45話 四月十日(四)
「えっと……え? 私が、恵介に変装して学校行くってこと? ――そりゃ、見た目は私似だけど……二人とも、本気で言ってる?」
「恵介の制服、成長を期待して大きめのにしたから、体型は隠せるだろ。眼鏡とマスクをつけて顔を隠せば、案外いけるんじゃないか?」
「不安しかないけど……じゃあ、月曜日から行ってみる?」
「それは……もしもまた、いじめられるとしたら……ゲームとか漫画に飽きた頃かもな」
「そっか……確かに、行くタイミングもあるね」
「タイミングとして考えられるのは……一つは、制服が冬服のとき、かな。夏服になる前の六月末までか――夏服のあと、冬服に戻る十月以降か。近々の話じゃないし、時期は追い追い考えるとして――撮影方法も、まぁ、後でいいか。
じゃあ、映像をうまく撮影できたとして、その動画をより多くの人に観てもらうにはどうしたらいいと思う?」
「急に動画を投稿しても、ねぇ……。よっぽど面白いとか、話題性あるとかじゃないと、他の動画に埋もれるだけだよね」
「質問しといてなんだけど、提案があるんだ。やっぱり、ケッチャンネルってやつは続けたいと思う。恵介がそこで生き続けているって思えるというか――三人でやっていきたい、そんな思いもあるから」
「そうね。私も賛成。じゃあ、どっちかが被り物を被って、ケッチャンを演じるってことになるけど……」
恵子は、息子のいるベッドを見つつ、息子の姿を思い浮かべた。
被り物で顔を隠せたとして。ダボダボのパーカーを着たとしても、夫の体格の良さを誤魔化すことは難しいだろう。
あと、夫には悪いが……息子と同様、面白い動画をつくれるとは思えない、真面目な性格なのだ。
というとやっぱり――
「よし、ケッチャンはあたしに任せて! 恵介と同じ『け』がつく、あたしの出番でしょ。絶対にバズってみせる。そして――投稿王に、あたしはなる!」
恵子(壊)――改め、Kの頼もしい口上が、エアコンの音しか聞こえない静かな空間に響いた。
「じゃあ、動画は恵子達に任せるとして。今後の視聴回数、それか登録者数の目標でも設定しとくか?」
「やってみないとわからないけど……とりあえず、何となく多いかもしれないけど、百万回くらい? 登録者数だと、どうだろう……十万人とかかな。
今現在が十回前後だから――十万倍。あと、登録者は一人だから、あと九万九九九九人――って、登録者いたんだ……良かったね、恵介」
とりあえず、動画のネタづくりは恵子、主演はKが受け持ち、夫は動画編集などの裏方に回ることになった。
また、困ったときには、『最後は子猫を飼おう』ということで二人の意見が一致したのだった。
「あと、ひとつ、重要なことを話したいんだ。いじめっこに制裁を加えたとして……その後のことなんだけど、その……」
夫が言葉を詰まらせ、恵子の表情を伺うと、俯いた。
恵子はもちろん、夫の思いを察していた。
自分達がこれから実行すること――それは、息子が自ら命を落とす原因となった少年達に、制裁という名の復讐をすること。
それは、息子が望んでいるかはわからない、自分達の勝手な都合で実施する犯罪行為だ。
もしも無事に目的を果たしたとして、今度は自分達の犯した罪を償わなければならない。
夫はおそらく、自首するか、あるいは恵介と同じく自ら命を絶つことを考えていることだろう。
今この瞬間『地獄まで一緒よ!』と言うべきか――まだ、自分の覚悟を確認しきれていない恵子は、ふと、恵介の方を見た。
おそらく出現してくれるであろうKに、その判断を委ねたのだ。
「是。最後は死で償おうぜ。
となると、どうやって死ぬかだけど……そうだ。三人、川の字で首吊ろうか!
でも、あたしたち二人が地獄で、恵介だけ天国ってのも寂しいわね。うーん……恵介には悪いけど、三人縄で結んで死ねば、みんな地獄行きにならないかな?
それか、死んじゃったけど、恵介も巻き込んで共犯者にしちゃう?」
息子のことを見る、あるいは考える。
それが、Kが出現する条件で間違いないと確信した恵子。
Kが自分の意思(ただし発言の最初の部分に限る)を代弁してくれた――という目で夫を見ると、夫は微笑んで『ありがとう』とだけ呟いた。
場が和んだと同時に、どこかにいっていた感覚が戻ってきたのか、急に寒さと空腹感を覚えた二人。
時計をみると、既に日を跨いでおり、午前三時を過ぎたところであった。
上着を身に付けると、恵介の部屋で昨日の夕飯を食べながら、今日明日でやるべきことを話し合った。
夫はとりあえず、息子が腐るのを防ぐため、大型の冷凍庫を探すことを決める。
「十時くらいから市内のリサイクルショップを回るから、それまで寝るよ」
眠そうな顔で小さく微笑むと、夫は寝室へと向かった。
夫に「おやすみ」と言って見送ると、恵子はパソコンを操作し、とある作業を始めた。
これは、恵子が提案したこと。
目的を果たし、そして罪を償うまで『手記』を残すことにしたのであった。
これまでの情報、そして計画したことを整理するのが目的の一つである。
文章としてアウトプットすることで、より精度があがる可能性があるし、改めて良い考えが思い付くこともあるだろう。
そして、もう一つの目的。
恵子としては、こちらの方が重要であると考えている。
今回の計画は、いじめっこに制裁を加えること。そして死をもって罪を償うこと。全てを果たすまでは決して、私達の犯行であることが判明してはいけない。
だが、全てを果たしたあとは、私達の犯行であることを知らせなくてはいけない。
いじめっこにとっては大した事ではなかったかもしれない行為。
だが、そんな行為によって簡単に自分の命を絶った少年がいる――そんな事実を、世界中の人達に知ってほしい。
私達が、私達のために勝手に計画した行為。
でも、そんな行為によって、いじめという大昔からある社会問題を改めて考え、議論してほしい。
それが、今回の計画の末に願うこと。
目的を果たしたなら、死んでも構わない。
そして、この願いが叶ったのなら、地獄でもきっと、微笑むことができるだろう。
もしも、最後までわたし達の犯行であることが判明しなかったら――どうでも良いことだが、世のいじめっこ達が震えて眠る時間が続くだけたろう。
それでも、犯人探しがこの計画の末、メインの問題として捉えられてしまうことは避けたいのだ。
よって、私は全ての行為を手記として残す。
私達のこの『自白』が、どれだけの人の目につくかはわからない。
わかるのは、そのとき、私達は既にこの世を去っている――ということ。
――なお、小説のように書く必要があるのか? そう思う人がいるかもしれない。
これは、小説のほうが話に入りやすいだろう、という私の勝手な配慮。
あと、何より私自身、ミステリー小説が大好きだからだ。
べ、別に、もしかしたら小説として出版されてベストセラーになる――なんてこと、期待してなんかいないんだからねっ!




