37話 聞き取り結果(五)
「あぁ、そういえば――中津江大悟のことを話してなかったな。こっちも、話の流れで元旦那と呼ぶとする。
元旦那への聞き取りでは、二つのことがわかった。うち一つは、新たな情報というか、既出の情報の上書きだが――」
まず、ひとつ目。
元旦那は、元嫁の浮気調査を誰にも依頼していなかった。
元旦那が浮気をしていたこと、家にその浮気相手を度々連れ込んでいたこと、元嫁との離婚を望んでいたこと――これらは事実だと、認めていた。
だが、具体的に離婚を迫るようなことは考えていなかったらしい。
そして、ふたつ目。
十一月八日の夜、元旦那が息子の行方不明者届を署に提出した際のこと。
『六日の夜に、息子が友達の家に遊びに行くと言って家を出たきり帰ってこない』
この証言が誤りだったことが判明した。
「――実際は、元旦那はその夜、例の浮気相手と飲み歩いた後、二人でホテルに宿泊。帰宅したのは翌日、七日の午前十一時頃だったという」
「なんだってそんな嘘を。息子の失踪に関わる重要な情報でしょうに」
「まぁ、女癖が悪いってやつだな。届出したとき、署の窓口にいたのが若い女の子だったから、つい違うことを言ってしまったんだと」
「最低な男ですね。まぁそんなことはいいとして。とりあえず言えることは、中津江将太を最後に見たのが、『六日の夜に、父親が』ではない、ということですね」
「あぁ。六日の放課後、家に帰る途中まで一緒にいた友人の、阿部陽斗、山部陽翔が最後に会った人物。そして、別れた時間は午後五時頃だったという」
「じゃあ、中津江将太が連れ去られたと考えられる時間は……友人と別れた午後五時から、翌日父親が帰った午前十一時頃までの間。
そして、連れ去られた場所は、友人と別れた場所から家までの道のり――あるいは家の中、もしくは翌日の外出先、ということですかね」
「そうだな。そして、それが、元旦那への聞き取りで得られた中で、最も大きいもの。『家の中で連れ去られた可能性』が出たことだ。
そしてここで、仮説に戻るとするが。
『中津江将太が、家の中で連れ去られた』とすると、犯人がする準備、そして連れ去る手段は?」
富久山は、またも推理もののドラマのシナリオを語るかのように、自身の仮説を続けた。
――まず、準備について。
一つ、玄関から『普通に』家の中に入れるようにすること。
一つ、その時間にターゲット一人だけが家にいる状態をつくること。
次に、手段について。
夜遅く、中津江将太が寝た時間を見計らい、父親が帰ってきたのを装って家に入る。
何らかの手段で気を失わせて、連れ去る。
「家に普通に入るには……あぁ、そうか。カメラを設置するために借りた鍵ですか?」
「あぁ。元嫁なんだが、例の五月十七日、離婚を決定付けた日以降は、慌ただしかったらしい。
鍵を返してもらうのをすっかりと忘れていたようだ。離婚後にふと思い出したが、今さら他人の家の鍵などどうでもいいと思ったらしい」
「夫婦を離婚させたことで、元嫁は確実に中津江家にはいない。元旦那が夜遊びに出れば、家には少年一人しかいない状態、ということか……。
連れ去る手段は――まぁ、何かで眠らせるとか、でしょうかね。父親が帰ったと思って油断しているところなら、犯行もしやすかったでしょうし」
「あぁ。中津江将太が『何者かに連れ去られた』ことがわかり、そして『連れ去った手段』の仮説が立てられた。
次に、連れ去った人物だが――」
これまでの聞き取りで登場した、Kと関係のありそうな人物は、『ケト』と『八手』の二人。
『ケト』はKが子猫につけた名前と同じ。
そして『八手』だが――こちらの関係は確実と言えるものではないが、Kの動画『やってみた』の『やって』とも読めるのだ。
そして、連れ去るための準備。
これらが最後の二本の動画を配信する以前にされていることが、手掛かりの一つと考えられる。
これまで容疑者として挙げられていたのは、Kの他、いじめ加害者を恨む人物、あるいは模倣犯など、動画に影響された人物が含まれていた。
「――だが、この仮説からは、『KあるいはKの協力者』以外は、容疑者から外れることが言えるだろう」
「ここまではわかりました……。でも、富久山警部が『富田家の中に何かがある』と考えたのは? Kが関わっているとわかったから――それだけではないですよね?」
「これまでの聞き取り結果、そして得られた情報から立てた仮説。なんとなく、違和感を感じないか?」
「まぁ、なんとなく……というか、ずっと感じていたんですが。仮説を立てやすい手掛かりが次々と得られているな、と。富久山警部の話し方が整理されていて、そして上手すぎただけかもしれませんが」
「そうだな……例えば、これまで出てきた人物名、わざわざKの関係者と疑われるものにしなくてもよくないか?」
富久山の問い掛けに、御手洗も思い当たることが多く、頷いた。
まずは、その名前だ。
ケト、八手など、わざわざKを連想させない、全く別の名前を使えば良かったのではないか。
そして、手掛かりがわざわざ多く残されていること。
例えば、五月十七日の夫婦喧嘩の映像だ。夫婦喧嘩の後に、元嫁は映像の入ったDVDを持ち帰らなかったらしい。
それが、元嫁が実家に帰った後、実家にも届いたのだという。
元嫁も見返したくないであろうデータを、わざわざ送る必要があったのか……。
「つまり、手掛かりをわざと残していた……? Kあるいは協力者の犯行であるという仮説が立てられるために……?」
「もしそうだとしたら――犯人は、中津江将太をどこに隠すと思う?」
「これまでの情報に出てきた場所。しかも、怪しいと考えられている場所ということですか? つまり、空き家か、富田家のどちらか……?」
「そう。元々、富田家が怪しい、という考えはあった。だが、さっき聞いた情報――防犯工事に九九九万円もかけたというもの。これが富田家が怪しい、という決定的な手掛かりになった。
だから、もしも空き家に何も無かったら、富田家の中に何かある――いや、中津江将太が監禁されている可能性が極めて高い」
富久山の説明が終わると、隣で聞いていた片平の携帯電話が鳴った。
どうやら、不動産会社への聞き取りをしている大槻警部補からのようだ。
絶妙なタイミングでかかってきた電話に、もしかしてカメラでも仕掛けられているのでは? 部屋の会話を見聞きしていたのでは?
――などと思った御手洗は、つい、部屋を見回してしまったのだった。




