48話 四月十三日(三)
先ほど夫が列挙した、やるべきこと。
今度は、それらの具体化を始める。
「まずは――その前に、大前提だが。実際に実行するのは俺たちだけど、全部、ケッチャンがやったことにする」
「うん。そして、表向きには、私たちはケッチャンの計画に巻き込まれたようにする、だね」
「じゃあ――まずは『恵介に変装して学校に行く』ための準備だけど」
「はい、先生! 質問があります。そもそもの話だけど――」
「……」
夫が恵子のノリに乗らないのはいつものことではあるが――もしかしたら、壊れた方の発言だと思われているのかもしれない。
「なんで、恵介なの? いじめられっこの選定理由は、どう説明するつもり?」
「そうだな――そこは、現代の情報社会の恐いところ、って言っておけばいいんじゃないか? ケッチャンがいろんな手段で掴んだ情報の中から選んだ、ってことにして――恵介の通ってる学校、クラスとか座席とか、もちろん容姿とか性格の情報も全て網羅している、って設定にする」
「恵介とケッチャンが直接的に関わってる――とは思われそうだよね。まず、ケッチャンが登校する半年後までに、恵介が登校しないっていう確約もないんだから。そこは二人の間でなんらかのやりとりがあったってことになるよね」
「恵介が学校に行きたくないし行かない――っていう意思を知ったうえで、半年後の計画に同意してもらった。できるだけの協力をした……というよりは、巻き込まれた、って思われるようにうまくやろう」
「あと、実際はわたしが変装するけど、ケッチャンが変装するって話なら――やっぱり整形とか必要だよね。それか、恵介に少しでも似た人に協力してもらうか」
「ケッチャンっていう人物の素性は全くわからないようにするとして。協力者をつくるかどうか、やっぱり微妙なところなんだよな。実際は俺たち二人がほとんど実行するから。
必要な準備を考えていって、どうしても協力者の存在が必要になったら、そのとき考えよう」
「あと、とりあえず、恵介のクラスはわかるとして――教室の位置とか、恵介の座席を調べないとね。まぁ、入学してから三日間しか行ってなくて、半年振りの登校でしょ? 迷うっていう選択肢もあるか」
「うん……引きこもり明けの登校っていう時点で注目浴びるから。それ以上は目立ちたくないよな……そこは、事前に先生に聞くとか、何とかしよう」
「――で、次は肝心の『いじめられる』だけど、やっぱりこれが一番難しいよね。運が絡むから、いじめられるまでに時間かかる可能性もある。わたし、半年も高校に通いたくないわ。やっぱり学生時代って、一度きりだから楽しいんだよね」
「……うん。登校するまでの半年間で、いじめられる確率を少しでも上げよう。例えば……恵介がまた新しいゲーム機を買ったとか、ゲームばっかりして部屋から出ないとか、そんな噂をいじめっこの耳に入れるか。あとは登校したときに、『半年前に持っていったもの返して』って言うとかな」
「うーん、運ね。でも、そうね、確率を上げるしかできないけど。たとえ一パーセントしか上がらなくても、百個実行すれば百パーセントになるもんね。極端な例だけど」
「次に、いじめの様子を撮影するのは……まぁ、今のご時世、超小型のカメラもあるだろう」
「あたし、売ってるところの心当たりあるよ。須藤さんがやってる車用品店にあるよ」
「……?」
「なるほど、すとう、カー用品店……ストーカー用品店てことか……まぁまぁ面白いね。でも、まだまだこんなんじゃ投稿王にはなれないかな――って、そんなことは置いといて。
でもさ、いじめられるとしても、学校でいじめられるのかな? ほら、実際、恵介は部屋でモノを盗られたんだし」
余程言いたかったことなのか、久しぶりにKが夫の前で口を開く。
こういった小ボケも、動画の中で積み重ねれば大きな武器になる……のだろうか?
夫の反応で、いまいち自信の持てない恵子なのであった。
「う、うん。それは俺も考えた。でも、家に行くにしても、学校での接触はあるはずだろ? 家の位置だって覚えてないだろうから、恵介と一緒に下校するだろうし」
「そう、ね。じゃあ、小型カメラを仕込むのと、家に監視カメラ仕掛ければいいか」
「そうだな。この部屋と、玄関、階段とかに仕掛けよう。って……この家なんだよな。実際は、恵子がいじめっこを連れてくるけど、表向きにはケッチャンが富田家に連れてくるってことになる」
「そうだよね。もしかしたら、家には私がいるかもしれない。少なくとも、部屋には引きこもりマスターの恵介がいるわけだし。じゃあ……そのときだけ、誰もいない日をつくる?」
「……いや、待てよ。別に、この家に連れてこなくてもいいんじゃないか?」
「え? どういうこと?」
「ほら、半年前に一回しか訪れたことのない家の場所とか、見た目とか、あんまり覚えてないんじゃないか? だったら、家から少し近いところ――例えば空き家とか借りてさ、恵介の部屋を再現するってのもあり得るな」
「ほぅ……そこな男よ。もしやしたら、ヤマベ氏が映像記憶能力の持ち主かもしれんぞよ?」
「いや、あんたがヤマベの何知ってんのよ! しかも、なんでヤマベ?」
「確かに……確率は、三分の一……」
「あなただけは正常であってよね?!」
普通に会話に混ざりだしたKと、普通に応対する夫。それに普通につっこむ恵子。
異常な三人の会話は、普通に続く。
「じゃあ次は、その撮影した動画の投稿だけど。映像をそのまま投稿するのは、たぶん違反行為だろう。
人の顔はもちろん、学校の制服とか、背景とかも全てぼかしとか入れないと。……これから半年間の動画投稿で、編集技術も磨くか」
「うん、ガンバ!」
「――で、撮影した映像を証拠に、訴えたりする。ここでの映像は加工いらないだろうから、楽だな」
「でもさ、なんで小型カメラなんて仕込んで学校行ったの? って、突っ込まれるよね」
「いじめられたのが原因で半年間も引きこもったんだ。今度は念のため、証拠を残そうと思った――そう言えばいいんじゃないか?」
「そう、ね――」
恵子は、超小型カメラをどこかに身に付けて登校する、自分の姿を思い浮かべてみた。
本当なら、人にいじめられることなど考えたくもない。
でも、今回は一刻も早くいじめられることが目的なのだ。
早く、ボクをいじめて!
まさか、そんな雰囲気を醸し出したら、ヤバいヤツ認定されて誰も近寄ることなく終わるだろう。
あまり意識しすぎることなく、ひっそりと目立たない――そんな人物を装う練習もしなければいけない。
……もしも、Kにからだごと任せたらどうなるだろうか?
ふと、考えてみた。
その一――廊下でいじめっことすれ違ったときに、ぶつかってもいないのに大袈裟に転倒する。血糊をふんだんに使い、さらには事前に骨の数本にヒビくらいは入れておくかもしれない。
その二――体育の時間にこっそりと自分の財布をいじめっこの鞄に入れる。後に「ぼ、ぼ、ぼ、僕の、さ、財布が無いんだな?!」と、いじめっこを凝視しながら騒ぐ。
その三――お金に糸目をつけず、いじめ映像から何から全てを捏造する。
……やはり、強行手段しか思い浮かばず、恵子は考えるのを止めた。




