22話 捜査本部(一)
十一月十一日、水曜日。
ケッチャンを名乗る人物の動画、その最後の配信から約三週間が過ぎた。
最後に残した二つの生配信は、十月十六日と二十三日、いずれも金曜日に配信されていた。
それらの動画は、今日までの合計視聴回数が二億回を超えた。
国内外を問わず、凄まじいほどの反響を巻き起こしたのだった。
動画配信者であるケッチャン――彼あるいは彼女は『K』と呼ばれ、一躍時の人となる。
その本当の顔はおろか、性別、年齢、本名など素性の全く知れないK。それでも、その動画は、多くの人の心に強く訴えかけた。
連日のようにニュースで取り上げられると、様々な議論がなされたのだった。
Kが提案した対応をとるべきだ、という意見が圧倒的多数あった。
それとは別の対応が提案されるなどの、建設的な議論がされた。
いじめ加害者への制裁を求める派閥の暴徒化が起こり得ることや、模倣犯により無関係な人が巻き込まれる可能性などの懸念も議論された。
世論調査では、Kの考えに賛同する者が圧倒的に多かった。
中には『Kと思われる遺体が未だに発見されていない』ことを受け、動画での自殺はフェイクで、まだ続きがあるのではないか――そんな不安を抱く者がいる一方で、続きを期待する者もいた。
――最後の動画の、Kの発言、
『稚拙な話であることは自分でもわかっています。期待するのは、これをきっかけに、頭の良い人、アイデアの浮かぶ人達が議論して、より良い方法、手段を出してくれることです』
議論が絶えず繰り広げられるこの現状。
Kの期待は、既に現実となったと言っても良いだろう。
さらには、Kの『稚拙な話』のうち、現実になったものもある。
国がとった対応の一つ『全国の教育委員会に対する、いじめに関する緊急点検の実施』がそれにあたる。
Kの最後の動画から五日後である十月二十八日に、文部科学大臣が発表したものである。
いじめの実態を把握するためのその緊急点検――対象は、全国の小中学校、高等学校に通う全ての生徒、その保護者、並びに学校関係者だ。
十一月十一日には、点検内容の詳細とともに正式な発表がされると、年内には点検結果がとりまとめられることも表明される。
点検はあくまでも『いじめの実態を把握』するための手段。結果を踏まえた『緊急対策』を検討及び実施することが目的であった。
政府は、この緊急対策に係る予算として、まずは『二千億円』を確保する第三次補正予算案の編成を発表したのだった。
また、Kが残した『いじめ加害者への言葉』も、現実のものになったと言える。
動画の後、Kを模倣した動画が数多く配信され、全国の加害者が炙り出された。
いじめと見なせるものもあれば、ちょっとしたからかい程度のもの、またはクレーマーやモンスターペアレントなどが加害者扱いされた。
中には実際に制裁を加える動画もあった。でが、いずれもKを倣った、法あるいは規定により対処を行うというものであった。
いじめの経験が少しでもある者は、いつ自分が加害者として世に曝されるか、あるいは制裁を加えられるか――そんな不安に駆られていたに違いないのだ。
そんな中、ある出来事により、事態は大きく動いた。
十一月八日、日曜日のことだった。
午後六時半、氷山警察署に一人の男が訪れ、窓口で告げたのは、「高校生の息子が帰ってこない」 という相談であった。
これは、相談者である『中津江大悟』が受付の女性に話した内容だ。
――息子が十一月六日金曜日の夜に家を出たきり、今日のこの時間まで帰らず、連絡も一切無い。
友達の家に遊びに行く、と言って家を出た。
過去にも一日や二日は帰ってこないこともあった。
でも、泊まるような場合には、いつもメールなどの連絡があった。
今日になって、連絡が全く無いことから心配になった。
息子の携帯電話に電話をしてみたが、電源が入っていないのか、繋がらなかった。
息子が遊びに行ったと思われる友達に連絡をとったところ、『金曜日に学校で会ってからは一度も会っていない』と言われた。
その他、心当たりのあるところに連絡したが、全て同じ回答だった――
事務的なやりとりを終えると、中津江は『行方不明者届』を提出した。
全国的に珍しくはない相談だった。
通常であれば、このあと警察の捜索が入ることになるのだが――今回のそれは、重大な事件として捉えられることになった。
行方がわからなくなった『中津江将太』は、Kの動画でいじめ加害者と称された三人のうちの一人。
紅一点ペンギン、あるいはツェーと称された人物だったのだ。
弁護士に扮するKとの会話で、全国のいじめ被害者の心に突き刺さるような暴言を吐いたのが、この少年である。
ネット上では、本名に加えて住所まで曝されていた。
この動画の後は、ネット上は荒れに荒れ、誹謗中傷コメントのお祭り騒ぎ。まさにキャンプファイヤー状態であった。
中津江の自宅には、批判や脅迫まがいの電話、無言電話がひっきりなしにかかり、数えきれないほどの手紙も届いたという。
幸い、物が投げられたり火をつけられるなどという行為は無かったようだが、最後の動画後は夜も安心して眠れない状況だったという
。
まさに『震えて眠れ』を、誰よりも実感したのがこの少年であろう。
行方不明者届を受け、十一月十日、火曜日。県警は、臨時の捜査本部を設置した。
氷山警察署内に設置されたその捜査本部は、福須磨市にある警察本部と、事件のあった氷山市にある氷山警察署の警察官、総勢八名からなる合同捜査本部であった。




