52話 準備期間(三)
四月二十四日、金曜日。
SNSにて中津江嫁とメッセージアプリのID交換をした恵子は、毎日のようにメッセージをやりとりしていた。
メッセージアプリでは、新たな偽名『武井琴実』を名乗り、お互いユーザー名ではなく名前でのやりとりを続けた。
すると、ここでもKの謎のコミュニケーションスキルが発動したのか、たった一週間にも関わらず『コトちゃん』『サキちゃん』と呼び合う仲にまで発展していた。
ちなみに偽名は、本名の『とみたけいこ』のアナグラムである。
なお、SNSのユーザー名の『ケト』も、姓と名の最初の文字をとったものであった。
期は熟した――そう判断すると、ライブチケットを譲る話を切り出す。
とある事情でライブに行けなくなったこと。そして、ライブを全力で楽しめる人に譲りたい、というメッセージを送った。
また、こちらもとある事情で、自分が予約したホテルに泊まってほしいこと。そして、自分がチケットを譲る『もう一人の人物』と行動を共にして全力で楽しんでほしい、という条件を付け加えた。
嫁にとっては得でしかない話なので、さすがにチケットの値段は、正規の二割増しの値段で譲ることにした。
当然ながら、嫁は「全力で楽しんできます!」と快諾したのであった。
午後九時半。
いつもの時間に、ニューケッチャンとなって二回目の動画を投稿した。
なお、この動画からは解説兼コメント兼突っ込み要員として、予定どおり二人のイラストキャラを導入した。
顔だけのそのキャラは、こちらもSNS上で絵師に作成依頼した男の子と女の子の二人。
声は実況動画や最近CMでも耳にする、ゆっくりなボイスを使った。
結果、主演のケッチャン(恵子(壊)=ぶっ壊れ)、イラストの男の子(恵子をイメージ=正常寄り)、女の子(恵子(壊)をイメージ=ぶっ壊れ)という、ぶっ壊れ率六六・七パーセントの動画が、この回から開始されたのであった。
四月二十五日、土曜日。
恵子はこの日、氷山駅から新幹線に乗ると、都心近郊のとある場所へと向かった。
今日は側方神起の一人、ペジュンの誕生日らしい。
『みんなでお祝い会をしよう!』というSNSでの呼び掛けに応じ、参加することにしていたのだ。
当然ながら、恵子の目的は『ペのお祝い』ではなく、『ライブチケットを譲るもう一人を探すこと』であった。
小洒落たバーで開催されたお祝い会。
祝われる本人がいないにも関わらず、会費一万円円という挑戦的な価格設定であったが、おそらく演出やら景品やらにお金をかけているのであろう。
参加者約三十人の男女比は三対七くらいで、思ったよりも選択肢が多く、開始前からスペシャルスナイピングケイコアイを光らせていた。
チケットを譲る人物の条件は三つあり、一つ目は『嫁と”推し”が同じであること』。
二つ目は『五月十五日のチケットを入手できず泣いた人』、そして三つ目は『できるだけ若い高身長な男性』であった。
今回のお祝い対象の『ペ』が都合良く嫁の推しであるため、とりあえずこの会場にいる時点で条件クリアとして良いだろう。
あとは見た目が嫁の好みである『ペ』に近いほど良い。
でも、そんな都合よく、身長一八五cmくらいで、すらりとしてるけど筋肉質で、色白でKPOPアイドルっぽい人がいるわけが……いたのである。しかも二人。
当人への強い憧れを抱いていそうな二十代前半くらいの二人だ。
そのうちの一人とは、偶然にも最初の席が隣同士。恵子はここ数日で無理矢理詰め込んだ知識をフル活用し、会話を弾ませた。
だが、途中でライブチケットを入手したことが判明するや否や、もう一人との会話に備えて体力を温存すべく『無』へと化した。
と言っても、Kが関係の無い話をべらべら喋って盛り上げてくれたようだが。
その後、席を移動する雰囲気になったので、もう一人のターゲット、『片桐』に近づくことにする。
中国地方から新幹線でやって来たというこの男。可愛らしいというか、女の子っぽい。もしかしたら女性とは恋愛関係に発展しないかもしれない。
あわよくば嫁と不倫関係を持たせたい、などとも考えていたのだが――おそらく女性同士、『ペ』の話で盛り上がって終わりそうである。
だが、最大の目的は、『ライブの夜、男性と女性が同じ部屋で過ごした』という事実をつくることである。
逆に、当人達が同じ部屋で気まずさを感じることなく過ごせていいかもしれない。
片桐にライブの話題を振ってみると、「チケットを入手できなかった」と目を赤くして悲しむ様子を見せた。
「可愛い!」
……じゃなくて「よしきた」と思い、とりあえずその場ではチケットを譲る話はせず、メッセージアプリのID交換とSNSの相互フォローをしたのであった。
ちなみに、このときのSNSのアカウントはケトではなく、適当につくっておいた『YatteMikka』を使った。
その後も、祝う会は盛大に続いた。
目的を果たした恵子は、今後の計画の事を考えることにして、会話をKに任せた。
仕組みがわからないが、別の事を考えながら誰かが自分の口で喋ってくれる、という便利な仕様である。
だが、ここでもKの何らかのスキルが発動してしまったようで、いつの間にか参加者から『ケイコ様』呼ばわりされていたのであった。
この日は素性を晒さないように『八手実華』で参加したはずなのだが――
そんなK子様は、最後のビンゴで二番目にあがってしまい、『ペ』の等身大抱き枕を当ててしまったのだった。
景品は後で郵送されるらしく、到着したらそのまま可燃ごみとしてごみ捨て場行きか、それとも中津江家という掃き溜めに送ってやるか――悩む恵子であった。
帰りの新幹線で早速、入手した片桐のSNSのユーザー名を『ケト』アカウントで検索する。
その後一週間ほどかけて、嫁と同じく相互フォローからチケット譲りまでの一連の仕事をこなしたのであった。
五月二日、土曜日。
以前、嫁の素性調査の報告で仁井田からもらっていた『中津江大悟』の浮気写真を利用する時がきた。
恵子は、メッセージアプリのアカウントを新しくつくると、嫁に『旦那の浮気写真』と『あなたの旦那があなたから慰謝料をとるために、探偵である自分に浮気調査を依頼している』というメッセージを送った。
その後、アプリの通話機能によるやりとりをする。
結果、『ライブの夜、男とホテルの部屋に入る写真を撮らせてもらうこと』加えて『中津江家に監視カメラを仕掛けて、旦那の浮気現場を撮影する』という了承を得たのであった。




