第2話 タイムリープ初日
高校までの道すがらは楽しかった。
「お。そうだった。この道まだ拡幅されてないから狭いままなんだった」
「こんな店あったな~。確か数年後には潰れちゃうんだよな」
未来を知っているという万能感が心の中を満たし、慣れ親しんだ通学路をまるで、これから住む新しい町のような新鮮な気持ちで歩いた。
さて、高校に辿り着いたわけだが、1年生のクラスが4組であることは記憶があるのだが、出席番号が何番だったかまでは覚えていない。
そのため、自分の下駄箱がどこなのか少しまごついたが、上履きに名前が書いてあったので事なきを得た。
次の関門は、クラスで自分の席がどこなのかという点だ。
これも記憶にないが、自分の感覚を信じて進んだ先に、運よく見慣れたサブバッグが机の横にかかっているのを見つけて座り、机の中の置き勉の教科書の名前を確認し、正解であることに安堵した。
気分はまるで敵地に潜入するスパイのようだ。
同じタイムリープ物のあの小説や、あのアニメの主人公もこんなドキドキした気持ちだったのかなと、勝手にシンパシーを感じていると。
「雪広じゃねぇか!!」
「おお!!幸也!!」
教室に入ってキョロキョロした後、俺を見つけて駆け寄ってきた幸也が大声で俺に呼びかけてきた。
幸也が差し出してきた右手を、思わず俺も握り返す。
川瀬 幸也は高校入学当初からの友人で、お互い社会人になってからも交友が続く親友だ。
幸也は地元で、俺は他県に移ったが、俺と千波の結婚式にも地元の友人枠で出席してくれた。
しかし、物理的に住む場所が離れていたので最近は中々会えていなかった。
「元気してたか!!」
「ああっ!お前こそ!!」
と、ここでハタと俺は気づいた。
しまった!!
俺的には数年ぶりの再会だからつい熱く再会を喜ぶテンションでいっちまった!!
幸也にとっては何気ない、普段通りの日常の挨拶でしかないのに。
とんだ失態だ。タイムリーパー失格だ!!
すると幸也もハッとした顔をして、慌てて握った手を引っ込めて
「げ…元気……そう!!週末明けぶりだからな。元気してたか?」
「おう、元気げんき」
と俺もぎこちなく答える。
そりゃいきなり、数年ぶりに同窓会で会うレベルの返ししたら幸也も動揺するよな。
あれ……?でも握手を求めてきたのは幸也の方からだったよな?
あいつ、高校生の時はあんな熱い感じだったっけ?
と首を傾げていると、始業のチャイムが鳴った
―――――――――――――――――――――――――
昼休み
俺と幸也は教室で二人、昼食を広げた。
「なんか購買のパン屋。今日は開いてないみたいだぞ。店員の人はいるけどパンが届いてないんだと」
幸也がお弁当の、野菜の肉巻きを食べながらそう報告してきた。
小声でボソッと「この味なつい。母さんの味だ」と呟いていた。
こいつ隠れマザコンだったのか?
「午前の授業、半分は自習だったしな。監督の先生すらいないし」
「出席してないクラスメイトも多いな。これじゃ学級閉鎖にならないのか?」
俺は教室を見渡した。
今日の出席率はかろうじて過半数という所だ。
「こんな日あったっけ……あ!いや!!こんな日、珍しいなぁアハハハハ」
「そうだな。こんな日があったら覚えてても良さそ……もとい!!ほんと珍しいこともあるもんだなぁアハハハハ」
またもやボロを出しそうになる自分にがっかりである。
俺には残念ながら、タイムリープ後に開き直って堂々と人生をやり直す度胸や覚悟がまだ足りないようだ。
しかし……
教室にいる同級生を観察してみると
ご飯も食べずに何やらブツブツ独り言を呟いている奴
何やら忙しくノートに書きなぐってる奴
「来たぜ。俺の人生これで…」とか興奮して鼻息の荒い奴
さらに、ちょっと廊下に出て校内を散策すると……
屋上で空に向かって「聞こえてんだろ創造神さまよ~!!説明してくれよ~!!」と中二病全開な奴
手を正面にかざして「ステータスオープン!!ステータスウインドウ!!」とか唐突に何度も叫ぶ奴
「ファイヤボール!!アイテムボックス!!出ねぇ……」と中二病を通り越して小学生みたいなことしてる奴
「どうせなら公爵の悪役令嬢で追放されるパターンが良かったのに」と訳のわからんことを呟いている奴
どいつもこいつも自分の世界に入っていて、心ここにあらずという雰囲気だ。
うちの高校そこそこ偏差値高いはずなのに、こんな痛い奴らばっかりだったか?、
しかし、これも俺が30台半ばの大人の視点から高校生というガキンチョを見ているわけだから、当時より周りが子供っぽく見えてしまうのは仕方がないか。
ここは、中身は大人の余裕で見なかったことにしてやろう。
―――――――――――――――――――――――――
放課後
ちょっと用事あるからと足早に帰って行った幸也を見送り、俺は一人で下校しようと下駄箱にいた。
何だか俺も疲れた。
慣れ親しんだ学び舎だが、何かと緊張したり冷や汗かく場面もあったからな。
家に帰ったら、俺も今後のことをキッチリ考えてみるか。
「雪広!!」
背後から声をかけられ、今日一番に心臓がピクリと飛び跳ねた。
振り向くと、そこには声の主である、聖良が立っていた。
八幡 聖良
クラスメイトで同じテニス部。
高校の入学当初に出来た初めての女友達で仲が良い。
「聖良……さん。どうしたの?」
俺は平静を装いながら聖良の呼びかけに答えた。
「さんって何よ。聖良っていつも呼び捨てで呼び合ってるでしょ」
腰に手を当ててプゥと頬を膨らませていた。
色白の肌で、少しパーマがかったロングの髪をツインテールにしている馴染みのある出で立ちだ。
小柄ながらスラッとした体躯は、中身がおっさんの俺には余計に若々しく映る。
「あ…そうか。ついな」
正直、いつの時点から下の名前で呼び合う距離感になったのかなんて覚えてない。
保険のために一応、さん付けで呼んだのだ。
「あれ?聖良って今日いたっけ?教室にいなかったような……」
「あ~、うん。寝坊してさっき来て、校内ブラブラしてた」
「もう下校時刻なのに!?」
はて?聖良は割りと真面目で遅刻とかしないタイプだったと思うが……
「帰るなら一緒に帰ろ」
嬉しそうな笑顔で甘えたような上目遣いで誘ってくるが、
「……いや済まない。今日は用事があるんだ」
先ほどの自分の失態を考えると、聖良との会話でボロを出してしまいそうだ。
当初の予定どおりに自宅で、過去の記憶の洗い出しや今後の対応方針を決めてからの方が良い。
「じゃあな聖良。また明日」
俺はそう言うと、とっとと正門を目指して早歩きで家路を急いだ。
「ちょっと!!雪広、ま……」
残された聖良は一人下駄箱に残された。
「もう……!!」
憮然として自分の靴を少々乱暴に下駄箱から落とし
「今度こそは……」
と決意も新たにという言葉とは裏腹に、聖良の顔はどこか思いつめたものだった。
―――――――――――――――――――――――――
「ただいま~」
「「 おかえんなさ~い 」」
俺が実家、いや今は自宅と呼ぶべきか。
帰ると、二人の声が聞こえた。
「あれ?父さん。今日は、会社休み?」
父の和俊は元の世界では土木会社を定年退職後の再雇用まで勤め上げ、既に悠々自適な身だが、20年前の今はまだ現役のはずだ。
そういえば朝、俺が登校する際もまだ寝ていたようだ。
「あ、ああ。つい寝坊しちゃってな。ハハハ」
昭和かたぎの父親は、滅多なことでは仕事を休まなかったものだが。
「疲れてるから、そういう日もあるよね。今日はゆっくり休めた?」
父親ってあまり家にいないから当時はわかりづらかったけど、仕事するのって本当に大変だからな。それを定年までキチンと勤め上げて。
その凄さに気づいてリスペクトするのって、自分も社会に出て働き始めてからなんだよな。
「ああ、ありがとう雪広。明日は大丈夫だから」
「お父さんもいい歳なんだから、あんまり無理しちゃだめよ」
母さんも父さんを労わった。
「………いやいや母さん。じい…もとい!!お父さんは、まだまだバリバリ現役の年齢だぞ。そんな還暦こえた爺さんみたいに言わんでくれ」
「あ…… あ~!!そうね!そうね!!私ったらヤダも~~~ねぇ~~~!!!」
母さんが照れ隠しなのか父さんの肩をバシバシ叩いている。
夫婦の仲睦まじい様子に見えなくもないが、母さんが勢いで何かをごまかしているようにも見える。
「さ、雪広も帰ってきたし、少し早いけど夕飯にしましょう」
「そうだね」
俺はダイニングテーブルに座った。
父はテレビの電源をつけ、夕方のニュースにチャンネルを合わせた。
その日のニュースを眺めながら夕飯を囲む。
家族皆が食卓にそろった時の我が家の定番だ。
元の世界では、千波や孫である恵美や紬を連れて帰省していたので、親子水入らずってのは本当に久しぶりだ。
密かに感動していると、夕方のニュースが突然、政府の記者発表に切り替わった。
「なんだろう……政府の緊急の会見……」
この時期にそんな大きな事件とかあったかな?と頭の中の記憶を検索してみるが、特に思い当たるものがない。
総理官邸の記者会見室に、時の官房長官が現れた。
この人たしか総理になるよな。在任期間あまり長くなかったけど……
そんな未来知識を家族にひけらかしたい欲求に駆られていると、テレビから今回の緊急会見の趣旨が官房長官から語られた。
『え~、それでは。皆様既にお気づきかとは思いますが、全世界、全人類に20年の時間遡行が発生した当該事態について、お伝えします』
ブックマーク、評価宜しくお願いします。
完結作 私を甲子園に連れてってで人生変わりました も番外編を投稿してますので
よければそちらもご覧ください。