40話 富田家(三)
既に消防への連絡が済んでいたのか――消防車が登頂したのは、御手洗が脱出して間も無くのことであった。
消防による、およそ一時間に及ぶ消火活動の後、鎮火が確認される。
火は、家の外へは全くと言えるほど燃え広がることがなかった。
Kにより富田家がかなり頑丈に補強されたから、というのは言うまでもない。
そのため、隣家への影響が皆無だったのは幸いであったと言える。
その分、家の中――特に二階部分の燃え方は凄まじかったらしく、一階と二階を隔てる部分が無くなっていた。
まさに家の側だけ保ったハコモノへと化していたのだった。
捜査の結果――パソコンなどの、犯人の手掛かりとなるようなモノは全て、黒いただの燃え殻と化していることがわかった。
一方、焼け跡からは誰も予想し得なかったモノが発見された。
もしかしたら、首を吊った遺体が一つ見つかる可能性は考えられていたのだが。
発見されたのは、頭骨の数から三人分と思われる『焼死体』であった――
御手洗と富久山が署に戻ると、身柄を保護した中津江将太への聞き取りは既に終わっており、父親の迎えにより帰宅した後であった。
一足先に署に戻り、聞き取りに立ち会っていた大槻が、その結果を二人に教えてくれた。
少年は、十一月六日、金曜日の夜に自室のベッドで就寝。そして、見知らぬ家の中、ソファの上で目を覚ましたのだという。
どこだかわからない家の中に、実に六日間も閉じ込められていた少年に、まず質問したこと。
監禁か、あるいは軟禁か。中ではどのような扱いを受けていたのか。
少年の回答は「快適に過ごしていた」だったという。
家の中は、全ての窓が金属の板のようなもので厳重に塞がれ、玄関のドアにはドアノブすら付いていなかった。
外への脱出を防ぐためか、家中探しても、ドライバーや金槌のような工具はおろか、金属と呼べるものは何一つ置かれていなかったという。
ただし、外に出れないというだけで、中での生活にはほとんど制限が無かった。
手錠のような、拘束する物もつけられておらず、自由に動き回ることができた。
トイレ、風呂、流しなどでは水も流れ、なんならお湯も出たのだという。
また、家の中には水やお茶等のペットボトル、カップ麺や栄養ドリンク、飲用ゼリーなどが大量に保管されていたらしい。
一人であれば、おそらくは三か月は過ごせたのでは――というのが、少年の見解であった。
もしかすると、少年の軟禁がそこまで及ぶ可能性も考えられていたのかもしれない――話を聞いていて、御手洗はそう感じていた。
そこでは、テレビも自由に観ることができたという。
九日の月曜日には、自身の行方不明を報じるニュースもしっかり観ていたようだった。
何よりも、リビングのテーブルの上には、今も入手が困難なゲーム機、そしてソフトも数本置かれていた。
そんな環境は、少年に退屈する余裕など一切与えなかったようだ。
引きこもるには一切不自由の無い家の中で、唯一立ち入れない空間があったという。
立ち入れない――というのは、一つは鍵がかかっていて物理的に入れなかったこと。
一つは、もし鍵がかかっていなくても立ち入りたくなかった。という二つの意味があったらしい。
その部屋は、二階の真ん中にあった。
二階には部屋が三つと、トイレが一つあった。
部屋の配置を見た少年は、ここが四月に一度訪れたことのある富田家であることに気づいたという。
そして真ん中の部屋、そこが富田恵介の部屋であることも思い出した。
だが、当時の記憶と異なる点が二つあった。
一つ目は、鍵がかかっていて入れないこと。
そして二つ目。目線の高さに小窓が設けられていたのだ。
小窓には分厚そうなガラスが嵌め込まれており、薄く、白く曇っていた。
窓に触れてみると、異様に冷たく、部屋の中が極寒なのかと思ったそうだ。
少年はその窓から、中を覗いた。
一度立ち入ったことのあるその部屋。中には三つの人影が見えたという。
ベッドの上に二つ、そして宙に浮いている一つ。
ベッドの上の二つの人影――目を凝らしてよく見ると、男性と女性が一人ずつ仰向けになっているようだった。
その二つの人影は微動だにせず、そして、女性の目は瞬きをすることなく開いたままであったという。
その女性と、目が一瞬合ったように感じ、少年は小窓から目線を一旦外した。
落ち着いてもう一度覗くと、女性は目を見開いたまま、ただ顔がこちらを向いているだけのようだった。
そして、宙に浮いている人影を見る。
よく見ると、天井からロープのようなものがぶら下がっており、その人影の首に巻き付いているようだ。
宙に浮いているのではなく、吊り下がっているのだ、と認識を改め、さらによく見てみる。
こちらを向いたその表情は、苦しみもがいた後のように、ひどく歪んでいたという。
顔を含め、露出している皮膚が真っ白いのは、極寒の中にいるからだろうか、と一瞬思った。
だが、そうではなく、首を吊って死んでいるからだ、と思った。
そして、その顔。
それは間違いなく『富田恵介』であったという。
少年は吐き気を催し、二階のトイレで胃の中のもの全てを出した。
そして、それ以降、二階へは立ち入らなかった。
それは軟禁が始まった初日、七日の昼過ぎのことであったという。
――御手洗の振り返りは、先ほどの本部会議へと至っていた。
会議では、富田家の焼け跡から見つかった、三人の焼死体の鑑識結果が報告された。
火災の原因は、おそらく二階部分での爆発によるもの。
そして、爆発があったのは、鍵がかかっていた真ん中の――三人がいたという富田恵介の部屋であったのであろう。
三人の遺体は、もはや死亡推定時刻などわかりようがない、白骨と化していたのであった。
そのうちの二人は、富田大介とその妻、恵子のものであることがわかった。
二人は、半年間の旅行に行く前に、近所の歯科医院で歯科検診を受けていた。
歯形、治療の痕が、歯科医院に残されたものと一致したのだ。
そして、残る一人の白骨は、身元を特定することができなかった。
だが、白骨から推定できる年齢、性別、体型、そして中津江将太の証言から、富田恵介であると推定されたのであった。




