54話 準備期間(五)
五月十六日、土曜日。
久しぶりに外泊をしたその夜、いつもよりイチャイチャが過ぎた二人。
ゆっくりした朝を過ごすと、チェックアウトの時間ギリギリ、午前十時にその日の行動を開始した。
駅へと向かう途中、ペットショップを見つけた恵子は、「念のため確認しておこう」と提案する。
これまで、『子猫を飼ってみた』という動画を撮影するため、氷山市内をはじめ県内のペットショップを巡っていた。
だが、主演であるKの御眼鏡に適う子猫には未だ出会えていなかったのである。
そして今日、自宅から新幹線で三時間も要するこの場所で、Kの心を射止める子猫に出会う。
「ねぇ、見て! この猫、顔がつぶれてて、目ぱっちりして超可愛いんだけど! 雰囲気があなたにちょっと似てると思うの。毛がふさふさなところは似てないけど。あはは!」
店員のいる前で大声ではしゃぐKと、誉められているのか貶されているのかわからず、微妙な表情の夫。
その子猫は生後四か月、チンチラシルバーの雄だった。
購入を即決しても良かったのだが、はたして新幹線に乗せて、長い距離を移動させても大丈夫だろうか。
キャリーバッグに入れて新幹線に乗せることは可能であろうが、子猫のからだへの負担が心配だった。
店員によると、お昼前に少し遊んであげて、ご飯を食べると数時間はピクリともせずに寝る子らしい。
お気に入りのブランケットを敷いてあげれば、たぶん大人しく寝ているから大丈夫だろう――とのことだった。
購入を決めると、あわせてキャリーバッグと猫じゃらしを購入する。
夫が購入の手続きをしている一時間くらいの間、子猫を疲れさせるため、恵子とKは猫をじゃらしまくった。
引き渡し時、子猫は既に疲れ果てたのか。大人しくなっており、新幹線に乗ったときには死んだように爆睡していたのであった。
その横で恵子とKも爆睡していた、というのは言うまでもないが。
午後三時過ぎ。
氷山市の自宅に到着するや否や、恵子はいつもの動画用の格好に着替えていた。
パソコンを操作して動画撮影を開始すると、キャリーバッグを開ける。
ニャンニャンと鳴く子猫を解放し、お披露目会の始まりだ。
見知らぬ空間をよちよちと歩くその子猫に、Kは『ケト』と名付ける。
リアルな猫の被り物を被った人物がリアルな猫を愛でるという、珍妙な動画がここに完成したのであった。
猫動画は、あくまでも登録者数を伸ばすための最終手段。
そのため、とりあえず投稿はせずに、様子を見ることにする。
さて、役割を果たした子猫をどうするか。
もちろん、可愛いからこのまま飼い続けたいのだが――最後に子猫も一緒に燃やすのはあまりにも非道であろう。
当面の間は飼い続けて、飼い主に相応しい人を探すことにした。
午後五時半。
恵子は汚物処理を開始した。
子猫の糞尿処理――ではなく、中津江家に設置した隠しカメラの、昨日の映像データを確認するのだ。
「さて。あれだけの好条件をつくってやったんだから、愛人のひとりくらい連れ込んでるよね。犯行時間は何時だと思う? わたしの予想は午後十一時五十分」
「あたしは午前二時半。性交すなわち成功ってやつね」
疲れからか、切れの悪いKと会話しながら、一時間毎に保存されたデータを観ていくことにする。
とりあえず、恵子の予想した午後十一時から十二時の、リビング映像から観始めた。
恵子の予想は外れ、終始真っ暗な画面が続く。
もしかしたら既に帰っていて、寝室でイチャイチャしている可能性も考えられるのだが、Kの予想もあるので、ひとまずは時間を早送りで進めていく。
〇時から一時――同じく真っ暗。
一時から二時――真っ暗。
そして二時から三時――Kが予想した時間帯だ。
三倍速で再生を始めるとすぐ、二時五分に画面が明るくなった。
男と女が画面に映ったところで、画面を一時停止する。
男は中津江大悟。派手な見た目、知性の欠片も感じない女は、不倫写真に写っていた愛人で間違いないだろう。
リビングで少しいちゃつく様子を見せると、画面から姿を消した。おそらく寝室に向かったのであろう。
寝室の二時から三時のデータを再生すると、時間を二時十分まで進め、二倍速で観始める。
二時十二分。部屋に明かりが点くと、バカップル入室。
既に準備が万全だったのか。部屋に入るやいなや、男は女をベッドに倒すと女に覆い被さった。
この後はしょうもない行為が続くであろう。五倍速にして終わりの時間を確認することにした。
しかし、長かった。旦那の精力が凄いのか、酔った影響で着陸できないでいたのか。
三時台の映像に切り替えてしばらくすると、ようやく終わったのか、二人が部屋を出る様子が見られた。
おそらくトイレ休憩をしたのであろう。
その後も何回戦か繰り返したようで、行為が終わり部屋が暗くなったのは午前四時五十五分であった。
『五月十六日、午前二時十二十分から四時五十五分』
メモをとると、すぐさま胸糞映像を消す。
三時間分のデータを保存すると、ディスクの表面にメモした内容を記し、封筒に入れた。
午後七時。
恵子は、中津江家の現在のリビング映像をチェックしていた。
家族三人が夕飯を食べながらテレビを観始める様子を確認すると、既に車で中津江家の前に待機している夫に電話する。
郵便受けに封筒を入れたことを聞くと電話を切り、すぐに八手アカウントにて嫁にメッセージを送った。
すると、映像から嫁が消えたため、郵便受けを見に行ったのであろうと推測された。
加えてメッセージを送り、明日の行動を指示する。
『ライブの夜、あなたと片桐がホテルの部屋に一緒に入る瞬間の写真を送る。それを印刷すること』
『ホテルの部屋に設置し、あなたに持ち帰らせたカメラの映像から、良い雰囲気の瞬間を切り取り、それも印刷すること』
『印刷した写真を封筒に入れて、明日の夕方、自宅の郵便受けに入れること。それを旦那に取らせること』
加えて、写真を入れる封筒には、馬鹿っぽい文字で『みほぷーより』と書くように指示する。
愛人のいかにもな愛称を入れることで、何となく良い方向に転がるのでは――というのはKの提案であった。
あとは嫁に頑張ってもらうだけ。
「九月末までには離婚してよね。ガンバ」
そう呟いた恵子は中津江家のことは忘れ去り、次の準備に取りかかった。




