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8. ゴブリンの森に、強者現る。



 ......本来、女神様とこうやって並んで歩かせていただいているだけで、とてつもなく名誉なことだ。


 だから、女神様に話しかけたいなんて、たかが人間が思ってはいけない。


「............」


 しかし、エステル様が沈黙を気まずく思ってるのなら、話は別だ。


 目を右往左往、時々「あっ」とごくごく小さい声で言って、結局何も言わず、口をモゴモゴさせ、俺が貸したボロローブをぎゅっとし、うつむく。


 これを何度も繰り返してるんだから、これ以上黙っているわけにはいかない。


「い、いやあ、それにしても、凄いですよね、ゴブリンの森って。これも、エステル様のおかげなんですよね!」


「......えっ」


「その、女神様が貼られているんですよね、魔物避けの結界。そのおかげで、リギアの周りには弱い魔物しかいないらしいじゃないですか!」


 数百年前、エステル様は、この大陸の主要都市に、魔物避けの結界を貼ったらしい。それから数百年、主要都市が魔物の侵入を許したことは、一度たりともない。


 それだけ強力な魔物避けの結界は、主要都市の周りにも影響を与えた。


 なんでも、強い魔物ほど魔物避けの結界を不快に感じるらしく、そのおかげで、主要都市からの距離と、そこに生息する魔物の強さは比例するらしい。


 よって、冒険者都市リギアの近くにあるこのゴブリンの森は、その名の通りゴブリンと、それに類するFランクの弱い魔物しかいない。


 おかげで、低レベルの冒険者でも、ゴブリンの森で比較的安全にレベルやお金を稼ぐことができる。

 ......と言っても、レベル0には、普通に危険な場所ではあるんだけど。


「......あっ、そうそう、そうなんです! その、魔族の侵略が続いて、このままじゃ人類が滅んでしまうと思ってっ」


「そっ、そうだったんですね! 感謝いたします、エステル様のおかげで、今の俺たちがいるんですね!」


「あっ、いえいえ、全然、仕事ですので......この結界のシステムがかなり厄介で、なかなか目が離せないんです。で、作った私の責任ってことで、管理の全権を託されちゃって......思えば、あの日から今日まで、満足に寝た記憶がありません」


「そっ、そうなんですね」


「............はは」


「............」


 ああ! むしろ女神様の気分を盛り下げてしまった! 


 ......頼む、ゴブリンでも、この際ドラゴンでもなんでもいいから、なんか出てきてくれ! なんなら俺を殺してくれたって構わない! これ以上女神様に気まずい空気を味あわせてしまってるなんて、罪作りにもほどがある!


「ぎょっ!」


 その時、茂みの中からゴソゴソ出てきたゴブリンが、俺たちを発見して奇妙な声をあげた。


 俺は思わず醜悪なゴブリンを抱きしめそうになったが、エステル様の「うわっ、竿役っ」と言う、妙な悲鳴に正気を取り戻す。


 エステル様は、なぜかゴブリンに怯えているようだ。女神の力にかかれば、ゴブリンなど瞬殺に違いないはずだが......一応、エステル様の前に出る。


「エステル様は、どうかお下がりください......もちろんエステル様がゴブリンなどに後れを取るようなこと、絶対にないかと思いますが、一応俺が守らせていただければと」


「あっ、はい......なんか、レ...プフラグみたい」


 俺の言葉に、エステル様が何か呟く。聞き返そうかとも思ったが、ゴブリンが待ってくれない。

 木の棒に石をくくりつけた原始的な武器を振り回し、俺に向かってきた。


 俺が鞘から抜いたのは、魔物の解体に使っていた大振りのナイフだ。


 サヴァン団での魔物の解体は、だいたい俺が血みどろになってやっていた。

 その時に解体用のナイフが必要だと、サヴァンから無理やり借金させられ買わされたナイフなので、俺の装備の中で一番いいものだ。

 戦闘用ではないが、使えるはず。


 そんないいナイフだが、力を入れたら、先ほどの包丁みたく、柄を握りつぶしてしまう。慎重に行かないといけない。


「ごぎょっ!」


 ゴブリンは飛び跳ねて、石斧を、俺の脳天めがけて振り下ろす......あれ、ゴブリンの動きって、こんなに遅かったっけ。


 これなら余裕で避けれるが......ここはちょうどいい力の入れ方を学びたいから、ガードしてみよう。


 俺は右手で卵を扱う感覚でナイフを持ち、上に構え、左手のひらでソッとナイフの刃を支えた。

 ゴブリンの攻撃による衝撃で少し力んじゃうだろうから、このくらいでちょうどいいはずだ。


「ぐぎゃ!?」


 予想通り、ゴブリンの打撃によって俺はびくともせず、逆にゴブリンが吹っ飛んだ。問題は、ナイフの安否だ。


 俺はナイフの持ち手を確認する......よし、しっかり無事だ。


 ならば、今度は反撃だ。切りつけ攻撃はナイフを振る分余分な力が入っちゃいそうだし、まずは突き攻撃にしてみようか.......しかし、問題が一つある。


 俺が今回受けたのは、ゴブリン討伐のクエスト。

 魔物討伐系のクエストでは、魔物を倒したことを証明するため、証明部位を剥ぎ取ってギルドに提出するのが一般的だ。ゴブリンなら右耳となる。


 多分、あの”力”のステータスだったら、ちょっと力を入れて突いたら、ゴブリンは彼方に吹き飛ぶか木っ端微塵になってしまうのではないか。

 それじゃあ、証明部位が取れない......ならば、先ほどと同じ要領だ。


 俺は、なるべく力を抜ききった状態で、ゆっくり、ゆっくりとナイフをゴブリンに向けて突き出していく。


「......ぐぎゃ」


 それを、ゴブリンが余裕の様子で避ける......そりゃそうだ。こんなの、ステータスとか全く関係ない。慎重になりすぎた。


「......ぶふっ」


 後ろから、エステル様が吹き出すのが聞こえる。ゴブリンも、なんだこいつみたいな冷めた目で俺を見る。うわぁ、めっちゃ恥ずかしい。


 


     ※


 


「......何よあれ、ゴブリン相手に苦戦してるの? レベル0ってあんなに弱いのかしら」


 ライラが茂みから顔を出し、呆れ切った口調で言う。オレはライラを引っ張り、茂みの中に戻した。


「ねぇ、やっぱりアイタナの勘違いよ。彼が強いなんて」


「いや、間違いない。身体に雷が落ちたような感覚がしたんだ」


 オレが言うと、ライラが変な顔をした。そして、口をもごもごしだす。

 口の軽さでダーリヤによく注意されてんのに、珍しいこともあるな。助かる。


「......ねぇ、絶対ありえないってことは分かってて、あえて聞くんだけど」


 しかし、結局、恐る恐ると言った様子で喋り出す。なんだよ。


「もしかして一目惚れ、とかではないわよね?」


「......ヒトメボレ? なんだそれ?」


「それは、その......男性を初めて見て、それで好きになっちゃう、みたいな」


「は? なんだそれ? 意味ワカンねぇんだけど」


 なんで、一目見ただけで人を好きになるんだ。どーなったらそうなる。


 第一、人を好きになるって感覚も、オレにはわからん。オレは、自分が強くなるのに役立つか役立たないか、そのくらいでしか人を見ない。

 ちなみにライラは、完全に後者、て言うか邪魔もんだ。


「......そう、そうよね。お姉ちゃん安心したわ」


 ライラが、フーッと安堵のため息をつく。なんでこいつに安心されなきゃいけないかわからんが、黙ってくれるのならそれでいい。


「ねえ、今からでも、副団長たちとショッピングに行きましょうよ」


「............」


 舌打ちをするのも怠くなったので、完全に無視する。


「お姉ちゃん心配なのよ、アイタナ、私以外と仲良くしようとしないでしょ? もう少し、お友達がいてもいいと思うの......あ、もちろん男は駄目よ。男女間での友情は成立し得るけど、アイタナみたいな銀髪巨乳美少女エルフとなると、話は別何だから」


 ライラは、さらにうっとおしく喋りかけてくる。こいつのうっとおしさに、対応策なんてないな。

 オレは小さくため息をついて、未だ進展のないティントの方から、ライラに視線を移した。


「強くなるのに、そんなもん必要ないだろ。むしろ弱味が増えるだけだ」


「......そうでもないわよ。絆が人を強くすることだってあるわ」


「チッ」


 甘ったるい理屈に吐き気がする。パパに育てられていないライラは、こういうしょうもないことをよく言う。


「あ、いいこと思いついたわ。今からギルドに戻って、ギルドのお偉いさんに、彼のステータスこっそり聞いちゃいましょ? それで、一発で彼が強いか弱いかわかるわ」


「............」


 一理あるな。ゴブリン相手じゃあ、良くも悪くも参考にならねぇ。ついでにティントの住所を聞き出してもいい。


「ね、人脈を築くのも大事でしょ?」


 ライラが暑苦しい尻尾を振って、得意げに言う。別に強くなるのに役立ってねぇだろ、と反論しようとも思ったが、面倒なので舌打ちで返す。


「それじゃ、行きましょ」


 ライラはドヤ顔のまま、オレの手を取る。うっとおしいと振り払おうとした、その時、 


「......ッッッッ」


 身の毛がよだち、ライラの小さな手を思い切り握りってしまった。


「痛っ、ちょっ、ちょっとどうしたの?」


 ライラが戸惑いの声をあげるが、返すだけの余裕がない。


 『直感』にも、様々な感じ方がある。『強者』と初めて対面したときは、電流が流れた感じ。

 そして、『危険』を感じた時は、心臓を舌で舐められたような感覚がする。

 

 ......舐められた、なんてもんじゃない。心臓を鷲掴みにされたような感覚だ。


 ティントがそばにいるから、『直感』のスキルの効果は弱めていた。にも関わらず、この感覚......。


「......お前は帰ってろ」


「え、え、何よ。ショッピングは?」


「いいからとっとと帰れ。ついてきたら殺すぞ」


 それだけ言って、オレは駆け出した。


 『危険』の直感を感じるのは、主に相手から攻撃の意思を向けられた時が多い。つまり、敵はすでにオレを認識している。


 ティントは、オレに気づいた様子がなかった。つまり、ティント以外に、もう一人、化け物がこの森にいて、すでにオレを狙ってる可能性が高い。


 パパはオレに言った。『まず第一に、自分の命を優先しろ。死闘などもってのほかだ』......死んだら強くなれないから、だそうだ。

 

 だが、死闘が経験値を得る上で、効率的だってデータは出てる。実際パパだって、若い頃何度も死闘を繰り広げ、十八でレベル100になった。


 オレだって死闘の一つや二つくらいして、限界を越えていかないと、パパに追いつけない。


 ......パパ、ごめん、約束、一回だけ破る。


 オレは『直感』の導かれるままに、強敵を求め駆けた。


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