17話 対処してみた(訴える2)
ケッチャンを映す画面が右下の定位置に収まると、すぐに誰かの声が聞こえてきた。
その内容から、声の主はケッチャンのものだと思われる――というより、会話の内容は今回も文字表示がされるらしく、誰が発言したかもわかる親切設計だった。
マスク越しのその声は、説得力を出すため、意図的に張っているのだろう。
どう聞いてもそれは、男性の声だった。
「お忙しいところ、時間をとっていただきありがとうございます。
わたくし、ミタ様から弁護の依頼を受けました、ケッチャンと申します。
用件に関しては、先日の電話でお伝えさせていただきました。
今回、ミタ様からの依頼により、ペンギン様への損害賠償請求に係る主張について、説明をさせていただきます。
当事者であると聞き及んでおりますので、経緯等は省かせていただきますね。
まず、事実確認ですが。ペンギン様の息子さんが、ミタ様のお宅を訪れて、モノを奪った。この行為に間違いはありませんね?」
「息子が、その、ミタ君の部屋からモノを持ち出した事実は認めます。ただし、奪ったという表現は間違っていると思います。
先日の、学校での会議でも訴えましたが。息子達はミタ君に『借りていく』と何度も言っていましたからね」
「お父様の言うとおり、息子さんたちは『借りていく』と言っていました。わたしも、何度も映像を観たので、それは間違いありません。
ただし――ミタ君は、一言も『貸す』とは言っていません。そして『盗られた』とも言っていました。それも、映像で確認できます」
「それは、感じ方の違いが問題だと思います。セクハラを例にとってみますが。
ただ、肩の糸屑を取ろうと思って女性の肩に触れたとして、女性がそれを嫌だと感じたら、セクハラになってしまいますよね?
被害妄想というか、過剰反応というか。
前回の話ですが、息子達は『すぐに返すから』と断ってモノを借りたと言っています。
次の日にでも返そうと思って学校に持っていったら、ミタ君が不登校になってしまったらしく、返せなくなったそうです。
それを、『借りたものを返さない』と、ミタ君が勝手に思い込んだから拒絶反応が起きただけ。
そうじゃないですか? 見る人によっては普通の行為だと思いますよ。現に、わたしも映像を観て、ただ借りようとしていただけ――そう見えましたから」
「感じ方の違い、そして思い込み、ですか。見る人によっては、と言いましたね? じゃあ、わたしにとっては『脅して盗った』ように見えましたけどね。
ただし、感じ方や見え方は定量評価ができませんので。映像証拠による事実だけでの判断となりますね。
借りたか盗ったかは別として、ミタ君の部屋から持って行ったことには違いない。それだけは、間違いの無い事実ですね」
「そうですね。借りて、それを持っていったのは事実ですね」
「――次に、ですが。ペンギン様の息子さんは、ミタマンマのネックレスを持っていきましたね? これについては盗んだとしか言えないと思いますが」
「それは……ちょっと、魔がさしたようですね。映像では変なことを言っていますが……本当は、その日のうちに返さないといけない、と我に返ったそうなんです。
でも、遅い時間になってしまったみたいで。次の日にでも返しに行こうと思ったら、学校から電話が来て、タイミングを失ったようなんです」
「後からはなんとでも言えますよね。それこそ証拠がありませんから、その言及はあまり有効ではないと思えますよ。
とにかく、ネックレスを持って行ったこと、そしてそれを『ネットで売る』と言ったことについては、事実と認めざるを得ませんね。映像ではっきりと確認できますので。
そして、モノを持って行く際には、『ミタ君を突き飛ばす行為』そして『言葉で脅す行為』、それも映像で確認できます。
先ほどまで仰っていた、感じ方の違いがあったとしても、これは誰が観ても暴力であると感じるのではないでしょうか?」
「ただふざけあっているように見えますけどね。男同士だったら、口調が荒いのだってよくあることですし。
もしかしたらミタ君の育ちが良すぎて、ちょっとした口調とか仕草にびっくりしたのかもしれませんし」
「感じ方について、ここで議論しても話が進まないので。事実だけ確認しましょう。
ミタ君は、精神的な苦痛を受けたことにより、四月に引き続き、学校に行けなくなりました。
その直接的な原因は、借りたか盗んだか――いずれにせよ、ミタ君の大事にしているものを三人に持っていかれた、という行為に寄るもので間違いありません。
ミタ君が受けた精神的な苦痛について、こちらも定量的な評価は困難です。
それに、ミタ君は不登校にはなりましたが、幸いにも亡くなってはいません。
これから申し上げるのは、これらの事実から判断される、妥当な請求額です。
ミタ様は、ペンギン様を含めた三名様に対する損害賠償として、一人当たり五百万円を請求すると主張しています。
勿論、主張の内容に疑義、もしくは反論があるかもしれません。その場合は、裁判での争い、ということになるでしょう。
以上が、ミタ様からの損害賠償請求に係る主張です。
名刺を置いていきますので、今後の進め方などについてはミタ様ではなく、わたしと連絡をとるようにお願いします。
何か、今の段階で聞いておきたいことなどあるでしょうか。
もし無い様でしたら、録音機の電源を切らせていただきますが」
「ありません。ただし、納得できる内容ではありません。ですので、こちらも弁護人を雇いたいと思います。目に見える事実だけ、なんてことはあり得ないと思いますので」
「わかりました。では、電源を切ります」
カチッ、という音がした。
――が、なぜか音声は続いていた。