59話 いじめられてみた(二)
人影は三つ――いじめっこ達に違いない!
期待感を顔に出さないように、ゆっくりと時間をかけて靴を履く。
「なんかさ、また新しいゲーム買ったって聞いたんだけど? 前に借りたやつ、もう遊び終わったからさ、新しいの貸してよ」
話しかけてきたのは『アー』こと阿部陽斗だ。
いじめられる確率を上げるために奔走してきた恵子は、内心ニヤニヤが止まらない。
――九月の初め頃のこと。
アーの母親が通う料理教室に足を運ぶと、Kのスキル『ザ・クレイジー』により、初日からお互いを『ちゃん付け』で呼び合うほどの関係をつくりあげた。
子供が同じ高校で、しかも学年が一緒であることを認知させると、
「うちの子、学校行きたくないって言って引きこもってるの。陽斗君みたいに優秀で、人当たりも良ければなー(棒)」
「陽斗君みたいな子が仲良くしてくれたら、高校生活――いや、一生安泰よねー(棒)」
「手に入れるの難しいっていうゲーム、もう一台欲しいとか言うんだよね。この前、家族みんなで協力してやっと手に入れたの」
「でもさ、ゲームなんてあるから引きこもるんだよね、きっと。負のスパイラル突入ってやつ?」
「ゲームなんて無ければいいのに……友達にゲーム貸してあげれば? って、いつも思ってるの」
「陽斗君、勉強の息抜きにゲームなんてやったりしない?」
などと、息子を無感情で褒めつつ、『うちに来てゲームを借りて行って欲しい』と、暗にほのめかす作戦をとっていたのだ。
――まぁ、全然『暗』では無かったが、効果があったのだろう。
よしよし、良い子ですねー! と、頭の中でアーを撫でつつも、とりあえず煽っておくことにする。
「……貸すなんて言ってないし……それに、前持っていったの返してもらってないし……」
「あ? 聞こえないけど? ま、とりあえずお前ん家行こうぜ」
怯えた目で俯くという迫真の演技を見せた恵子。
ニヤニヤしたいのを我慢しながら、三人を空き家へと案内したのであった。
「久しぶりだから、なんか遠く感じたな」
「二回目だけど半年も経ってるしな。やっぱ家までの道は覚えられないし、これじゃ借りたの返せないわ」
思ったとおり、半年前の家と違うことには気付かないようだ。
玄関のドアを開けると、我先にと中に入る三人の背中をゆっくりと追う。
「うそ、またこのゲーム機買えたの!? やった! 三人で一台じゃ、やっぱり足りないよな」
「ソフトも増えてんじゃん」
「漫画も増えてるし。あ、これ読みたかったやつ。ラッキー!」
細部まで丁寧に再現した息子の部屋に入るなり、早くもモノ盗りを始める三人。
モノを入れる袋をあえて用意していなかったため、三人は袋を探しに、今度は夫婦の寝室へと移動した。
「さすがに、親の物持っていったらバレるんじゃね?」
「ここは何も無さそうかな……でも一応クローゼットも拝見――」
クローゼットには先住人の所持品であろう、指輪やネックレスが入っていた。
夜逃げの際に持って行かなかったのだから、安物だと思われる。
「いっぱいあるから、一つくらい無くなってもわからないよな。どこいったんだろ、ってなるだろ」
「お前、そんなのもらってどうする気だよ」
「ネットでうまく売ってみるよ。売れたら山分けじゃ」
予想外の行動。わざわざ罪を重ねてくれるとはありがたい。
だが、ここにも袋を用意していなかったため、三人は部屋を出て、今度は一番奥の部屋に入ろうとする。
「なんだ、鍵かかってんのかよ。この部屋何なの? 鍵無いのか?」
「お父さんの書斎だよ……仕事に行ってる間は鍵かけてるんだ。仕事関係の大事な書類があるから、お父さんとお母さんしか鍵持ってない……」
「ふーん、まぁ、ここはいいか」
「じゃ、適当に袋見つけて、さっさと借りていこうぜ」
当然だが、パソコンとリアルな猫の被り物だけを置いた部屋には鍵をかけておいた。
予想どおり、ここには大した興味を持たなかったらしい。
その後、一階で適当な袋を発見してきた三人は、息子の部屋でモノ盗りを再開した。
「じゃあ、また借りていくからな」
アーの捨て台詞が、犯罪行為の終わりを知らせた。
筋書きどおり過ぎて逆に怖い。
とりあえず、『貸していない』ということは、しつこいくらいアピールしなければいけない。
「貸すなんて言ってない……だって、前に持っていったやつだって返してくれてないし……」
「だって、返してって言われてないし。しかもお前、学校来なくなったから返せないじゃん。くれたもんだと思ってたけど?」
「あげてないし、貸してない……無理矢理持っていったんだ…」
「うるさいな。借りるって言ってんだよ。な、貸すよな? うん、て言っときゃ良いんだよ」
なんと、『ツェー』こと中津江翔太は、人のモノに手を出すだけでなく人にも手を出してきたのだ。
ちょうど胸の間あたりを押され突き飛ばされた恵子。
怯えを顔に出しつつ、胸に当たらなくて良かった、と安心する。
いくらさらしを巻いているとはいえ、美巨乳に触れられたら気付かれたかもしれないのだ。
「おい、手ぇ出すなよ。面倒臭いから」
「別に、このくらい良いだろ。傷がつかなけりゃわかんないって。――じゃ、借りていくからな。止めないんだから、良いってことだろ? じゃあな」
止めたらやめるのか?
と思ったが、もちろん口には出さない。
代わりに、部屋を出て階段を下りる三人の背中――というよりも監視カメラに向けて、
「貸してない……前も、今も、盗まれたんだ……泥棒――」
とだけ呟いておく。
「じゃあな。また半年くらい経ったら貸りに来るわ。学校には来なくていいからさ、ゲームとか買っといてくれ」
アーが最後にそう言うと、三人は玄関のドアを開け、外に出ていった。
ドアが閉まり、外の光が消えた。
三人を見送った恵子は黙ったまま、二階の一番奥の部屋の鍵を開け、中へと入る。
リアルな猫の被り物を被ると、パソコンを開いた。
動画では、ここで眼鏡のカメラ映像からパソコンのカメラ映像へと切り替わる予定だ。
あとで編集するため、撮影するタイミングは今すぐでなくても良い。
とりあえず、夫と動画での通話を始める。
まずは第一関門にして運の要素が大きい難所、『いじめられる』を達成できた喜びを二人で分かち合うことにする――が、恵子はもちろん夫も、素直に喜ぶことができなかった。
おそらく、恵子がされたのと同じような行為を、半年前に恵介が受けたのだ。
実際に受けた恵子はもちろん、『恵介の姿をした恵子』がいじめられる様子を観ていた夫の心中も穏やかではないだろう。
今、この瞬間の気持ちを動画に残すべきだと判断した恵子。
Kに『任せたよ』とだけ呟くと、動画撮影を開始した。
恵子は、夫との会話中もずっと被り物を被り続けていた。
自分がどんな表情をしていたかはわからなかった。
それでも、おそらく夫と同じ表情だったであろう。
そう、鏡の様に。
猫の被り物の下で、Kという被り物を被った恵子。
息子を想い、涙を流した。




