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第15話 母

 「お義母さんから、連絡が来てな」


 俺はホットミルクに白砂糖を加えながら話し始めた。

 コーヒーには砂糖は入れないが、ホットミルクには砂糖が欲しくなる。


 「お母さんには敵わないな……」


 千波は笑いながら、砂糖を入れるスプーンを俺から受け取る。


 「私立の女子中行かないって、お義母さんに言ったらしいな」


 「うん……ほら、私や雪広くんの仕事……地方公務員になるには試験さえ通ればいいんだから、別に私立中学に行く必要ないなって思って」


 「一緒にいた友達は?6年も一緒だったんだろ」


 「同じ学校じゃなくなっても連絡のとりようはあるでしょ」


 「…………。」


 「…………。」



 「ちょっと外、歩こうか」


 俺は千波を散歩に誘った。

 千波も無言のまま、大人しく玄関の方へついてきた。




―――――――――――――――――――――――――




 「ここって……」


 「うん。俺たちが出会った場所」


 『ハートチャイルド学童保育所』


 学校が終わった後の小学生、主に両親が共働きであったり、シングル家庭が利用する放課後デイサービスだ。


 俺と千波は、この学童保育所で指導員として一緒に働いた同僚だ。

 働き出したのも同じ日から。


 「役所では俺が先輩だけど、ここでは千波と同期なんだよな」


 「同期って言っても、雪広君はずぶの素人だったじゃない。

  私はあの学童出身だったから、色々教えてあげたでしょ」


 「そうそう。あの時は仕事のこと何でもかんでも千波に聞いてたな」


 「懐かしいね」


 今日は休日で閉所日、学童保育所に子供たちはいないので、中には入れない。


 「千波は、バイトするなら絶対ここだって思ってたんだろ」


 「うん。自分がお世話になったところだし。

  本当は高校からバイトしたかったんだけど、うちの高校バイト禁止だったから」


 「そっか。じゃあ、この学童って高校生からバイトできるんだな」


 「うん出来るよ」


 「じゃあ、俺バイト申し込んでみよ」


 「え!?」


 千波が驚いて振り向く


 「千波が通ってれば言うことなしの職場だけどな~。

  千波は受験勉強で忙しいしな」


 「だから!!わたし受験しないって、さっき……」


 「いや、ちゃんと元の私立女子中学に行け。

  俺のバイト代で千波の分の学費……まぁ、全部は無理でも負担するから」


 雪広には珍しく、自分の意志を通すような物言い。

 しかし、千波も唯々諾々と従うわけにはいかない



 「それで私が喜ぶとでも思うの!!」


 「こわい顔しても、小学生だからちっとも怖くないよ」


 俺をキッとした目でにらみつける千波の顔は、眉間に皺がよりピクピクと脈動しつつも、またもや目からは涙が零れそうに潤んでいた。



 「あら、やっぱりここだったのね。懐かしいわ~」


 にらみ合う二人の剣呑な空気など何も気にしていないかのように、二人に声をかけてきた。



 「お母さん…」

 「お義母さん…」


 千波の母の春香が懐かしそうに、学童保育所の庭を覗き込んでいた。


 「本当に懐かしい。今の千波は小学6年生で、時間が巻き戻っても、もうここは卒業だったから」


 「あの……お母さん。わたし……」


 「千波、雪広くん。あなた達に話があるから、家に戻ってらっしゃい」


 そう言うと、春香は今井家へ向けて歩きだした。




―――――――――――――――――――――――――




 「はい、これ」


 今井家の居間にて


 春香は、二人の前に通帳と保険金の支払い通知をテーブルに出した。



 「お母さん、これ……」


 「お父さんからの贈り物。見てみなさい」


 「でも……」


 「当時は子供だから見せなかったけど、十二分に分別がつく今の千波になら、むしろ見せた方がいいと思ってね」


 春香から目で促され、千波は通帳を開いた。


 目を見開き、横にある保険金の支払い通知の書類を見た。



 「お母さん、これ……。お父さんの死亡保険金、ほとんど使ってないの?」


 マグカップの、ほうじ茶を飲んでいる春香に千波は、動揺した声で尋ねた。


 「そうよ。使ったのは、相続関係で立替えた分の補填くらいかしら」


 「どうして……」


 「ん?これは千波の学費にって取っておいてるものだから。

 そもそも、この保険に入る時も、支給額が千波の学費を余裕見て払える額がもらえるようにって選んでたんだから」


 「じゃあ……」


 「まったく……変に気を回してからに。

  親は、子が思っている以上に、子のこと考えてるのよ。

  あなたも、人の親なんだからそれくらい、考えればわかるでしょうに」


 早めに説明しておかなかった私も悪かったけどねと、春香は残りのほうじ茶を飲んだ。


 「じゃあ、わたし……わたし……」


 「ちゃんと元の女子中に進みなさい。きっと、お父さんも、そう望んでるわ」


 「お゛、おがあざん!!」


 千波は春香の胸に飛び込んで、押し殺したような声で泣きすがった。


 「ありがとう!!ありがとう!おがあさん」


 「お礼なら、お父さんにしなさい。あなたのために残してくれたんだから」


 「う゛……うん」


 「まったく、こんな大きい娘が子供みたいに泣いて……」


 泣きじゃくる千波を春香はゆったりと抱きすくめる。


 「けど……どうせタイムリープするなら、もうちょっと前……

  お父さんがまだ生きている頃に戻れてたら、よかったね」


 大声を出して泣く千波を抱きすくめながら、ふとこぼした春香の目にも、うっすらと光るものがあった。




―――――――――――――――――――――――――




 「結局、私の一人相撲だったってことだね……」


 「一人相撲って言ったら、俺も大概だよ」



 俺と千波は、夫婦で落ち込んでいた。



 「雪広くんがバイトにかまけてたら、元の進学先の大学に行けなくなっちゃうかもでしょ。それこそ、千波や私は、和俊さんや早苗さんに顔向けできないわよ」


 「はい……」


 「中身は大人だから、何とかならない事態もなんとかしなきゃって思っちゃうのはわかるけど、あなた達はまだ子供なんだから、やれる事なんて結局限られてるのよ」


 「はい……仰る通りです」


 「千波も、辛いことがあったら、まず報告する。

  あなたも、娘が辛い顔してるのに、こっちには何も言ってくれないなんて、親として余計心配だってわかるでしょ」


 「うん……ごめんなさい」


 春香の説教に、小さくなる娘夫婦


 表面上の絵面は高校生男子と小学生女子のカップル……

 (カップルとして倫理的に成立するかは置いておいて)

 実年齢的には、親に怒られるというのは精神的に少々きつかった。


 「これで、千波の二つの問題のうち、一つは解決したってことだな」


 「うん……後は、前の人生みたいに、受験勉強頑張って、卒業すれば小学校の人たちとは縁が切れるし」


 「けど、卒業までまだ大分あるじゃないか」


 「ゴールがあるって解ってれば随分、気持ち的に楽になれたし」


 職場や学校という逃げ場のない場所でのストレスフルな人間関係というのは想像以上に辛い。大人でも簡単に心が折れたりする。


 自分だけ精神的に大人なら、ガキの言う事、やる事ということで、精神的に優位に立って気にしないこともできたかもしれないが、相手も大人

 下手したら、相手が最も傷つく箇所を悪意をもって狙ってくる可能性すらあった。



 「じゃあ、ここで今回は何の役にも立たなかった雪広くんにお願いです」


 「……お義母さん。その入りからじゃ、そのお願い絶対断れないじゃないですか」


 俺は心にダメージを食らった。


 「で、お願いというのは?」


 「千波と武藤家で同居して欲しいの」


 「「 へ!? 」」


 俺と千波は、予想外の内容に驚いた。



 「同居っていうか、千波の転校が主目的ね。

  あの小学校は、もう駄目よ。

  当時のクラス担任の先生も頼りにならなかったし、巻き戻った今なんて、もっとヤル気なんてある訳ないでしょうよ」


 吐き捨てるように春香は言った。


 「たしかに、みんな大人なんだから、自由にちゃんとやれよ~な放置で、クラス運営なんて端からする気ないね」


 千波も担任には最初から、まるで期待はしていないようだ。


 二人の様子からして、20年前にも信頼度が低い担任ではなかったようだ。

 ここから悪化こそすれ、改善される可能性の薄い千波のクラスでの立場……


 俺は意を決した。


 「わかりました。両親は僕が必ず説得します」


 きっぱりと、春香さんの目を見て力強く答えた。


 「雪広くん……」


 まるで結婚に反対する両親を説得する婚約者のような視線を向ける千波


 「あ、大丈夫。

  和俊さんと早苗さんには、すでに私から話してOKもらってるから。

  あとは雪広くん次第だっただけだから」


 俺の格好つけられるポイントがつぶされた……


 「意地が悪いですよ。お義母さん」


 「ごめんごめん。じゃあ、千波。そういうことだから」


 カラカラと笑う春香


 「私、わざわざ転校なんて……」


 「それを言うなら、わざわざ、そんな学校に行く必要なんてないんじゃないか千波」

 

 俺はせめてもの夫としての意地で、千波への最後の後押しをしようと思った。

 春香さんも、俺の意を酌んでくれたのか、黙って見ている。


 「我慢して、頑張って今の学校に通いきっても、逃げなかったっていうトロフィーが手に入るだけだ。

  そして、そのトロフィーはすでに前の人生の時に獲得したんだ。」


 「千波が困難から逃げない人だって皆知ってる。

  だから……今回はちゃんと逃げてくれ。一緒に」


 「でも、私が武藤家に行ったら、お母さんが一人ぼっちに……」


 「なによ今更。あなたがお嫁に行って、もう10年くらい経つのよ。

  一人での生活に慣れ切っちゃってるから、最近は大変だったのよ。

  千波がいたら、仕事の後、お酒飲んで帰れないし」


 そんなことを心配していたのかと豪快に笑い飛ばす春香

 言っていることは半分は本音なんだろう。


 「すでに親離れ、子離れした同士なんだからさ。

  たまに顔を見せに来てくれる?

  元気な顔をさ」


 やっぱり、愛情の深さは親には敵わないな。


 また、春香の胸の中で子供のようにワンワンと泣く千波を見て、俺は敗北感に打ちひしがれながらも、これからの千波との生活に胸を躍らせた。


ここまでが1章って感じで一区切りですね。


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