64話 ショータイム(二)
十一月八日、日曜日。
午後六時、中津江家のリビング映像に動きがあった。
携帯をいじっていた中津江大悟。息子の将太から何の連絡も無いことをようやく心配し始めたらしく、友達の家に電話をかけ始めたようだ。
音声から、まずは、阿部と山部の家に電話をしたと思われる。
次に電話した相手とは、すぐに怒鳴り声で喧嘩を始め、罵声とともに電話を切った。
きっと、相手は元嫁だろう。
瞬間湯沸し器と魔法瓶、という例えがぴったりのこの夫婦。
離婚させてあげて正解だった。感謝してほしいくらいだ。
電話をかけるのを止めると、上着を身に付けてリビング映像から姿を消した。
警察署に向かったのであろう。
これで、警察による捜索が始まるはずだ。
十一月九日、月曜日。
昼のニュース番組で、中津江将太の行方不明が報道された。
リビング映像を観ると、少年も同じニュースを観ているようだった。
やったね、テレビに映ったよ!
わたし達のおかげね。感謝しなさい。
十一月十一日、水曜日。
ニュース番組で、『氷山警察署が捜査本部を設置した』ことが報道された。
本格的な捜索がされることだろう。
空き家、あるいはこの家に捜査が辿り着くよう、あえて手がかりを残してきたつもりだ。
特に、この家の防犯工事に九九九万円もかけたことを知れば、怪しいと思ってくれるだろう。
あと、先日、夫が自分の実家の郵便受けに入れてきた絵ハガキ。
よく見れば消印など全てが偽物だとわかるつくりなので、『富田家が旅行に行っていない』ことにも気付くことだろう。
でも……ちょっと懲りすぎたし、富田一家を疑う理由も無いため、もしかしたら気付かない可能性も高いが。
午後九時半。
わたし達の全ての行為を自白するために残してきた『手記』の編集を終えた。
本名がバレた息子といじめっこの計四人を除く、全ての人名、そして地名を実在しないものに書き換えた。
そして、わたしと夫のイチャイチャシーンをバッサリと自粛。
編集といってもそれくらいで、記された全てが紛れのない事実である。
ただし、当然だが――最後の最後、死ぬ直前は、事実を書くことができない。
ならば、いつ書いてもそれは変わらないので、『最後の日』は自分の行動以外はリアルな想像で書き終えていた。
あとは『最後の日』の日付、そして時間を書き込めばいいだけだ。
書き終えた作品は、『自白してみた』全二十四話。
また、「刑事モノも書きたい!」とせがむKのため、最後の動画から富田家消滅までを刑事目線で書いた『捜査されてみた』、こちらは全二十話。
当然だが、警察関係者は全て架空の人物である。
作者名を『ケト』としたこれらの作品を、死ぬ直前までに、間隔を空けて投稿していくことにした。
十一月十二日、木曜日。
午後三時。家の外を映す映像に動きがあった。
ファイナルジャッジメンタルケイコアイを光らせる。
正面の道路を映す映像に、一台の車が停まった。
パトカーではない――が、車から出てきた二人の男は、何となく警察官に見える。
家の敷地に入ろうとはせず、外から様子を窺っているようだ。
いよいよ最終局面だと判断すると、二つの作品、『最後の日』に日時を書き込み、全ての投稿を終える。
なお、『自白してみた』だけは、他の作品に埋もれてしまう可能性を避けるため、小細工をしておくことにする。
まずは、小説ページのアドレスをコピーすると、動画配信サイトに『八手』アカウントでログイン。ケッチャンネルの最後の動画に、『これって本人じゃない?』というコメントとともにアドレスを貼り付けた。
外の映像に、もう一台の車が現れた。
軽貨物車で、何やら会社名のようなものが書かれている。
車から出てきたのは男性一人。格好からみても、おそらく鍵屋であろうと予想した。
冷凍庫を傾けると、部屋の中心に向けて倒す。
蓋を空け、中の恵介を取り出すと、部屋の真ん中へと滑らせた。
次に、ベッドの上の夫を転がすと、恵介の横に並ぶように落とした。
午後三時十五分。
外では新たな動きが見られない。
おそらく、指揮をとる人間でも待っているのだろう。
どうせ待つのなら、最後の妄想を楽しむことにする。
妄想するのはいつも、夕食での何気無い会話だった。
『やっぱり、お母さんのハンバーグが一番美味しいよね!』
『当たり前でしょ。不味いなんて言ったら二人並べて首吊りの刑だよ』
『こわっ……僕は絶対言わないから、吊るすならお父さんだけにしてよね』
『おいっ!』
『ふふっ、大丈夫。ちゃんとあたしも並んで首吊って、後を追うから』
『いや、そこは否定しとけよ』
『ところで、今日の九時からの映画、何だっけ?』
『紅蓮の豚じゃなかった?』
『あぁ、俺が一番好きなやつだ』
『僕はねぇ、やっぱり.……魔女が宅配とか便するやつが一番好きだな』
『あたしはやっぱり、ヤスダ――』
『もう、お母さんのは言わなくてもわかるからいいよ』
『そうだな、俺なんてもう千回くらいはその答え聞いた』
『ちょっと、二人とも――吊るすよ?』
妄想しながら、ある重大な事実に気付いてしまった。
妄想に登場する夫の顔がイケメン風――つまり、整形後の顔なのだ。
えっ、嘘……整形前の顔って、どんなんだっけ?
近くにいる動かない夫はイケメン風――というか、既に見る影もない。
さらに、写真などという不要なものは、この部屋には置いていなかった。
――閃いた。
そうだ、恵介の自殺映像。
たしか、あの人が恵介とか汚物とかを片付けた後、『パソコンのカメラで撮影されていることに気付いた』と言っていた。
つまり――あの映像に夫の顔が映ってるはずだ!
あと寿命が何分残っているかはわからないが、他にやることは無いのだ。
最後に、恵介の遺作映像を観ることにする。
いつも、恵介が自殺してから数分後までしか観ていなかった。
その後の部分を観るのは初めてだ。
恵介の最後の言葉が流れ始める。
遺言を最後まで聞きたいが、あの世で再現してもらうことにして、早送りする。
夫が登場するであろう時間まで飛ばせばいいのだが、なんとなく、時間のかかる十倍速を選んだ。
恵介が動かなくなって、数分、そして数十分が経過する。
おそらく、わたしがドアをノックしたのはこのあたりか……。
その後はキッチンに戻って、ハンバーグをつくって、あの人が帰ってきて――
え?
不意に、人影が現れた。




