第22話 夏休みだ!!
「残り5分〜。見直しと名前書いたか確認しろよ〜」
試験監督の先生の声が響く。
今は、学生の本分である定期試験の真っ最中である。
試験問題は、まだ教師側も探り探りなのか、難易度は本来の高1の範囲や難易度を逸脱していない。
しかし、これでは差がつかないから、次回の試験は難易度上げられそうだな。
「キーンコーンカーンコーン」
そんなことを考えていると、チャイムが鳴った。
これで全ての試験が終了した。
そして、待ちに待った夏休みが始まる。
「ヨッシャー!!夏休みじゃー!!」
本来の高校生にとっても、夏休みというのは嬉しいものだろう。
ただし、この世界の高校生にとっては、少々切望感が違う。
「1ヶ月以上のぶっ通しの休み!!」
「社会人の夏休みは精々3.4日くらいだから実に10倍!!」
「長期休暇なんて、もう定年退職するまで無理だと思ってた(泣)」
「夏休み中、子供の昼食を毎日作り続けるしんどさから解放される〜」
「金はないから遠くへ旅行とか出来ないけど、それでも嬉しい〜」
思い思いに喜びに打ち震えるクラスメイトたち。
だが中には・・・
「ハァ~」
「どしたの?夏休みが始まるってのに元気ないじゃん」
「旦那の実家に明日から帰省しに来いって
言われてんの。
夏休みだから10日間もよ」
「うげぇ〜!!!10日は地獄ね」
「今までは精々二泊三日だったのに・・・
夏休み長いから平気でしょ〜?って
姑と旦那が」
「うわ、最悪」
「婚前離婚がマジで頭の中チラついてるわ」
女子高校生が義理の実家への帰省について愚痴を言い合うという、中々にシュールな光景が繰り広げられていた。
帰省といえば、うちも千波の実家への帰省はどうしようかな?帰ったら千波に相談しないとなと考えていると、
「雪広、はいこれ」
「何だこれ?」
聖良から手渡されたプリントを見る。
テニス部の夏休みの練習スケジュールだった。
「そうか、部活があったか」
「夏休みの部活って暑いからね。
それとも一緒にサボっちゃう?」
「魅力的な誘いだけど、別に他に
やりたいことが有るわけじゃないしな。
聖良が来るなら休まず行くよ」
「あ、あら、そう?
まぁ、お互い良いヒッティングパートナーだものね」
一瞬、聖良の口元がニヤけたような気がしたが、俺の気のせいだろう。
「そういえば、恒例の夏合宿はやるのか?」
「ん~、今のところ予定はしてないわね。部員も少ないし」
我が校には学内に合宿施設があり、夏休みに運動部は二泊ほど合宿をするというのが恒例であった。
「俺、あれ好きだったんだけどな~。みんなで雑魚寝してさ」
「言いだしっぺの法則で、雪広が音頭取ってみたら?」
「………それもありか。バーベキューとか組み合わせたりしたら楽しそうじゃないか?」
「それいいわね!!みんな中身は大人だし、先生も許可くれそう」
「じゃあ、今日の部活で部長たちに提案してみるか」
「うん。楽しみ~♪さーて、そうと決まればコート行きましょ。
試験期間で体動かしたくてしょうがないわ」
「そうだな」
俺と聖良はそれぞれラケットバッグを担いで教室を後にしようとしたが、
「雪広~~数学、強制補習になっちまったよ~~
勉強教えてくれよ~~」
幸也が半泣きで俺の腰にまとわついてきた。
「うわ、幸也。なんだよ暑苦しい。
って数学赤点なのか?
まだ答案返ってきてないけど」
「公式すっぽり抜けてて、何も解けなかった……」
「一年生の範囲だから楽勝だって言ってたじゃないか」
「うおおおぉぉん!!30超えて補習はやだよおぉぉ!!
雪広も一緒に受けようぜぇぇぇ!!」
「嫌だよ。真夏の教室暑いし。クーラーないんだから」
「この時代だと、まだ教室にクーラー完備されてないからね。公立校じゃ」
「しょうがない。分別のつく大人だろ?
自分の選択に責任を持って、
甘んじて灼熱の教室で補習受けろよ。
なーに、一度は習った単元なんだから
真面目に勉強すりゃできるよ」
「じゃあね幸也くん。
あ、これ餞別であげる。頑張ってね」
聖良からスポーツドリンクの粉末タイプを渡された幸也は、呆然として俺たちが教室を後にするのを見送った。
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俺のテニス部の夏合宿の企画について部長と顧問の先生に相談したら、合宿所も空いているようで、無事にゴーサインが出た。
合宿のお楽しみで、バーベキューと焚火も入れよう。
学校からの徒歩圏内に一般公共海岸があるから、場所も問題なし。
「バーベキュー楽しみ~♪」
部活の帰り道。
夕焼けの空の下、聖良と一緒に家路につく。
夏になって日が落ちるのが遅くなったな~。
「酒飲めないのが残念だがな。そこだけは、顧問の先生からしつこいくらい厳命されたし」
「しょうがないわよ。高校のメンバーでバーベキューって珍しいし。大学生の頃にはよくやるけど」
「俺もバーベキューには少しうるさいぜ?」
「ほー、例えばどんな?」
「ただ網で肉を焼くだけじゃなく、アボカドチーズのホイル焼きだろ。
えのきバター醤油のホイル焼きに、魚介とマッシュルームのアヒージョとか。
アヒージョのパンはバーベキューの網でカリッと焼いて」
「やばい……聞いてるだけで、お酒飲みたくなる」
「椎茸を丸のまま網でじっくり焼いて、椎茸が汗かいてきたら塩か醤油垂らして……」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
聖良が頭を抱えて、欲望に抗うが無理だろう。
言ってる本人の俺もヨダレが出てきた。
聖良はボソッと呟く。
「ノンアルコール飲料なら……」
「たしか、ノンアルコールビールとかって
未成年じゃ買えないんだっけ?」
「そうね。たしか、未成年でも飲めるけど、メーカーは推奨しないみたいな感じだったかな」
「ということは未成年が飲んでも法律的にはセーフ?」
「法律違反にはならないみたい……」
「未成年にノンアル飲料を飲むのを推奨しなかったり購入を制限するのは、
本物のアルコールに溺れる入口になりやすいからだよな?」
「回りくどい言い回しの趣旨としてはそうでしょうね」
「じゃあ、すでにアルコールの味を知ってる、中身は成人済みの俺たちならセーフ?」
「顧問の先生に相談しよ♪」
夕焼けの下、部活帰りに女子高生と帰る青春の1ページのような場面なのに、話している内容はちっとも爽やかではない、欲望にまみれたものであった。




