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9. 魔族の令嬢、ヒズミは退屈している。


『私は、すべてを得た......それが、私の人生における、唯一の汚点だ』


 幼い私を膝に乗せた父は、ポツリとそう呟いた。

 当時の私には、父の言っている意味がわからなかった。


 父が死に、魔界の名家、トラントゥール家の当主になった私は、それに見合うだけの力も得た。あの頃の父と同じように、すべてを得たと言ってもいいだろう。


「......退屈だ」


 そして訪れたのは、抗いがたい退屈だった。ある日鏡を見ると、理解できなかった父と同じ顔をした私がいた。


 私は父の死によって初めて、父を理解することができたのだ。

 

 親不孝もの、と言うのだろう。


「ヒッ、ヒズミ様っ、どうかっ、どうかお助けをっ」


 目の前で土下座するのは、私に楯突いた魔族の一人だ。

 正直どうでも良かったのだが、少しでも暇つぶしになれば、と、私の城に呼び出した。


 私は、小さくため息をついてから、言った。


「貴様は何を言っている。私はむしろ、貴様を助けてやってるんだろう」


「私のっ、私のことはどうでもいいんです! どうか、どうか娘をお助けください!」


 その男は、自分の体に《《吸い込まれていく》》娘を抱きかかえながら、泣き叫んだ。


 私の魔法で、死にかけの父親に娘を強制的に吸収させてやったのだ。父親は娘の命を吸い生き延び、娘は死ぬ。


 私としては、生き残りたい父と死にたくない娘が、お互いを罵り合う様が見れるのではないかと踏んでいたのだが......。


「お父さん、私はいいの! お父さんのためなら、私、自分の命なんて惜しくないから!」


「そんな......お前を失ったら、私は生きていけない!」


「馬鹿! そんなこと言っちゃ駄目! 魔界の民を救うために、お父さんは絶対必要な人なんだよ! だから、何があっても生きなくちゃ駄目なの!」


「......うぐっ、ウッウッウッ」


 父親が、涙をボロボロと流す。娘がその涙を、まだ吸収されていない手で拭い、微笑んでみせた。

 ......はぁ、これまた、なんとも参ったなぁ。


「......参った、素晴らしいよ」

 

 私は、パチパチと拍手をした。二人が、怯え切った瞳で私を見る。


「美しい家族愛を見せてもらった。それに免じて助けてやろう」


 私は娘の頭を掴み、父親の体から引き摺り出してやった。ついでに、父親の体も直してやる。


 十秒ほどの沈黙。


「......パパっ」


 一足先に状況を理解した娘が、父親に抱きつく。父親も娘の抱擁にハッとなり、滂沱の涙を流し、娘を強く抱きしめ返した。


「......痛っ」


 すると、娘の方が悲鳴をあげ、頭を押さえた。


「どっ、どうした!?」


「あ、うん、大丈夫、ちょっと打ったところが......っつ。いた、い」


「......お、おい、本当に大丈夫なのか?」


 察しのいい父親が、顔を青くして娘に聞く。娘も「だいじょぅ、いたっ、痛いっ!?」と、自分の体を襲う痛みが、ただの打撲でないことに気づいたようだ。


「イダッ、イダダダダダダアダだだだダダダだっあっ」


「!? ヒズミ様っ、娘に何を!?」


 娘が奇怪な声をあげ、グニョグニョと形を変え始める。

 何を、と言われても、私も適当にやったので、どうなるかわからない。


 が、食欲旺盛なのは保証できる。


「がぎゃ、がぎゃぎゃ、胃ギャラギャラバラバッ」


「っ!?......ヒズミ、貴様ああああああ!!!!!」


 父親が私に向けて光の剣を作り出す魔法を発動した瞬間、娘だったものが、ばくりと父親の肩口に噛み付いた。父親が悲鳴をあげ、魔法が立ち消えた。


 魔物になった娘が、父親を押し倒し食い荒らす。世界を呪う父親の断末魔があまりに凡庸でそれらしく、私は一つあくびをした。

 

 ああ、見飽きた結末を導いてしまったな。


 ......まずいなぁ。このままでは私も、父のように退屈に殺されてしまう。

 

 私がもう少し、退屈に抗う努力するべきなんだろうか......いや、私が悪いのではない。

  

 そう、いつだって、私以外が悪いのだ。


 少し私に逆らう様子を見せたかと思えば、私を目の前にすれば全員が恐怖におののき、許しをこう。

 どいつもこいつも、ワンパターンなのだ。どうせ死ぬのだから、せめて最後に私を楽しませようという粋なやつはいないものか......。


「......待て」


 そういえば、確か五十年ほど前、この魔城に人間が来たことがあったな。


 その人間は、人間のくせに、ほかの魔族のように私を恐れることなく、妙な炎の魔法で私を楽しませてくれた。

 だから私も、そいつの命乞いを聞き入れ、殺さずに逃がしてやったんだ......そう、確か勇者ナントカとか名乗ってたな......名前は、なんと言ったか。


「......ああ、ここまで出てきてるんだが」


 名前は出てこなかったが、そういえば、そいつの剣を奪って、腕を飛ばしてやったことを思い出す。


 その剣を使えば、勇者をこの城に呼び出すことができる。暇つぶしの相手には、ちょうどいいんじゃないか。


「......アリ、だな」


 問題は、その剣はどこにやったか......記憶にないが、どうせウルリーカのやつが、武器庫にコレクションしているだろう。


 私は少々の高揚感を覚えながら、くだらん父娘を塵にして、武器庫に向かった。


 武器庫の重厚な両扉を開けると、細長い部屋に、数えきれない武器がずらりと並んでいる。この中からあやつの剣を探すのはかなり面倒だ。

 ウルリーカめ、収集癖もいい加減にさせないといけない。


 記憶を探りながら、武器庫を歩く。武器に全く興味のない私には、先ほどでないにしても、退屈な時間だ。


 ウルリーカを呼ぼうかと思った時、一つの武器が目に入った。


 白銀の輝きを放つ、一振りの大剣。詳しくない私でも、業物とわかる。


 ......そう、そう、これだ。これで、あやつの腕を切ってやった。


 名前こそ出てこないが、あの日の映像が鮮明に流れる。そして、一つの事実に気がついて、頭を押さえた。


「......ああ、参った」


 そうだ。あやつは確か、ヒューマンという種族だった。

 

 ヒューマンの寿命は平均で七十ほどのはず。すでに死んでいるか、生きていたとしても、ヨボヨボの爺さんになっているはずだ。


「......はぁ、最悪だ」

 

 ゴミ掃除で暇を潰せるのなら、なんの苦労もしない。私は腹いせにあやつの剣で遊んでやろうと、複雑な螺旋を描いた柄を手に取った。


「......待てよ」


 勇者は駄目でも、勇者の子供ならどうだ? 勇者の子供なら、同じ炎の魔法を使える可能性は十二分にあるのでは?


 この剣には、勇者の腕を切った時の血が残っている。

 これならば、私だったら勇者の血族を見つけ出すことができる。勇者の蛮勇と、炎の魔法を受け継いでいるのなら、それなりに楽しめるはずだ。


 よし、当初の予定は狂ったが、今から勇者の子供を、勇者の剣で殺してやろう。

 自分の愛刀の最後の獲物が自分の子供だと知ったら、ふふ、ショックで死んでしまうんじゃないか......。


「......馬鹿か、私は」


 いや、馬鹿に違いない。一体全体、どうやってその子供とやらに会いに行くというんだ。


 連中の住む人間界は、神とかいう不浄の存在によって、強く穢されている。私のような高貴な存在は、腐臭が酷くてとてもじゃないが近づくことができないのだ。


 父親を呼び出して、子供を釣るか......ええい、ヨボヨボのジジイを助けに来る子などいるか! うまく行くかもわからんのに面倒だし、興が乗らん!


「お嬢様、そのようなお手数をかける必要はありません」


 すると、トラントゥール家の紋章の入った眼帯をしたメイド、ウルリーカが、私の耳元で囁いた。

 私は即座に、ウルリーカを殴りつける。


「心を読むなと言ったはずだ、ウルリーカ」


「これは失礼いたしました。お嬢様」


 ウルリーカは、私に殴られてなお、品のある笑みを浮かべる。こいつと殺し合えば、それなりに退屈はしのげるが、有能なメイドを失うのは、私としても望むところではない。


「......で、なんだ?」


「はい。末端の魔物から報告があったのですが、どうやら今現在、神の結界が弱まっているようなのです」


「......弱まっている? つまり、穢れが浄化されていると?」


「どうやらそのようです。最近運動不足ですし、散歩がてらに、人間界の方に足を運んでみてはいかがでしょうか?」


「......ふむ」 


 人間界。ゴミの掃き溜め、か。


 ......ただのゴミ掃除では、暇つぶしにはならない。

 

 だが、大量のゴミを一気に消し去ったとなれば、それなりの快感はあるだろう。勇者の子供が外れだった場合、その腹いせに人類を滅ぼす、というのも、ありっちゃありだなぁ。


 ああ、その時は子供だけ生かし、わざと残した死体の掃除をさせるのもいいな。連中は雑魚らしく仲間意識が強いらしいから、それなりに見れるやもしれん。


「......悪くないな。ウルリーカ、着替えを用意しろ」


「承知いたしました、お嬢様」


 ウルリーカが残像を残して消える。私は一つ伸びをして、手に持った勇者の剣を光にかざした。


 ......今度のおもちゃは、少しは楽しませてくれるかな。


 剣をべろりと舐めると、鉄の味に久々に心臓が高鳴った。


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