第1話 これタイムリープだ
「おーい、早く起きろ~。朝だぞ~」
朝食の準備が出来たので二階の寝室に入り、カーテンを開けた。
遮光カーテンが解き放たれ、朝日が寝顔を照らす
「むぅ~~ん。パパおはよう」
「おはよう、メグちゃん」
全然目が開いていない長女の恵美は、眠そうな目をこすりながらペタンと女の子座りをして挨拶した。
「トイレ行ってきな~」
「はーい。メグちゃんまた一番~」
恵美の寝起きの良さは、先日小学校に入学した成長ゆえなのか、それとも父親である俺に似たのか。
寝起きが親からの遺伝説をとるならば間違いなくママ似である次女を起こす。
「ツムちゃーん。起きてー」
紬の肩をゆする。起きない
掛け布団をはぐ。起きない
つむぎのほっぺたを指でプニプニつつく。
幼児のほっぺたって本当に柔らかい。
触っているだけで仕事のストレスなんて溶けていってしまう。
柔らかさは乳児のまだ歩いていない足の裏に匹敵する。
赤ちゃんの頃が懐かしいな~と思いながら、ほっぺたをツンツンしいると、
「パパくすぐった~い」
瞼はまだ閉じているが、つむぎはくすぐったそうに笑っていた。
ようやく起きたようだ。
「トイレ行ってきな。お姉ちゃんはもう先に行ってるよ」
すると途端に、つむぎは顔をクシャクシャにして
「またお姉ちゃんに負けた……くやしい」
目には涙が滲んでいる。つむぎはとても負けず嫌いで、最近覚えたトランプのババ抜きでお姉ちゃんに負けただけで号泣する。
「よーし、よし。明日の朝は頑張ろうな」
つむぎを抱っこして背中をさすりながら階段を降りて一階のリビングへ。
毎朝のことなので慣れてしまった。
「パパ牛乳く~だ~さい」
先に降りていた恵美は、すでにダイニングテーブルに座って朝食を食べていた。
我が家は、武藤家は一家で朝食を食べるのは稀だ。
夫婦フルタイム共働きの朝の時間はまさに戦場、ゆえに一家そろっての朝食を実現するとなると、各員が相当な余裕をもって起きなくてはならない。それよりは、睡眠を大事にしたいというのが武藤家の方針だ。ちなみに俺は、家族を起こしに行く前に朝食を済ませている。
とはいえ、そろそろ最後の寝ぼすけを起こさねばならない時間だ。
再び二階の寝室に上がり
「起きて。もう起きる時間だよ」
俺は寝ぼすけの枕を引っこ抜いて起こす
「うーん。雪広くんおはよう」
布団の中で大きく伸びをして妻の千波が意識を覚醒させたが、まだ布団から出る気はないようだ。
「ギューして」
目を閉じたまま、手を万歳している。
お互い30越えて気恥ずかしいが、これがうちの夫婦の円満の秘訣だ。娘たちに見られる心配のないこの時間は結構貴重なチャンスなのだ。
千波は長身な体躯ながら、30を超えても少女の面影をどこか感じさせる。
抱きしめた千波からフワリとした感触をもらえると、俺も元気をもらえる。
「今日の朝ごはん何?」
「昨夜のコブサラダの残りとボイルしたウインナーだよ」
「最高じゃないですか」
朝食のメニューを聞いてようやく起きる気になったようだ。
「千波は今日のコーヒーはホット?それともアイス?」
「ん~、ホットで」
「OK。じゃあ準備しとくから顔洗ってきな」
「はーい。ありがとう」
ハグからするりと抜けて、千波は洗面台へ向かった。
俺がドリップコーヒーを淹れていると、千波が身支度をしてダイニングに現れた。
「ママおはよう~今日もお寝坊さんだな~」
「ママ!ママ!!ツムちゃんね。明日は早く起きてメグちゃんに勝つの!!」
娘たちはママが起きて嬉しそうだ。口々に千波にテンション高めに話しかける。
こういう所は、結局母親に父親は敵わないんだよな。
「じゃあ、そろそろ俺は出発するね。ツムちゃんの保育園の送りよろしく」
そう言って、俺は背広を羽織り通勤かばんを手に取った。
「「「 パパいってらっしゃ~い 」」」
子供たちと妻に見送られ、家を出た。
朝起床してからの喧噪が一先ず終わり、一人の時間が始まる。
絵に描いたような平凡な幸せな人生と周りには言われるが、まさしくその通りだと自分でも思う。
大好きな妻と子供たちに囲まれる生活。
もし、あなたは今、幸せか?と問われたならば、間違いなく自分は世界一幸せだと胸をはって答える。
平凡な人生を生きるために、今日も今日とて俺は平凡に満員電車に揺られるため、駅に向かう。
「おっと!!」
通り道にあるゴミ捨て場を見て思い出した。
今日はプラゴミの日だった!!
「電車の時間、間に合うかな……」
慌てて、自宅へきびすを返そうとしたところで、突然世界は真っ暗になった。
―――――――――――――――――――――――――
「う~ん……」
あれ?俺は寝ていたんだっけ。
いや起きてゴミを……で、急に目の前が真っ暗に……
心臓発作や脳溢血で倒れたのか?それとも交通事故にでもあったか?
慌てて自分の身体を見回すが、包帯や点滴の管などが巻きついてはいなかった。
一先ず安堵し、部屋の中を見回す。
てっきり病院の入院部屋と思ったが、そこは酷く生活臭がする部屋だった。
「は!?えっ!!」
そこは学習机と本棚、部活の硬式テニスのラケットバッグ、姿見の鏡
まごうことなき俺の生まれ育った実家の自室であった。
そして、色気づいて中学入学の時に親にねだって買ってもらった姿見の鏡には、明らかに10代の容姿の口をあんぐり開けたガキっぽい俺が映っていた。
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「OK整理しよう。冷静になれ」
実家の自室の中を意味もなく練り歩きながら、独り言を発して、何とか落ち着こうとする。
「俺は、武藤 雪広。36歳。既婚、子供は二人。仕事は地方公務員で事務職。家のローンは変動金利の35年払い」
「そうだ!」と思い立ち、学習机の上に懐かしのガラケーの携帯電話を見つけたので開いてみた。
起動時に表示されるカレンダーを見ると月日と西暦が表示されていた。
「マジか20年前かよ。ってことは高校一年生か」
これが夢でないことは、さきほど散々、頬や二の腕をつねったりして既に十分に思い知っている。
「これは所謂タイムリープって奴だ」
前世や未来の記憶を持って過去にさかのぼる。
そして、強くてニューゲームよろしく新たな人生を楽しむ。
別に元の人生に大きな不満があったわけではないが、自分がこんなラノベやアニメの主人公みたいなイベントに巻き込まれた事に、純粋にワクワクしたのだ。
「よし!!とにかく始めてみますか!!」
俺はテンションが上がり、決意を固めて階下に降りていく。
そう。
俺が20年分の未来の記憶をもっていることは知られてはいけない。
友人にも家族にも。
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階下へ降りると、母の早苗が既に起きて朝ごはんの準備をしていた。
やはり母親も若い。
元の世界では孫を可愛がるお祖母ちゃんだが、今は40代半ばくらいか。
「おはよう。母さん」
「…………あ!!おはよう。雪広」
ん?何か変な間が
はっ!!
まさか目の前にいる息子が、高校生なのに実は中身が三十半ばのおっさんである事による違和感を感じているのか!?
さすがは母親だ。
「ご、ごめんね~。ちょっと朝ごはんの支度遅れてるから」
「う…うん」
何かしら取り繕おうかと焦ったが、母さん自身が話題を変えて炊事に戻ったので、一先ずボロを出さずに済んだ。
しかし、こうも母さんが鋭いとなると、かなり綿密に高校一年生の俺のキャラを固めておかなくてはならないな。後で、記憶を頼りに設定集でも書きとめて、稽古もしないと。
そんなことを考えていたら、朝ごはんが出来たみたいで、ダイニングテーブルの自分の席に着いた。
朝食のお供にテレビをつけると、元の世界でもまだ続いている、朝の総合ニュース番組がやっていた。
「ザキパン若いな~」
元の世界ではフリーの大物女性アナウンサーとなった、ザキパンこと山崎アナウンサーが司会進行をしている。局アナ時代のザキパンなんて貴重だ。
しかし、この番組。当時も観ていたが、ザキパンが司会進行なんてしてたか?
たしか当時は安堂アナという壮年の男性アナウンサーが担当していた気が……
俺が疑問に思っていると、タイミングよくテレビの中のザキパンが
「番組冒頭でもお伝えした通り、今日は安堂アナウンサーが急きょお休みのため、新人アナウンサーのわたくし、山崎が司会を担当させていただきました。お聞き苦しい点多々あったかと思いますが、ありがとうございました」
ビシッとした態度で番組の締めの挨拶をした。
はぇ~~
ザキパンは新人時代からやっぱりアナウンス力や度胸が段違いだったんだな。まるで数多の修羅場を経験した歴戦の戦士のようだ。元の世界のザキパンと比べても遜色がない。
っと、そういえば、この番組が終わったらボチボチ家を出る準備をしないといけないんだった。
こういう習慣化した動きは20年たっても意外と覚えてるもんなんだな。
「そろそろ行くよ母さん」
「行ってらっしゃい」
あ、そうだ今は高校生なんだった。高校ならアレが必要だ。
「母さん今日の弁当なに?」
お決まりの朝の親子のコミュニケ―ションだ。凄く懐かしい
元の世界じゃお弁当作る側だからな~
「高校生……あ!!お弁当づくり!!あ~」
母さんが頭を抱えて呻いた
はて?
しっかり者の母さんにしては珍しいな
このケースはちょっと記憶にないぞ
「ごめんね。タカシ今日お弁当作り忘れちゃったから購買で何か買って」
そう謝りながら、母さんは500円玉を渡してきた。
あ~、あるよね。
今日お弁当の日!?って当日の朝に気付いて絶望すること。
わかるよ。俺も幼児の親やってたから。
「いいよ。まだ少し時間あるからパパッと俺が作るよ。冷凍食品適当に使うね」
そう言うと冷凍庫から、鶏のから揚げとチクワの磯辺揚げの冷凍食品をチンしつつ、卵焼きを焼く。あとは、昨晩の残りものと思われるゴボウのきんぴらをササッと弁当箱に詰めた。おかずが少な目だが、そこは米でカバー。
「じゃあ、あらためて行ってきます。ごめん洗いものお願いね」
「行ってらっしゃい……」
登校していく息子を眺めて母はボンヤリしながらつぶやいた。
「あの子って実家にいる時から料理してたっけ?」
新連載はじまりました。
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