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6. S級パーティ【多様性の庭】エース、アイタナ。

 

 前衛のオレの役割は、単純。魔物をぶっ殺すことだ。


「ぐるぎゃああああああああ!!!!」


 猿の魔物の頂点、猿神が、雷鳴のような咆哮をあげる。


 並の冒険者だったら、この威嚇で戦意を喪失し動けなくなるらしい。

 だが、子供の頃からこんな奴よりよっぽど怖いパパに、毎日ボコられてきたオレには、大した効果はない。


 となると、この咆哮、むしろチャンスだ。

 他の団員が固まってくれたら、その間、オレ一人でこいつを相手取ることができる。


 その時、ざわりと心臓が撫でられる感覚がした。

 オレは剣を作るときの廃棄で出る、様々な金属を組み合わせ作られた両手剣、通称『くず鉄』を構えた。


 猿神は、オレが切断した腕の切り口から、瞬時に五本の腕を生やした。

 そして、五つの拳を一つまとめて、オレに振り下ろす。


 ......上等だ。その五本の腕、全部削いでやる。


 すると、オレの前に、真っ赤な鎧の女が現れる。赤毛の尻尾が、オレの鼻をくすぐった。


 尻尾の持ち主、ライラがオレの前に出て、火龍の鱗をびっちりと使った『火龍の盾』を構える。

 どうやらこいつも、猿神の威嚇が効かなかったようだ。猫人のくせに、妙に度胸がありやがる。


「......チッ」


 普通だったら、猫人のライラの力では、猿神の拳は受け止められない。盾と一緒にぺちゃんこになるのがオチだ。


 そうなってくれたら、邪魔がいなくなっていいんだが、残念ながら、ライラのやつはまともに受け止めない。


 猿神の拳が盾に触れた瞬間、ライラの身体が、ぐにゃりとくの字型に曲がった。

 

 ライラの動きに合わせて、赤の盾が猿神の拳を包み込むように動く。盾に誘導された猿神の拳は、大きく右に逸れた。


 猿神はそのまま前のめりにつんのめって、どっかのお笑い劇場みたいに、豪快にずっこける。


 とんでもなくスキだらけだが、ライラにお膳立てされたってのがムカつくし、経験値も持ってかれる。

 オレはくず鉄をライラの背中に向けた。

 

「おいライラ、邪魔すんな! オレはタイマンでやりたいんだよ!」


「馬鹿言わないの! こんないかにも竿役丸出しのすけべ顔した猿と、可愛い可愛い妹を二人っきりにできないでしょ!」


 ライラがこちらを振り返り、猫の耳をピクピクして、相変わらず意味不明なことを言う。

 背中を蹴っ飛ばしてやろうと思ったが、そういうことをするとこいつはなぜか喜びやがる。なんかキモいのでやめた。


 転ばされたハヌマーンはというと、一瞬ポカンと目を丸くした。が、すぐさま怒りに顔を真っ赤にして、殺気を振りまき手をつき立ち上がろうとした。


 その時、黒い影がハヌマーンの腕脚にまとわりつくと、猿神の鮮血が舞った。ハヌマーンは悲鳴をあげ、再び態勢を崩す。


「ヤン! お前は雑魚シルバーバック狩ってろよ!」


 オレが黒い影に向かって怒鳴ると、黒い影がピタリと止まった。

 黒のロングコートに黒のズボン、そして黒のナイフを両手に持った、身長100センチメートルほどのハーフリングが、長い前髪の下からオレを見る。


「ふっ、俺様の意志じゃない。俺様の魔剣共が、こいつを切りつけろって囁いて来るんだ」


「......チッ」


 こいつはこいつで、何を言ってるかわからない。その小さい体を蹴っ飛ばしてやりたいが、スピードに関しては、ムカつくがハーフリングのヤンに分がある。


「......くきゃああああああああ!!!!」


 黒い影の正体を見た猿神が、甲高い怒りの声をあげた。あんなチビに好き放題されたのが気に食わなかったんだろう。


 左肩からも腕をにょきにょき生やし、縦横無尽に拳を振り回し始めた。


 ヤンはそれを交わすと、「......ふん、品性を感じない。俺様の魔剣がそう嘆いている」とバックステップで距離を取る。

 

 これは意味がわかる。要はビビったってことだ。それでいい、どっか行け。


「三人とも、そいつ暴走しとるし、うちの付加魔法も切れそうやから、接近戦は危険や! 攻撃は弓隊に任せて、一旦戻っといて! 付加魔法かけ直したる!」


 中衛のダーリヤが、きついエルフ弁なまりで叫ぶ。

 ダーリヤの言う通り、体の周りを纏う膜のようなものが、薄くなっている気がする。


 つまり、やっとオレ本来の力で戦えるチャンスってことだ。そっちの方が、経験値が入りやすい。

 しかしライラのやつは、「ほらアイタナ、行くわよ」と、オレの腕を引いて中衛に戻らせようとした。


 ......ふざけるな。『猿神の神殿』に来て、まだ一度もまともに戦ってねぇんだぞ。


 オレはライラの手を、思いっきり振り払った。


「ちょ、ちょっとアイタナ!?」


 オレはライラの制止を無視し、暴走する猿神と距離を詰めた。猿神のリーチに入ると、幾つもの金の拳がオレに向かって飛んでくる。


 それをギリギリのところで避け、オレは猿神の懐に潜り込んだ。そして、唱える。


「......凍える炎アブソリュート・ファイア


 すると、オレのくず鉄に、青色の炎が灯った。くず鉄より切れ味のいい武器はいくらでもあるが、オレの炎がここまで馴染むのは、くず鉄くらいのもんだ。


 俺は燃え盛るくず鉄を、猿神の腹に突き刺した。


 刃が弾かれる感触。くきゃ、という笑い声が、上から聞こえる。


 普通、怒りに駆られた魔物の肉は柔らかくなる。こいつ、我を忘れているフリをして、その実冷静だったな。


 だったら、オレの炎に対して、自分の体の性質を変え、火耐性を身につけていたかもしれない。嘲るような笑いはそれか。


「......ぐきゃっ!?!?!?」


 しかし、オレの炎に、火耐性なんてもんは通用しない。


 猿神の身体にボッと火がついて、猿神が驚愕の表情のまま、ガタガタと震え固まる。


 この隙は、オレが作り出したもんだ。だったら経験値も、オレに多く入るはずだ。


 俺はくず鉄を大きく振りかぶると、猿神の脳天めがけて振り下ろし......。


「きょっ」


 猿神が、奇妙な悲鳴をあげ後ろに倒れる......オレじゃない。


 猿神のシワシワのデコには、二本の光る矢が刺さっていた。


 ......クソが!


「おい!! 横取りしてんじゃねえぞてめえら!!」


 オレは後方を振り返って、矢倉の中でたむろしている、弓隊のドワーフ連中に叫んだ。


 弓隊のドワーフ連中は、オレの言葉が聞こえなかったらしい。あの矢倉の魔法を使ってる女、ナディアが、ご機嫌にブンブンとこちらに手を振っている。


「......チッ」


 その一切悪意のない馬鹿面を見ていると、怒る気も失せた。オレは【凍える炎アブソリュート・ファイア】を消し、深々とため息をついた。


 ......パパ、本当にこれでいいのか?


『もうお前に教えられることはない。他のものから学べ』

 

 十歳の時、パパにそう言われたから、冒険者学院に三年通った。本当に無駄な時間だった。


『オレが魔族に敗北したのは、一人で戦ったからだ。人と一緒に戦うすべを学べ』


 そう言われたから、S級パーティ、多様性の庭ダイバーシティ・ガーデンに入った。


 しかし、結果はこのざまだ。猿神の経験値の多くは、とどめを刺したドワーフ隊に持ってかれるだろう。一人で戦ってたら、横取りなんてされなかった。


 ......こういうしょうもない戦闘ばっかなせいで、ここ二週間、オレのレベルは上がってない。焦りが募る。


 パパは、十八でレベル100に到達した。

 今、十六のオレのレベルは81。

 レベルが上がれば上がるほど、レベルアップが難しくなる。ダーリヤは、その分ステータスも多く上がるから焦ることはないと言うが、そんな問題じゃない。


 オレは、パパを超えないといけない。だから、あと二年で、レベル100を超えなくてはいけないんだ。


「くおらぁー!! アイタナ、あんなのうちの魔法なしで当たってたら最悪死んでたで!」


 オレに向かって全力ダッシュしてきたダーリヤの拳を、軽く避ける。


 昔はオレより全然強い魔法剣士だったダーリヤも、今はろくに前線にも出ず、中衛でぬくぬくやっている。こいつから学ぶことも、もうない。


「まあまあ、ダーリヤ、いいじゃないか。アイタナには『直感』と『自動回復』のスキルがあるんだし、猿神に不覚は取らないよ」


 そう言いながらこちらに歩み寄ってくるのは、【多様性のディヴァーシティ・ガーデン】団長のセフランだ。

 こいつはドワーフの男なのに、女のような見た目をしている。


「団長はアイタナに甘すぎや! 言うときはビシッと言わんと!」


「まあまあまあ......それよりもアイタナ、今日こそギルドの方々との食事会、参加してくれるよね?」


 セフランは、少女のような顔で柔和に微笑む。とてもじゃないが、冒険者がするような顔じゃない。


 すると、忍び足でオレに抱きついて来たライラが、セフランをシャーと威嚇する。


「駄目です! ギルドの脂ぎったおっさんなんて、まず間違いなくアイタナのことをエロい目で見てくるわ! なにせ姉の私でも、時々エロい目で見ちゃうくらいだもの!」


「......ライラ。あんたそんなの、他の人たちの前で言うたら絶対にあかんで。うちらの評判まで下がってまう......ま、確かに、まっぶい身体しとるけど」


「ちょっと! 副団長といえど、私のアイタナをエロい目で見たら許さないわよ!」


「アホ! エロい目でなんか見てへんわ! ただ、エルフの血が流れてんのにどうやったらそんな乳でかくなんのか教えて欲しいだけや!」


「私がいっぱい揉んだからよ! 揉んでくれる相手のいないダーリヤはその微乳で我慢なさい!」


「はぁ!? セフレならいっぱいおるわ!」


「きゃぁ!? ダーリヤ最低! アイタナの鼓膜処女を汚さないで!」


「鼓膜処女って何やねん!?」


「......二人とも、どうか辞めてほしい。魔物にすら聞かれたくない会話だ」


 セフランが、呆れたようにため息をつき、再びオレに向け微笑んだ。


「ともかく、頼んだよ、アイタナ」


「......チッ」


 何が食事会、だ。

 飯なんていうのは、ただの栄養補給だ。それをチマチマチマチマ、ぺちゃくちゃ喋りながら食べる意味が、全く理解できない。


 オレは、一刻も早くパパより強くなって、魔族を超えないといけない。そんなしょうもないことに時間を使うなんてゾッとする。


 ......パパの言うことは絶対だ。疑っちゃいけない......でも、本当に、これでいいのか......。


 オレは再び深々とため息をついて、なんか鼻息荒くてキモくなってきたライラをひっぺがして、猿の死体の山に放り投げた。


メインヒロインの一人、アイタナ視点でお送りしました。次回、アイタナがティントと出会うことになります。


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[気になる点] 「凍える炎」に「アブソリュート・ファイア」って付けてますが、「アブソリュート・ファイア」を強いて訳すと「絶対的な炎」だから超高温の炎ってことになりますよ。アブソリュート・ゼロが絶対0度…
[気になる点] アブソリュートは絶対的なという意味です。
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