63話 ショータイム(一)
午前五時。
独りになった恵子は、クローゼットからとあるモノを取り出した。
両手で抱えたそれは、恵介の制服を身に付け、顔は恵介に似せた、等身大の人形『恵介君人形』であった。
椅子を使い、天井のフックに縄をかけると、人形の首に巻き付ける。
手を離すと人形は天井から吊り下がり、『首吊り恵介君』をつくりあげた。
当初は恵介本人を吊り下げる予定だったが、実に半年間も冷凍庫に入っていたのだ。
思い描く体勢を保つかわからないし、何よりわたしが一人で吊るすには重過ぎた。
次に、ドアに向かうと、目線の高さに設置した小窓に手を伸ばす。
部屋の外側から見るとただの頑丈な小窓であるが、内側には追加でガラスをスライドできる構造になっていた。
薄く白いガラスを一枚スライドさせると、結露でもかかったかのように見える。
外から見れば、部屋の中の光景はぼんやりと映ることだろう。
恵介君人形もきっと、本物に見えるに違いない。
午前九時。
家の中に設置した監視カメラ映像を観ていると、リビングで寝ていた少年に動きがあった。
少年は時間をかけてまずは一階を探索すると、階段に向かい、二階へと上がる。
部屋の中では、全員が既に所定の位置に着いていた。
恵介(ただの人形)は部屋の中心で天井から吊り下がり、夫(ただの屍)はベッドの奥側で仰向けになっている。
そしてわたし(美巨乳)は、ベッドの手前側で仰向けになり、顔は入り口の小窓を向いていた。
目は開けており、小窓と、監視カメラ映像を映したモニターをしっかりと確認していた。
少年は、まずは手前の寝室、わたしと夫の『愛の巣窟』に入ったようだ。
少年にとって有益となるものは何ひとつ置いていないためか、すぐに出てきた。
そして、真ん中の部屋の前に立った。
鍵がかかっていることを認識すると、小窓を覗く。
小窓から覗く少年と目が合った。
驚いた目がすぐに視線を外す。
廊下の映像では、少年がドアから距離をとる様子が見られた。
小窓から覗く少年の目と再会する。
今度は、少年は驚かなかった。わたしが死んでいるモノと思ってくれたようだ。
すぐに目線が外れると、今度は、天井から吊り下がるモノへと目を向けたようだ。
さっきよりも目が大きく開かれると、すごい勢いで少年が消えた。
映像から、少年が二階のトイレに駆け込んだことがわかった。
きっと、昨夜食べた睡眠薬入りのカップラーメンを吐き出したのだろう。
出てくると、残った一番奥の部屋へは向かわずに、一階へと下りていった。
きっと、もう二度と二階には来ないだろう。
少年の動向を確認しながらベッドから下りると、ドアへと向かう。
小窓にもう一枚、ガラスをスライドさせた。
そのガラスはさらに白く濁ったもので、先ほどのガラスと合わせると、ただの真っ白いガラスへと化す。
これにより、部屋と外界とは、完全に遮断されたのであった。
天井から吊り下がる目障りな人形を取り除くと、夫をお手製の大型保冷バッグで包んだ。
息子が入った冷凍庫から保冷剤をいくつか取り出すと、保冷バッグの中に入れる。
この密室で、死ぬまで一緒に暮らすのだ。少しでも腐敗を遅らせたい。
二度と出ることのないこの部屋には、わたし一人なら優に三か月は暮らせるほどの、食料と水分を備蓄していた。
一つ悩んだこと――それは、トイレだった。
少年の睡眠サイクルを把握し、気付かれないように二階のトイレを使うことも考えた。
だが、万が一にでも気付かれてはいけない。
そこで、以前飼っていた猫『ケト』のために準備していた、猫用のシステムトイレを使うことにした。
三日から四日に一度、汚物を袋に回収して冷凍庫に入れておけば、臭いもさほど気にならないと思われる。
初めて猫用トイレで用を足すと、ふと、子猫のことを思い出した。
小さくてふさふさで、顔が少し夫に似ている、愛らしく可愛い猫だった。
急に、涙が溢れだした。
猫と夫を思い出したからだろうか。
いや…猫用トイレで用を足す自分を客観視した結果か――




