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第24話 後悔

 「分厚いお肉美味しかった~」

 「いい肉を残してたの、わざとでしょ~?雪広」

 「先輩たちからオーダーが無かったからな」


 俺はすっとぼけた顔で、関西風すき焼きの要領で焼いた霜降り肉の最後の一切れを口に入れた。


 器材の準備から食材の準備、給仕、撤収までこちらが全部やったのだ。

 これくらいの役得くらいあっても罰は当たらない。


 今は、バーベキューの器材をまとめて、焚火台に残った炭に網を焼いて、三人で小規模バーベキューをやっていたところだ。


 少人数の時には、焚火台に網をしいて色々調理する方が効率がいい。

 食べ終わったら網をどけて、残った炭に薪をくべれば、すぐに焚火に移行できる。


 俺は、火吹き棒で炭に空気を送り込む。


 すると、燻っていた炭がまた赤く輝きだし、それは瞬くうちに火となり薪に燃え移り、炎となる。


 俺は、この火を育てるのが好きだ。

 あとは火の勢いが落ちないように、時々枝や薪を追加して、空気を送り込む。


 辺りは日もすっかり落ちて、焚火の炎だけが頼りの明かりだ。


 焚き火の火が上手くあがった所で、母が車で器材の撤収と千波のお迎えに来てくれた。


 合宿は明日までなので、千波とはここでお別れだ。

 さすがに、合宿所に小学生の妻を連れ込む豪の真似は出来ない。

 バレたら先輩に何を言われてからかわれるか分かったものではない。


 器材やゴミを車に積み込み、おやすみなさいと挨拶をして母と千波と別れた。


 後は、焚火を見つめてボーっとする。

 俺が焚火をする時は、皆が寝静まった後に一人で楽しむ。

 お酒をチビチビやりながら何時間でもいられる。


 そんな俺の様子を見てか、聖良も無言で焚火を眺めていた。


 「今って、何考えてたの?」


 どれくらい時間がたったのか、ふいに聖良が話しかけてきた。


 「何もだよ。こういう時は頭空っぽにしてただ火の揺らめきにだけ意識を向けてればいいんだよ」


 「何も考えない……」


 「こんな世の中だしな。色々迷うこともあるけど、考えすぎない方が答えも見つかるかもな」


 グビリと温くなったレモンサワーっぽいノンアルコール飲料を飲む。


 そのまま、俺と聖良はまた無言で目の前の焚火を眺めていた。






 ―――――――――――――――――――――――――





 薪が燃え尽きたところで、後始末をして俺と聖良は合宿所へ戻った。

 すでに夜10時を過ぎていた。


 合宿所の部屋は先輩とペアの二人部屋だ。

 高校生の頃は柔道場にみんなで雑魚寝したりしたが、さすがに間違いがあるといけないし、部屋も足りたので、そのような部屋割となった。


 しかし、部屋に戻っても同室の先輩は不在だった。

 どこか他の部屋にでも遊びに行っているのかと思いつつ、

 着替えを持って共用のシャワールームへ向かう。


 汗とバーベキューと焚火のすすを洗い流す。


 バーベキューと焚火はやっている間はいいのだが、終わった後のすす臭いのは、なぜかすぐに洗い流してしまいたくなる。


 さっぱりとして、共用シャワールームを出ると、ちょうど聖良が壁に寄り掛かっているところであった。


 「聖良もシャワーか?お先にいただいちゃったよ。待たせたな」


 「う、うん。大丈夫」


 聖良は珍しくアタフタしている。

 いつも妖艶に笑いながら余裕たっぷりという態度なのに。


 俺はいぶかしく思い、目の前の聖良を観察すると


 「あれ?なんで聖良、手ぶらなんだ?着替えやシャンプーや化粧品とかは……」


 女の人の方が通常、入浴時に必要な物が多い。

 男の俺ですら、タオルとシャンプー類が必要なのだから、手ぶらはあり得ない。


 「あ~、実はさ。部屋に入れなくて……」


 「同室の先輩もう寝ちゃったのか?そんなの無理やり起こせば……」


 「違うの。そうじゃなくて、あの……部屋の中でどうやら、してるみたいなの……」


 「してる……何を?」


 「ええと……」



 モジモジとして言葉にするのを憚る聖良は



 「……男女の営みよ」


 ボソッとした声で答えて、みなまで言わせないでよという顔で、聖良は頬を赤らめる。

 これは察しの悪い俺のせいだ。


 俺の同室の男の先輩がいないってことは、そういう事だったんだな。


 「それで、部屋にある着替えとかも取りに行けないと」


 「そうなのよ。けど、さすがに汗かいたからシャワーは浴びたいし、どうしようかと思って

  他の女子の部屋もみんな寝ちゃってるみたいだし」


 「じゃあ、シャンプー類は今持ってるの貸すし、タオルや服も俺の貸すよ」


 「え、悪いよ。そんな」


 「元はと言えば、焚火まで付き合わせた俺のせいで閉め出される羽目になったんだから気にするな」


 俺は、着替えとタオルを取りに部屋へ急いで戻った。






 ―――――――――――――――――――――――――




 聖良に着替えたちを渡して、俺は自分の部屋に戻っていた。

 まだ同室の先輩は帰ってこない。


 コンコンと、部屋のドアが控えめにノックされた。


 「シャンプーと着替ありがとうね」


 湯上がりの聖良が部屋のドアの前にいた。


 「これからどうするんだ?」


 「うーん、さっき部屋の様子うかがって来たけど、まだっぽいね」


 苦笑いする聖良


 「なら、こっちの部屋にいろ」


 「え、でも・・・」


 「どうやら、こっちの先輩が聖良の部屋にお邪魔してるみたいだからな」


 もし、先輩が俺の部屋に戻ってきたら、聖良の部屋でのコトが終わったということだ。

 俺と聖良の男女同衾について咎めるなど、件の先輩には逆立ちしても無理であろう。


 「じゃあ、上がらせてもらうね」


 そう言いながら、おずおずと部屋へと入る聖良

 格好は俺の渡したブカブカのTシャツにハーフパンツ

 ハーフパンツはずり落ちないように、腰の辺りを絞るように掴んでいる。


 そして湯上がり独特の匂い


 同じシャンプーやリンスを使ったはずなのに、何故湯上がりの女性からこんなに良い匂いがするのは、本当に謎である。


 「明日も早いし、もう寝よう」


 俺は布団に入りながら聖良に言った。


 「うん・・・けど、先輩の布団に入るのはちょっと・・・」


 まぁドアごしとはいえ、アレの時の声やら聞こえてたんだろうしな。

 生々しくてそりゃ嫌だわな。


 「じゃあ、聖良は俺の布団に・・」


 と言うが早いか、聖良は俺の布団に入ってきた。

 俺が布団にまだいる中で。


 「ちょ!!」


 慌てて布団から出ようとしたが、聖良が背中に引っ付いてきて、壁際に追いやられてしまった。


 「私が熱出した時に、雪広が看病に来てくれた以来だね。こんなに二人の距離が近いの」


 聖良が婚前離婚問題で学校連日休み、更に体調を崩した時に学校のプリント書類を自宅まで渡しに行った日のことか。


 あの時は流れで放っておけなくて、つい聖良の部屋まで上がり込んでしまった。


 「実は20年前にも同じような事があったの、雪広は覚えてる?」


 「・・・・」


 「覚えている」と答えたくても答えられない。

 あの頃の未熟でホロ苦い記憶

 聖良に悪いことをしてしまったという罪悪感


 「今回とは逆。雪広が学校を体調不良で休んで、私が雪広の自宅にプリント類を届けたの」


 俺が無言なのを、俺が憶えていないと思ったのか、聖良は当時の話をし始める。


 「私は、雪広に渡すプリントに、手書きであるメッセージを書き込んだの・・・」


 ここまで淀みなく喋ってきた聖良が、ふと口ごもる。

 背中越しに、聖良が強張っている様子が伝わる。




 「「 あなたの事を愛してます 」」




 「え!?」


 驚きの声を上げる聖良に、俺は向き直った。


 「憶えてたの?」


 「ああ」


 「てっきりメッセージが書き込まれてた事自体に気付いてなかったのかと思ってた」


 「俺は卑怯者だからな。気付いてないふりをしたんだ」


 これが、俺が聖良の攻勢を完全には跳ね除けられない最大の理由だ。


 勇気を出して愛の告白をしてくれた聖良を、当時の俺は正面から受け止めようとしなかった己の不誠実さ。

 それは長年、オレの心の中にわだかまりとして残っていた。


 「卑怯者なのは私もだよ。メッセージだけ書き込んで、名前も何も書かなかった」


 聖良は自分の胸の内で、両手の拳を握る。

 まるで自戒するように。


 「いざとなったら、私じゃないってトボける逃げ道を残した。雪広に拒絶されるのが恐ろしかったから」


 お互いに当時の気持ちを20年越しに吐き出す。


 お互い恋に臆病だったからこそ、最後の距離が縮まらなかった当時の二人。


 それは、今、布団の中で見つめ合う二人の、わずかばかりしか存在しない距離に等しいのかもしれない。

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