第12話 新たな道
「メグちゃん学校やだ~今日学校休む~~」
「ツムちゃんも!ツムちゃんも!!保育園休む~!!」(飛び跳ねながら)
「はいはい。行けば楽しいから行こうね」
こんな会話は、小さい子供のいるご家庭では、毎朝毎週のように繰り広げられるものだ。
しかし……
これが、子供が大きくなるにつれて、この手の子供の発言の重大さが変わってくる。
「学校行きたくない」
この言葉の重さは、自我が形成されてきている年齢になるほどに、切実なものへとなっていく。
俺は妻の千波の顔を、真剣な顔でマジマジと見つめた。
「わたしね、そもそも小学校時代って良い思い出ってないんだ……」
俯いて、いつもより声量のない声で語りだす。
「私って発育が良くて、小学校時代はクラスで一番背が高くって、
それで男子から、からかわれてね……」
俺は無言で千波が続きを話し始めるのを待つ
「今は、みんな精神が大人だから、子供の時みたいに
からかってくる男子っていうのはいないんだけど……」
千波はそこで言葉を切り、言いにくそうにした
「かわりに、異性としての誘いをしてくる男子が多くなって……」
(グクッ!!)
思わず握ったこぶしに力が入った。
千波の大人びた容姿に今更、手のひら返しか
くそガキ共が……
「前回の人生でも男性不信の気はあったけど、今回の人生では余計ひどくなりそう」
吐き出すように千波は語り、独白はここで終わりとばかりに、残りのマンゴージュースを飲みほした。
「辛いなら学校行かない方が……」
と俺が言いかけると、千波は俺の唇に人差し指を押し当てる
「それはダメ。もちろん、その選択肢が絶対にダメって訳じゃないけど、
安易に選びたくない。だって……」
「こんなことで負けてちゃ、娘たちに顔向けできない!!」
親としての強さを宿した瞳で、俺の目をまっすぐ見つめながら千波は答えた。
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「なに読んでんだ?雪広」
「これ?『子供が不登校になったら 小学生編』っていう本」
「間違いなく高校生が読む本じゃないな」
朝の登校時間、少し早めに教室に着いて読書をしていた俺に、幸也が話しかけてきた。
ちなみにこの本は図書館で借りてきたものだ。
「高校生の中身が違うのは皆知ってるだろ」
「そうだな。なんか町中で子供見ると複雑な気分になる」
「自分のことを棚に上げるけど、なんか不気味だよな」
街中ではしゃいでいる子供を見ると、以前は、自分の娘も成長したらああいう風になるのかな、みたいな微笑ましい気持ちで眺めていたのだが、最近は、
「あれ中身は大人が演じてるんだよな」と思ってしまう。
子供なのに大人びた(実際、中身は大人な訳だが)言動をしていると不気味だし、
子供らしく振る舞っているのを見ると「中身は大人なのに何やってんだこいつ」と思い不気味に思う。
実に身勝手なのだが、そう思ってしまうのはどうしようもない。俺は高校生だからまだマシだった。
「落ち着いてると言えば、全然街中で不良やヤンキーの類を見ないな」
「俺らの時代なら、まだまだたくさんいたのにな」
彼らもさすがに、30代の精神でダボダボのズボンを履いて、コンビニ前にたむろするなんていう、大いなる青春の浪費をもう一度繰り返す気は無いようだ。
「聖良、今日も休みかな」
挨拶代わりの雑談を終えて、幸也は心配そうに聖良の机を一瞥した。
聖良は結局、先週は丸ごと休みだった。
体調も崩していたし、今日も休みかと思ったが
「おっはよ!!」
軽快な声で聖良が教室に入ってきた。
「心配掛けてごめんね~。八幡 聖良 復活しました~」
少しおどけたように、敬礼しながら聖良が挨拶してきた。
「聖良。良かった、心配したんだぞ」
幸也が安堵した表情を見せる。
俺も同じく安堵した表情を見せると同時に、心のうちでは別の考えが頭をよぎっていた。
聖良が登校できるようになったということは、夫婦の仲について、何がしかの結論が出たという事なのではなかろうか……
「雪広も。おはよう」
「おはよう。聖良」
どちらにせよ、この場で聞ける、話せる話ではない。
後で二人になった時にでも聞いてみようと思った矢先、
「あ、私、離婚したんでよろしく~」
自分から言うんかい!!
「「 離婚!? 」」
俺と幸也は同時に大声で同じ言葉で驚きを表したが、幸也は離婚という選択をした聖良自身に、俺はこんな衆目の前でそれを明け透けに言い放った聖良の豪胆さに対する驚きによるものであった。
「知ってる?未来で結婚する相手とやっぱり結婚しなくなることを、婚前離婚って言うらしいよ。最近のトレンドワード」
「そんな、流行に乗ってみましたみたいに言われても……」
「まぁ、このご時世では珍しいことじゃないってことよ。
だから、あんまり気にしないで」
そう、溌剌とした表情で答える聖良の笑顔は、無理をして明るく振る舞っているという感じではなく、むしろ、ようやく終わった開放感に浸っているという感じだ。
「聖良さん。ちょっと離婚の経緯とか詳しく教えてくれない?」
「実はうちも、どうしようかって悩んでて……」
「慰謝料とかは発生したの?参考に教えて欲しい。あくまで参考で」
「親とかには何て説明した?」
ワラワラとクラスの女子たちが聖良に群がる。
ただの野次馬根性の者から、切実そうな者まで様々だが、男として聞いていたら居た堪れない内容の話が始まる空気に、俺と幸也はたまらず避難した。
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昼休み
聖良が久々に登校したが、俺と幸也二人での昼食だ。
聖良は、複数の女子の人生相談に乗らなくてはならないようで、昼休みと放課後の予定が埋まってしまったようだ。
「雪広たちも同席する?」と聞かれたが、ごめん被る。
女子会に男が混じっても、大抵良いことはないのである。お互いに
「しかし聖良が離婚とはね~。あ、でもこの世界ではまだ結婚してない訳だし、バツが付くわけじゃないのか」
「戸籍上はキレイなまんまだな」
「雪広は聖良の婚前離婚の理由については、何か聞いてたのか?」
「……いや、俺も聞いてない。その内、聖良が話したくなったら話すだろ」
事前に離婚についての話は聞いていた訳だが、聖良の意味深な発言などもあって、こちらから積極的に話題にしたくはなかった。
「そういや、雪広のところの夫婦は大丈夫なのか?」
「ああ。夫婦仲に問題はないと思う」
「夫婦仲には…ね。千波ちゃん何か悩みでも抱えてるのか?」
「……鋭いな幸也は」
「そりゃ、朝にあんな本読んでたらな」
「その鋭さを恋愛にも生かせたらいいのに」
「うるせぇ!!で、千波ちゃん、学校が辛いって言ってるのか?」
「ああ。」
俺は幸也にことの経緯を話した。
話を聞いた幸也は、う~んと考え込んだ。
「こういう異性間トラブルって、小学生のじゃなくて、大学生くらいで起こる感じじゃないか?」
「たしかに……サークル内での色恋沙汰に近いか」
「となると、その本は役に立たなそうだな」
俺の持ってきた『子供が不登校になったら 小学生編』も、タイムリープなどという非常識な事象を前提になどしていないので、中身が大人になった小学生への接し方なんぞ当然著者も想定していない。
「俺、こういうドロドロしてる男女の駆け引きは苦手。だから独身のまんまなのかもだけど」
「俺だって苦手だよ」
「こういう場合は、やはり同じ女子に相談してみるのが一番なんじゃないか?」
幸也の言葉に、そうだよなと思う反面、こういうデリケートな話が出来る親しい女友達となると、一人しか思い当たらず、俺はため息をついた。




