57話 準備期間(完)
九月三十日、水曜日。
ここまでの準備をダイジェストでお届け。
決して手抜きではない。特筆すべきことが無かった――ただ、それだけのこと。
――七月四日、土曜日。
根気強く不動産会社に通っていた夫に、二瓶家の父親から朗報があった。
会社経営者である二瓶父。とある情報筋から夜逃げの情報を掴んだという。
借金取りが足取りを追っている状況で、不動産会社の耳には入っていないらしい。
富田家から約六百メートルで、しかもいじめっこの家寄りという好条件だ。
家具もほとんど残っているだろうし、是非ともここを空き家として借りたいところ。
相談していた甲斐あってか、二瓶父は、不動産会社には裏で話をしておいてくれるという。
何とも心強い。これも日頃の行いか――そう、まだ、悪いことはしていない――はず。
――七月十日、金曜日。
この日は動画の投稿を休んだ。
実際は何の事情も無いのだが、後に『七月十日に投稿できなかった何らかの事情があったのでは?』と思わせるのも、何かプラスに働くかもしれない。そんな狙いからであった。
――七月十一日、土曜日。
夫は八手を名乗り、近所の建築会社に電話した。
とある家族に、とあるキャンペーンで半年間の旅行に行ってもらう。
その間、家を守るための鉄壁な工事をしてもらいたい。
そんな話をしたところ、「実際にカタログなどを見て、詳しく話をしましょう」という提案をされたため、「富田家の住人が訪問します」という段取りをして電話を終えた。
――七月十八日、土曜日。
建築会社の担当者と打ち合わせた夫は、九九九万円の見積書を持ち帰った。
貯金がマイナスへと転じた瞬間であった。
夫は、公務員という立場を利用して、金利の少ないところからお金を借りる。
また一応、保険をもろもろグレードアップし、受け取り人をそれぞれの両親に変更しておいた。
あれっ?
でも、自作自演の死、そして自分達で家財を全焼させたことがバレたら、保険金って出るのかしら?
――八月一日、土曜日。
建築会社との正式な工事契約が交わされた。
前々からお願いしていたので、二日後から現場に入ってもらえることになった。
空き家の賃貸契約もうまくいき、三日後からはそちらに移住することに。
また、この日は空き家のお礼を言うためと、猫を譲るため、二瓶家を訪問した。
あの後すぐに登校を再開できた結斗との再会を果たすと、「ケイコさまの言葉が自分を強くした」という、心に響く言葉をもらったのだった。
K子様……信者が増えた……。
――八月十日、月曜日。
中津江嫁――いや、元嫁の沙妃から『やっと離婚できたー!』という報告メッセージがあった。
五月十七日、中津江家崩壊の日に実家へと帰った元嫁。ユーザー名をすぐに旧姓の『木村』に変えると、親友の武井琴実、もといKにも逐次状況報告をくれていたのであった。
素晴らしく早かったぞ!
よし――捨てずに放置していた『ぺ』の抱き枕でもくれてやろう。
――九月十一日、金曜日。
工事が完了し、自宅へと戻った。
家の中の閉塞感が凄い。
電気を点けなければ真っ暗であるが、逆に、電気を点けていても外からは全くわからないだろう。
空き家は今後も使う予定なので、生活感を残したままにしておく。
――そして、九月三十日に戻る。
二人は計画の最終確認をした。
明日、十月一日の木曜日。
防犯会社のキャンペーンという名目で、半年間の世界旅行に発つ(ふりをする)。
明後日、十月二日の金曜日から、恵介に変装した恵子が学校に登校する。
いじめられたら、撮影した映像を証拠にして、その日のうちに担任に連絡する。
いじめの一週間後の週末、整形した夫が弁護士に成りすまし、いじめっこ三人の家族に接触。損害賠償の請求を言及する。
いじめの二週間後の金曜日から二週にかけて、ケッチャンネルを生配信する。
最後の投稿(配信)から二~三週間後、中津江将太を誘拐し、鉄壁の城塞と化した富田家に軟禁する。
中津江将太を家に運んだ時点で夫の役目は終了。一足先に地獄入りする。
鉄壁の城塞が破られたら、息子の部屋が爆発。一家三人、証拠を含めて家ごとまるっと全焼する。
――十月一日、木曜日。
午前七時半。予約していたタクシーが到着すると、二人は九十リットルのキャリーケースを一つ転がし、外へと出た。
夫は、隣人への最後の挨拶に向かった。
昨日の夜にも挨拶したのだが、夫が夫として他人と接するのはこれが人生で最後なのだ。
名残惜しいのだろう、心ゆくまで挨拶してもらう。
夫が挨拶に向かっている間、恵子はタクシーの運転手に手伝ってもらいながら、トランクにキャリーケースを詰め込む。
二リットルのペットボトル水を八本も入れているためか、ひどく重い。
ほぼ運転手の力に頼りつつ夫の方を見やると、ちょうど隣人とこちらを見ている様子だった。
きっと、引きこもりの恵介が荷物を詰め込む姿が、隣人の目に微笑ましく映ったことだろう。
氷山駅に到着すると、今度は新幹線に乗り、都心へと向かった。
目的地に到着すると、恵子はキャリーケースを転がしてトイレに入り、中のペットボトル八本の中身を全て流し、空にした。
手荷物に入れていたごみ袋二枚のうち一枚に空容器を入れ、もう一枚には、隙間を埋めるために詰めていたバスタオル四枚を入れる。
燃えるゴミは駅のゴミ箱に、ペットボトルはスーパーに設置されたリサイクルボックスに捨てる。
事前に調べておいたリサイクルショップへと向かうと、キャリーケースを売却する。
一万八千円で購入したこのキャリーケース、まだ三時間しか使用していない新品。四千円という売値は果たして妥当だったのだろうか。
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荷物が無くなりスッキリした二人。
次は事前に予約していた整形外科へと向かう。
入り口で夫を見送ると、恵子は付近で時間を潰すことにする。
三時間後、夫から完了の連絡を受けた恵子。
待ち合わせ場所に向かうと、変貌した夫と対面した。
これはこれであり、と爆笑するKの反応。
顔の筋肉が動かないのか、嬉しくないのか、夫は無表情で応えていた。
その後はゆっくりと、人生最後のデートを全身全霊で楽しむ。
終電の新幹線で氷山市に戻り、『空き家』へと帰ったのだった。
――これで全ての準備が整った。
いよいよ、明日から本番だ。
まさに人生をかけたこの計画。
うまくいけば最短ルートだけど、失敗しても別の道がある。
どの道を通っても必ず終点に到着できるように道を調べたし、道が無ければつくってきたのだ。
時計の針は〇時十五分を指していた。
決意を胸に、もう一度同じ台詞を言うことにする。
これで全ての準備が整った。
いよいよ、今日から本番だ。




