん!!」


 小学生特有の軽やかさで飛び跳ねるように駆けてきて、千波が俺の胸に飛び込んできた。

 背負ったランドセルの金具部分が、俺と抱き合った衝撃によりカチャカチャと音を鳴らす。

 

 「そろそろ来てくれる頃だと思ってた~~」


 満面の笑みで俺に向き合う千波の笑顔は、見慣れたものであるはずなのに、純然たる少女であることを物語るような弾けっぷりは、夫である俺が知らないものであった。


 「ああ。すぐに千波ってわかったよ」

 「えへへっ。わたし、この頃の写真ってあまり人に見せてなかったからね」

 「なんで?美人なのに」

 「雪広くんは、出会った大学生の頃より少し野暮ったいかな」


 千波は俺の質問には直接答えず、軽口で返した。

 こういう時、千波は何か言いたくないことがあるということは、長い付き合いで解っているので、俺もあえて気付かないふりをする。


 「それより、その恰好はずいぶん大人っぽいな」

 「えへへ。これ、実はお母さんのなんだ。千鳥格子柄は若いころにリバイバルで何度か流行ってるから、今の私が着ても違和感ないかなって。サイズ少し大きいけど」


 服装を褒められて少し照れながら、千波がくるりとその場でターンして、ファッションを自慢する。ターンの拍子に長い髪が広がる。


 「俺はどうせなら、幼い格好した千波が見たかったな。ピンクやパープルのハート模様とか」


 「それは嫌!!そんなの着るくらいなら、お家に引きこもるよ」

 途端にムッとして千波は腰に手を当てて不満をあらわにする。


 「千波は、小学六年生の時点で、出会った大学生頃の面影があるな」


 「小学生までは男子より女子の方が発育良かったりするしね」


 正直、会うまではもっと幼い千波の姿を想像していたが、小学生なのに妙に色気もあって正直ドキドキする。


 女子小学生にドキドキするとか犯罪者だが、今の俺は高校生だからOK……

 じゃないな。それでもアウトだわ


 「今日はうちの父さん母さんと来たんだ」

 「わぁ、若いお義父さんお義母さんに会えるんだ。楽しみ~」



 こうして連れだって歩く姿は、小学生の妹を迎えにきた高校生のお兄ちゃんにしか、傍目には見えないだろう。



 しかし、俺たちは10年連れ添った夫婦なのだ。


 小学生の妻が、俺を見上げるように親しげに話しかける様子は、ツーカーの淀みないやり取りのため、やっぱり兄妹のようにしか見えなかった。




―――――――――――――――――――――――――




 「んまぁ!!千波ちゃん。なんて可愛らしいのかしら!!」


 母の早苗が甲高い声を出す。


 「お義母さん。私、中身は32歳なので、ちゃん付けは……」

 「あらやだゴメンなさい。すっごい可愛い少女だったからついね。お父さんもそう思うでしょ?」

 「うん。美少女でびっくりしたよ」


 きゃいきゃいと騒ぐうちの両親と、照れて恥ずかしがって俯く千波


 何だか結婚の挨拶に千波を実家に初めて連れてきた時のことを思い出す


 「うちは息子一人だから、女の子に色々着せてあげるの夢だったんだぁ。

  ね、ね千波さん。今度来る時に服持っててもいいかな?

  子供っぽ過ぎじゃなくて、ちょっとシックなのにするから。ね?」


 「は、はぁ……はい」


 「やったぁぁ!!」


 うちの両親は孫の恵美と紬にも、よく服を買い与えていた。

 女の子の服は、幼児の段階で種類や数が男の子と比べて段違いに多い。

 子供服売り場の広さを見れば一目瞭然である。

 俺が子供の頃も大した種類がなく、母はそこが大いに不満だったらしい。


 「しばらくは母さんにおもちゃにされそうだな千波」

 「お義母さん、メグやツムちゃんに接する時と同じテンションだったね」


 俺と千波は、千波の自室に避難してきていた。


 大人同士が宴会で盛り上がってウザ絡みしてくるのをかわす為に、従妹の部屋に避難するみたいな。


 「雪広くんはタイムリープした当日はどうしてたの?」


 「ん?普通に高校に行ったぞ」


 「よく行けたね!?私なんて混乱して不安で、この部屋に引きこもってたよ」


 「あ~、まぁこういう事態も想定してたと言うか何というか……」


 ラノベやアニメのお約束だから、即順応できて、不安よりワクワクのが勝ってたなんて言えない……


 そうすると、昨日高校に登校してた奴らは、みんな高校生を演じてたわけだ。

 中身は30半ばのおっさん、おばさんなのに。


 うげぇ……


 そして俺も同じ穴の狢じゃん。うげぇ……

 明日からどんな顔して登校すりゃいいんだ……


 「私は恐ろしかった。もう、恵美と紬。

  ひょっとしたら雪広くんとも会えないんじゃないかって

  そんな事を考えたら涙が止まらなくて……」


 「千波……」


 「でも、周りのみんな全員がタイムリープしてたって解って、私安心したの」


 「安心……そうか?」


 人類全員に20年分の未来の知識や記憶がある。

 この未知の状況に、これから社会や世界はひどく混乱するであろうことは、容易に想像がついた。


「うん。私だけがタイムリープして、誰も本当の自分のことを解ってくれないなんて辛すぎるよ」


 「もし、上手く雪広くんにまた出会えても、きっと本当のことを明かすなんて、私には出来なかったと思う。

 本当の自分を家族にも偽り続けなきゃいけないなんて、私が私じゃなくなるみたいだから」


 ベッドに腰かけて遠い目をする千波を見て、俺は「そうか……そういう考え方も確かにあるな」と思った。

 元の世界での人生が幸福であったなら、幸福であった程それを失う恐怖は計り知れない。



 「それに……」


 「こんな状況だってわかったら、きっと雪広くんはすぐに駆けつけてくれるって私、信じてたから」


 照れくさそうに笑うその姿は、見た目相応の少女のようであった。


ブックマーク、評価ありがとうございます。励みになります。

日間ジャンル別ランキングに載れていて感謝の極みです。

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