表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/30

第9話 未来への不安

 全人類タイムリープから半月が経った。


 高校では、放課後の部活がようやく再開された



 部活着に着替えて部室を出る。


 今日は所属する硬式テニス部の部活の日だ。

 テニスは高校から始めて大学までやったが、その後は年に一回機会があるかどうか。


 久しぶりにラケットを握ったけど手に馴染むな。

 

 一番体力もあって一番真剣にテニスをやってた頃の体だからな。


 テニスコートに出ると


 あれ?部員の数がずいぶん少ないような……


 「あ、雪広来たんだ。」


 ストレッチをしていた聖良が、トテテッと俺の方に寄ってきた。


 聖良は紺色のワンピースタイプのテニスウェアに白色のキャップを被っている。

 ポニーテールにした髪束が揺れる。


 「おう聖良。なんか人数少なくないか?」


 「まだ登校自体してない人もいるけど、今回の人生では別に部活やらなくていいかって人も多いみたい。二、三年生は受験勉強を頑張りたいって、ほぼ来ないみたい」


 「え?ってことは……」


 「ええ雪広。私たちの天下よ!!」


 「やったぜ!!」


 思わず聖良とハイタッチした。

 1年生だからまた球拾いからやらされるのかと思った。


 「ねー、雪広」


 「ん~?」


 聖良との実戦ラリーの練習が終わり、別の部員にコートをあけて、ベンチで汗をぬぐいながらスポーツドリンクをあおる。


 「子どもは娘さん二人だっけ?会えなくて寂しいんじゃない?」

 「そうなんだよな……こればっかりは時が経つのを待つしかないのが辛い」


 ガックリと頭を垂れる


 当たり前のようにいた家族がいないっていうのは、やはりかなりキツイ

 半身を持っていかれたような喪失感だ


 は~、メグちゃんやユズちゃんのプニプニほっぺを触りたい。


 「いいな、幸せそうで。うちなんて……」

 「……旦那の隆正君とは上手くいってないのか?」


 先日会ったカフェで見せた影のある聖良の表情を思い出した。

 あの時は上手く踏み込まないようにしたが、今日の聖良はむしろ踏み込んできてほしいような雰囲気を見せていたのだ。


 「うん……実はタイムリープした日に離婚の話し合いしてたの」



 「!?…………マジか」


 「笑えるでしょ。離婚の話し合いしてたら女子高生に巻き戻ったんだよ。

  けど、いいタイミングだって思ったわ。神様グッジョブって」


 「で、どうするんだ?これから……」


 「うーん、まだ正式には決まってないよ。私の両親に離婚すること、元世界の時に言ってなかったから、両親としては晴天の霹靂って感じで揉めちゃって……」


 週末のカフェで実家に居づらいと時間を潰していたのは、これが原因だったのか。



 「ちょっと考えれば気付くもんだけどね~

  雪広みたいに直ぐに旦那が来るなり、連絡が来ないのが答えだってさ」


 答える内容の重さの割に、妙に晴れ晴れとした表情の聖良


 「もう私の中じゃ、とっくに結論なんて出てるんだよ。

  私たち夫婦には子供がいなかったしさ。

  後は周囲を説得するだけ。だから雪広に話した」


 聖良は座っているベンチから腰を浮かせて、グッとのびをした。


 「じゃあ、説得が終わったら聖良も幸也みたいに新たな人生を歩むのか。

  それも楽しいんじゃないか」


 そう聖良に言いながら、俺自身は正直、逆の気持であった。


 タイムリープ当初は俺も新しい人生を夢見ていたが、実際に未来を変えてしまうことにより失ってしまうかもしれない物を考えると、最近はそういう欲求も薄れていた。


 「そうだね。けど、それでもさ……」


 伸びをして勢いよく振り返った聖良は


 「新たな人生でも隣に雪広がいることは変わらない。

  だから私は私のままでいれるんだと思う」


 と言い、「さ、コート交代~私たちの番だよ~」とコートの方へ向き直り歩いて行った。


 俺は聖良の最後の言葉の意味をどう捉えるべきかわからないまま、何も言えずにラケットを掴んだ。




―――――――――――――――――――――――――




 「ただいま。あ~腹減った。今日のメシなに~?」


 部活が終わって帰宅した俺は開口一番、夕飯の献立を母に尋ねる。

 高校生の頃の定番の帰宅のあいさつだ。


 「おかえり~今日は遅かったじゃない」


 「ああ……ちょっと寄り道しててね」


 部活での聖良の話は俺に衝撃を与えたが、とはいえこれは夫婦の間の問題であり、俺に出来ることといったら、友人として愚痴の吐き出しに付き合うことしか出来ない。


 帰宅途中のコンビニのベンチで甘ったるい缶コーヒーを飲み黄昏ながら、そう自分の中での聖良の話への向き合い方について整理をつける時間が必要だったのだ。



 「今日は、よだれ鶏と回鍋肉よ」

 「やりぃ」


 このダブル肉おかずの献立なつかしい


 「相変わらずよく食べるわね。中身はもう中年にさしかかるってのに」


 「胃袋は高校生だからな」


 ワシワシと箸で米をかきこむ。

 なお、帰宅途中のコンビニでコーヒー以外に菓子パンも買い食いしていたが、そんなことはおくびにも出さずに、素知らぬ顔で二杯目の米を山盛りによそう。


 30歳を越えると、どんどん脂っこいものや食べ放題がきつくなる。

 そして食べる量は減っているのに腹周りの肉は年々増えていく謎。

 食べても太らない10代も謎だが。


 「次の週末、千波さんのところ行きたいから、アンタから連絡しといて」


 「あーい、わかった。ん?そのショップの袋は……」


 「あ、これ?今日、ショッピングセンターの子供服のショップで買ってきちゃった

  千波ちゃんに着てもらおうかと思って」


 ファンシーなロゴの書かれたショップバッグを見るに、中身については推して知るべしというところか……


 あとでメールする時に千波には事前に伝えとくか……


 俺はそんな事を考えながら、三杯目のごはんに回鍋肉の残りを乗せてかきこんだ。




―――――――――――――――――――――――――




 「やっぱり可愛い~~!!雪広もそう思うでしょ?」


 ピンクがかったブラウンのプリーツバックルスカートにベージュのブラウスにブラウンの細紐リボンという、お嬢様風な恰好でモジモジと立つ千波は、とても恥ずかしそうだ。


 千波の家に着いて早々、母の早苗が買ってきた服を千波が着てみせるファッションショーがとり行われていた。


 なお、千波の母の春香さんは今日は留守だ。

 不在時の訪問を事前に連絡しておくと、気にせず寛いでいてくれとのありがたいお言葉をいただいていた。


 「お義母さん……

  確かに落ち着いた感じの服ですが、これは……

  甘ロリ風な服なんて私初めて着ました……」



 俺は母のかしましい声は無視し、じっくりと千波の全身を眺める。


 ファッション自体は、俺も千波が着ているのは見たことがないタイプの服で新鮮だ。

 しかし、俺はむしろ、恥じらいを見せる千波の表情や所作にドキドキしていた。


 「あら、ピンクピンクしてないスカートだから普段の通学とかにも使えると思うわよ。

  上に着るのをシンプルな無地のTシャツとかにすれば普段使いにもOK」


 「な……なるほど」


 「あとね、あとね千波さん。こんなのもあるわよ」


 早苗は水色のショップバッグの中を、千波にだけ見せた。


 みるみる顔が赤くなった千波は


 「無理です!!私には無理です!!」


と手を前に突き出して拒否していた。




―――――――――――――――――――――――――




 せっかくだから、周辺をちょっと散歩しに行ってくると、母が外へ出て行った。


 その間に、俺と千波は一緒に、お昼ごはんの準備を進めていた。


 「お義母さん、この年齢の頃もパワフルだったのね」


 「すまんな千波。母さん暴走気味で……」


 「きっと、孫のメグちゃんとツムちゃんに会えない寂しさを埋めるための代替手段なんだと思う。私の方は気にしてないから」


 「できた妻で本当に助かります」


 ペコリと頭を垂れる俺に、千波は気にしていないと返した。


 「ねぇ……」


 「ん?」


 昼食のカルボナーラのために、溶き卵の入ったボウルにチーズの塊をおろしがねで削っていた俺に、少しトーンを落とした声で千波が話しかける。


 「私たちって、また結婚するの?」


 俺は大きく目を見開いて千波を見た。


 「え……え?千波は俺とまた結婚したくな……いの?」


 動揺を抑えきれず、絞り出すような声をだす。

 心拍数が一気に上がり体がカッと熱くなるが、背筋だけは冷たい。


 「あ、違うの!!そういう意味じゃなくて……

  むしろ逆で、私がまた結婚してもらえるのかなって不安になっちゃって……」


 「なんだ、そういう事か~。心臓に悪いわ」


 胸をホッとなでおろす。


 「けど、今の雪広くんの態度見てわかったから。ゴメンね」

 

 フワリと後ろから俺の背中に抱きついて謝罪する千波の体温が、背中越しに伝わってきた。


 「何か不安になることでもあったか?」


 「ほら、この間のカフェで聖良さんとしゃべってた時に、まだ私との結婚は無理みたいなこと言ってたから……」


 「あれは、法律的な意味で!!」


 「うん、わかってる。雪広がそういう意味で言ったんだってことは。

  けど、絶対って呼べる未来なんてないんだって思うと、急に怖くなって」


 千波は俺の背中に顔をうずめ、俺のシャツをギュッと握った。


 「ごめんな千波。俺が言葉足らずだったよ。けど、俺を信じてくれ。

  俺はずっと千波と一緒だよ。また4人の家族に戻るのが俺の当面の夢だ」


 「うん。私も……」


 安心したのか、もう一度ギュッと後ろから千波が抱き付き、

 そして俺の背中から離れた。


 俺は千波の方に向き直る。


 無言で見つめ合う二人



 少し小さな千波の体を引き寄せようと、千波の細い肩へ手をゆっくり伸ばす……





 「あ~!!雪広くん。チーズ全部削っちゃったの!!?」


 千波が調理スペースを横目で見て、素っ頓狂な声を上げる。

 調理スペースに置いたボウルには、削ったチーズがこんもりと山になっている。


 「3人分のカルボナーラに、こんなにチーズいらないよ~!!」


 しまった。

 先ほど話を聞いていた際に、無意識に手元はチーズをおろし金で削り続けていたようだ。



 「あわわ。どうしよう」


 「しょうがない。卵についてない粉チーズはタッパーに移してと……

  あ!!雪広くん。鍋のお湯沸いたからパスタ入れてキッチンタイマーお願い」


 先ほどの甘い雰囲気が嘘のように霧散して、一気に生活感丸出しな空気になってしまった。


 俺は、惜しいと思う気持ち半分、小学生の妻に手を出さずに済んでホッとする気持ちとが混ぜこぜになった、なんとも言い表せない気持ちでパスタの袋の封を慌てて切った。


カワイイ服着せられて恥ずかしがる人妻

興奮します(直球)


ブックマーク、評価ありがとうございます。励みになります。


隣のカキ 様に本作のレビューを書いていただきました。ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ