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いじめられてみた  作者: ケト
自白してみた
43/65

43話 四月十日(二)

 ……急に、目の前が明るく変わった。

 リビングでソファに腰掛け、隣にいる息子と会話をしているようだ。

 息子の顔には、何故か真っ黒い霧のようなものがかかっている。


 いつもと変わらない、何気ない会話。

 だが、何故だか、いつまでも続いてほしい――そう感じる時間が、しばらく続いた。

 その黒い霧はゆっくりと、だが、顔から全身へと及んでいた。


「今日の夕飯なに? えっ、ハンバーグ?! やった!」

 

 跳び跳ねる黒い霧を見ていると、今度は、だんだんとその霧は薄くなっていく。

 薄くなるにつれて、息子が見えるかと思いきや――霧の中は空っぽのようだった。


「――僕はやっぱり、魔女が宅配したり便するやつが一番好きだな。お母さんは?」

「お母さんはやっぱり、ヤスダナルミ派……」


 そんなどうでもいい、日常の会話を最後に、息子は――その霧は、姿を消した。

 



 目を開けると、つい先ほどまで隣にいたはずの恵介の姿は無くなっていた。

 目をこすると、目元が濡れているのに気が付く。どうやら、夢を見ながら泣いていたようだ。


 つけっぱなしのテレビの時計は、午後九時十分を表示していた。どうやら二時間余り寝ていたらしい。

 テレビには、殺人事件の舞台となるであろう場所に、楽しそうに向かう童顔の少年が映っていた。



 眠る前のことを思い出すと、急ぎ足で二階へと向かう。からだの支配権は完全に戻っているようだった。


 二階の真ん中の部屋。ドアは閉まっていた。

 ドアを開けると、冷たい風が恵子の体に当たる。


 入ってすぐ正面には息子の机。

 その椅子には夫が座っており、息子のパソコンを開き何かを見ていた。


 部屋の中央を見る。天井からぶら下がっていた息子の姿は見られない。

 ベッドにはアルミのシートが置いてあり、中にある何かのせいで少し丸みを帯びている。

 見覚えのあるアルミシートは、リビングのこたつの敷布団の下に敷いていたものであろう。


 そして――おそらく、丸みを帯びているその中身が息子なのだろう。そう思った。


 ベッドの脇、床の上に置いてあるのは半透明のごみ袋。中には恵介が身に付けていたと思われる衣服が詰め込まれていた。

 夫は、恵子が寝ている間に息子を下ろし、服を脱がせて、そして床の掃除までしてくれたようだった。


 警察には電話したのだろうか……そして、この寒さはなんなのか。

 いろいろと気になることを夫に尋ねようと思ったその口は、またもや恵子(壊)に奪われた。


「ねぇ、恵介のあそこ……毛、生えてた?」


 唯一自由のきく目は、夫の、結婚以来二度目となる表情を捉えていた。

 今度は、少しだが哀れみが混じっているように感じた。


「……これ、見てくれ」


 夫はこちらを見ずに、パソコンの画面を見るよう促した。

 恵子(壊)は大人しくパソコンに近寄ると、画面に顔を向ける。

 何やら動画プレイヤーが開かれており、夫は再生ボタンをクリックした。


 すると、画面に恵介の顔が映し出された。

 その顔は間違いなく自分の息子――のはずだが、その顔は白く、目は涙で腫れており、別な人間のようにも見える。

 震えた口が開き、涙とともに、震えた声が溢れでた。


「っ……うっ……あっ…………

 お、かあさん……おとう、さん……ごめ、ん……なさい…………

 もう、な、何、も……考えたく、ない…………

 産んでくれて……だ、大事に、育ててくれて、ありが、とう……...」

 

 それは、恵介の悲痛な言葉。

 悲痛な、感謝の言葉だった。



「十五歳で親への感謝の気持ち、か。おそらく、あたしがあの域に到達したのは二十代の後半……なんて、恐ろしい才能……!」


 恵子(壊)が訳のわからない事を言っていると、画面の中の恵介が背を向ける。

 部屋の中央に置かれた椅子へと歩むと、その椅子に裸足の足を置いた。 


「みんな観てるからね、転ばないように気を付けて。仏の顔も三度まで、恵子の我慢もTAKE3まで!」


 恵介は椅子の上に立つと、天井からぶら下がっているロープの先、輪っかになっているものを首にかけた。


「そのロープで大丈夫? ちょっと、細くない?」


 椅子を蹴ると、ロープのかかった首だけで吊り下がった。

 首とロープの間に指を入れようとするが、首に食い込んだロープには既にそんな隙間は無い。


「首をそんな引っ掻いたら痛いわよ……って、爪伸びてるんじゃない?! 爪はこまめに切らないと鬼の爪になるよって、いつも閻魔大王風に言ってたのに――もう!」


 少しの間、足がバタバタと動き、やがてその動きが止む。手が垂れ下がり、足先も床に向かってまっすぐに下がった。

 息子が――恵介が、天井からただ吊られたモノへと変わった瞬間だった。


「そんな格好でよく寝れるわね。ふふっ、永遠とわにおやすみ」


 果たして、恵子(壊)がいなければ、この映像を見続けることが出来ただろうか。理性を保っていただろうか――とはいえ、うるさい野次だと思ったのも事実だが。

 恵子(壊)の台詞を聞き流すと、夫は動画を停止した。

 同時に、からだの支配権が恵子へと戻る。



「これ……恵介が撮ってたの?」

「あぁ。このパソコンのカメラで撮っていたみたいだな。恵子と思われる女がいなくなってから、すぐに恵介を下ろして、片付けして――落ち着いて机の上を見たら、パソコンが撮影モードになってるのに気づいた」


 恵子と思われる女、とは……さすがは夫だ。恵子(壊)の存在に気付いたらしい。


「この寒さは?」

「俺が部屋に入ったときから寒かった。エアコンの温度を見たら、最低に設定されていたんだ。もしかすると、自分が腐るのを少しでも遅らせようとしたんじゃないか」

「じゃあ、このアルミシートは保温、か。よく思い付いたわね」


 寒さからか、恵子(壊)の影響か。

 夫も自分も何やら感覚が麻痺しているらしい。動かない息子を前に、落ち着いて状況を確認していた。


「警察には連絡したの?」

「それなんだが……怒らないで聞いてくれると助かるんだが……」

「えっと……ぶっ壊れバージョンのほうが話しやすいなら、変わるけど?」


 まだ切り替わる条件を把握していないが、一応聞いてみる。


「いや、これは恵子に聞いてほしい。まだ、はっきりした考えじゃなくて――こう、できればっていう願望なんだけど」


 そう言うと、夫は語り始めた。



 ひどく寒い部屋の中で夫が語ったのは、恵介の自殺の原因が、おそらくいじめであろうということ。

 

 そして、三人・・で、そのいじめ加害者に制裁を加えたい、という思い。

 


 まだ青い――でも、優しく、熱く、強い――思い。

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