第16話 引越し
「これが最後。書籍類だから重いよ」
「OKまかせろ」
今日は、千波の我が家への引っ越し当日だ。
俺は今井家に出向いて、荷物の運び出しをしていた。
家財道具や家電は無いので、父さんが借りてきたライトバンで事足りるので、業者は使わずに自分たちだけで引っ越し作業だ。
「ふぅ、暑い季節になってきたな」
汗を肩でぬぐいながら、持っている段ボール箱を持ち直す。
「手伝うぞ雪広」
「父さんは腰悪いんだから、荷物運ぶのは止めろよ。
大事なドライバー様なんだから」
「わかったわかった。ま、最悪の場合、運転自体は雪広ができるんだから大丈夫だろ」
「いい歳して少年法のお世話になんてなりたくないからな!!
それにしても、車乗れないの不便だな。免許早期取得制度とかないのかな」
「免許センターで一発試験しかないな」
「S字と縦列駐車はちょっと自信ないかも……」
俺はライトバンの荷室に段ボールを置いた。
「千波のこと、ご迷惑おかけしますがよろしくお願いしますね和俊さん」
「春香さんご心配なく。むしろワシらのが厄介かける感じになると思いますよ」
ガハハと春香さんに笑い飛ばす父
「準備できた?千波」
「うん」
春香さんに促されて千波が玄関から出てきた。
その背中には赤いランドセルが背負われていた。
小学生にしては大人っぽい千波が背負うと、相変わらず違和感があった。
「大事なものだから、これは自分の手でもってく」
そう言って、千波は母親の春香へ向き直る。
「お母さん、ありがとう」
「じゃあね千波。元気にやんなさい」
「うん。お母さんも飲みすぎないでね」
「あははっ」
母と娘が抱擁し、別れを惜しむ。
「じゃあね。お母さん」
「うん」
引越しのため走り去っていく車を眺め、春香は10年前の、千波が結婚して実家を出た日のことを思い出し、二回も娘の旅立ちを見送ることになるとはと、一人苦笑した。
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「「 え!! 一緒の部屋!? 」」
俺と千波は思わず大きな声が出た。
「一部屋あまってるけど、物置にしちゃってるから、すぐには空かないのよ」
「年頃の男女が一緒ってのは……」
「夫婦なのに、なーにを今更恥ずかしがってんだか」
両親の少々デリカシーに欠ける物言いに閉口した俺と千波は、半ば諦めが混じりながら、荷物を俺の部屋へ運び込んだ。
「それにしても、この部屋って広いよね」
「10畳くらいあるかな。正直持て余してた」
「机と布団、タンスを1セット追加しても問題ないわね」
運び込んだ段ボール箱から衣類を取り出してタンスにしまい込む。
そろそろ半袖が欲しくなる季節のため、夏物の服が多い。
服を見ると、やはりシックな大人目なデザインのものが多い。
「そういえばランドセルだけど、俺の行ってた小学校は、高学年ならランドセルじゃないカバンでもOKだよ」
千波はこれから、俺もかつて通った小学校に通う。
千波の地元よりは多少都会よりの場所ゆえ、小学校でのルールも比較的緩く、暗黙の了解ではあるが、高学年になると多くの児童はランドセルでなくリュック等のカバンで通学していた。
「うーん……私はランドセルでいいよ」
「遠慮しなくていいんだぞ。適当なカバンが無いなら、今度一緒に買いに…」
「そうじゃなくて、ランドセルがいいの」
俺は意外感を覚えた。
千波は特に背格好が大人びているし、ファッションも落ち着いているので、尚更ランドセルは合わないということは、千波自身もわかっているだろうに。
「大事なものなの」
「大事?」
引越しの車に乗り込む際に、車中に持ち込んで大事に抱え込んでいた千波の姿をふと思い出した。
「お父さんから私への最期の贈り物だから…」
「あ……そうなのか」
千波のお父さんは、千波が物心がつく前に闘病の末に亡くなっている。
千波が2、3歳の頃に亡くなられたと思うが、
「お父さんがね。余命宣告を受けた時に、私のランドセルを買ってきたんだって。
奇跡を起こして、何とか娘の私がランドセルを背負う日まで生きるんだって」
「…………。」
「結局、奇跡は起きなかったけどね」
赤色のランドセルを撫でながら千波は、寂しげに目をふせた。
「私はお父さんのこと、残念だけど何も憶えてないの。
だから、このランドセルはお父さんとの大事なつながりなんだ」
ランドセルを抱えて頬をつける千波
「そういう事なら、千波の想うようにランドセルで学校に行けばいいよ。
別に、ランドセルが禁止されてる訳じゃないし。俺も当時はランドセルで卒業まで通ったな」
「雪広くん。小学生の頃は小さかったんでしょ?アルバム見せてもらった時かわいかったな」
「身長伸びたのは、中学に入ってからだな。小学校卒業した頃は、まだ150cm未満だった」
「それが180cmくらいになるんだもんね。すごいや。
わたし、中学から女子校だったから、男の子の成長期とかよくわかんないんだよね」
「高校じゃ伸びなかったから、ちょうど俺がグングン伸びた頃は、千波に見せられないな」
「残念。じゃあ、かわいい頃の雪広くんのアルバム見せてよ」
「この頃はかわいかったのに今は……って千波がいつもからかうから見せるの嫌だ」
「やだー、見せてよ。ほら、これから私も通う小学校の様子とかも見れるし。
ね?」
渋々俺の小学生の卒業アルバムを見せると、千波はやはりアルバムの写真と、今の図体のでかくなった俺を見比べて、「この頃はかわいかったのに今は…」とニヤニヤしながら俺をからかった。




