47. アイタナの初めて。
「ティントー!!!!」
私は熱狂の渦の中、絶叫した。
今までの応援はちょっと恥ずかしかったけど、今は気にならない。なぜならこの闘技場にいる全員が、ティントの名前を叫んでいるからだ。
......いえ、一人叫んでいない娘が、私の隣にいた。アイタナだ。
私がティントへ声援を送るよう言おうとした時、
「......はぁぁぁぁぁ」
アイタナは深々とため息をついて、ズルズルと椅子から崩れ落ちた。
こんなアイタナは初めて見るから、少しびっくり。
遅れて、この愛らしい妹が本当に可愛すぎて、思わず「アイタナー!!!」と叫びそうになった。せっかくのティントの晴れ舞台なので、なんとか我慢。
私は立てない様子のアイタナを引き起こして、思わず笑う。
「なんだ、結局あなたも、ティントのこと心配してたのね」
「ちげぇよ......アニキの心配なんかしねぇって」
「ふふ、じゃあ何よ、今のため息は」
照れるアイタナを私が揶揄うと、アイタナはどこか遠い目をした。
「......アニキ......ティントが、強くなくなっただろ」
「......ええ、そうね」
未だにあの話は信じがたいけど......信じてしまうだけの説得力が、テル......エステル様には、確かにあった。神威、というらしい。
それに、ティントのあの化け物じみた力は、神に与えられたという他ないのも、また事実。
それでも、ヒズミの炎の前には無力なのに、私たちのために命を張ってくれたのよね......ポッと頬が熱くなる。
「その時、オレ......」
そこで、アイタナが口をモゴモゴさせ始める。ダーリヤほどじゃないにしても、言いたいことを言うタイプだし、珍しいわね。可愛い。
そして、アイタナはしばらくの間モゴモゴを続け、ボソリと言った。
「強くなくなったティントから、離れたくないって思っちまったんだ」
「......へっ? 離れたくない?」
空耳かと思い、聞き返す。するとアイタナは、顔を赤くしたまま頷く。
「そんなの、お前に対しても思ったことねぇのに、弱いはずのティント対して、思っちまった」
「......ほぇ!?」
衝撃発言に次ぐ衝撃発言にがっつり腰が抜ける。えっ、いっ、いやいや。
「まっ、またまたぁ、そんなこと言って、ツンデレなんだからぁ。私のこと、命がけで助けに来てくれたじゃない」
「......そりゃ、魔族に攫われたら嫌だけどよ。一緒にいるときは普通にウゼェし邪魔だから、どっか行っといてほしいとは思う」
「......かはっ」
私は思いっきり吐血するが、アイタナはいつものことと無視して続ける。
「それで、その、よく話してるだろ、ナディアとかと」
「......かはっ?」
仕方がないので、血を吐きながら首を捻る。
「その......好き、とか......それなんじゃねえのかって思って」
............はっ。
「......好き!?!?!??!?!?!?!?!?」
「ばっ!?!? でかい声出すな!!!」
アイタナは白い肌を真っ赤にして、私の口をふさぐ。あ、アイタナの手のひらにキスしちゃった。これはもうプロポーズするしか......それどころじゃないわ。
アイタナは耳に朱色を残したまま、ぼんきゅっぼんの身体を、小さくして座る。
「おかしいとは思ったよ。オレがそんな感情抱くわけねぇって......でも、その、離れたくねぇってのを自覚した時、心臓がドキドキしたりとか、体温が上がったりとか、触れてぇとか触れられてぇって思ったんだよ。それって、お前らがいう、好きな男への反応、だろ?」
「......ぼっ」
心臓が音を立てて潰れた。ごめん、みんな。せっかく助けてもらったのに、私ここで死んじゃうみたい。
「ただでさえ、お前のせいで強くなるには余計な感情あんのに、これ以上妙な感情抱えちまったら、オレ、どうなっちまうんだろうって......それで、怖くなって、逃げたんだ」
「!......ぞっ、ぞれってっ」
......すっ、好き避け!? この娘、一六歳にして好き避けとかショタがしそうなことしてたの!? マジで!? ちょっと可愛すぎないかしら!? おかげで潰れた心臓が瞬時に治っちゃったじゃない!!
「だから、安心したんだよ。んなことなかったんだってわかって」
するとアイタナが、フッと自重気味に笑う。ちょっともう、何がなんだかわからない。
「......えっと、どう言うこと?」
「いや、オレの『直感』レベル上がったろ?」
「......えええ、そそうね」
魔族や火龍との戦闘のおかげか、はたまた魔法が進化したおかげか、アイタナの伸び悩みは終わり、先日、レベルが1上がり、それによってスキルのレベルも上がったのだった。
「そっそれが、どどうしたの?」
「ああ。そういう反応は、オレの『直感』が原因だったんだ」
「......?」
首をかしげると、アイタナはこの国の美術品なんて全部消えても問題ないくらい美しい横顔を、物憂げにした。
「格上相手にビビっちまうのが、オレの最大の弱点だって、最近思うんだ......そしてティントは、圧倒的格上の相手に、こうやって勝っちまった」
そして、叫ぶティントの方を眺める。そのぽけーっとした瞳は、どこからどう見ても恋する乙女のそれだった。
「オレの進化した『直感』が、それがわかってて、まだティントから学ぶことがあるぞって教えてくれたに違いねぇ。だからオレを、まるで恋する女みたいにしたんだ。そうすりゃ、そいつのそばから離れなくって、結果そいつから色々学べるだろ?」
アイタナは、本気で安心したように表情を緩め、続ける。
「つまり、オレはティントを好きじゃねぇってことだ。ま、冷静に考えたら当然だけどな。オレが恋愛なんかするわけねえし、ティントとの付き合いは短けぇし.......ま、ティントは...アレ、みたいだけど」
「......かわいっ」
「あ? なんだ気持ち悪い?」
アイタナが眉を吊り上げる。どうやら本気で言ってるみたい。マジで可愛すぎるわこれ。食べたい、いえ、喰ベタイ。
......これ、どうしようかしら。
私は渦巻くヤバげな感情を一旦抑え、冷静になった頭で思考する。
アイタナが、ティントに恋心を抱いているのは、ほぼ確定。でも、恋心といっても、このような勘違いをしてしまう程度。
まだ土からひょっこりと顔を出した芽のようなもので、今のうちに摘んでしまえば、アイタナはティントへの恋心を自覚しないまま、初恋を終えるに違いない。
それは、アイタナ処女教教祖の私の望みではある。でも、でも......。
今までのアイタナは、強い、強くない以外の視点で、他人に興味を示すことなんてなかった。そんなところを、少し寂しく思っていたのは事実。
そんなアイタナが、人に恋をした。そのこと自体は、喜ぶべきことなんじゃないかしら......。
もちろん、相手がそこらへんの男なら、絶対に許さなかった。それこそ私がヒズミにやられたように、内臓という内臓を外臓にしても怒りは収まらないわね。
でも、相手はあのティント。
正直、アイタナが彼を想っていることを知らなかったら、私が好きになっていただろう、素敵な人。アイタナの相手としては、これ以上ない人だわ。
それなら、本当にアイタナの幸せを願うものとして、私は二人の恋のキューピッドになるべきじゃないかしら......うう、でも、でもぉ。
「......うっ、うっ」
観客1『おい見ろ、あのライラが泣いてるぞ。すげえ、ライラに涙腺とか存在したんだな』
観客2『うわっ、本当だ、鬼の目にもってやつだな......でも、納得だよ。こんな試合見せられたら、そりゃ感動するよ』
観客1『......なぁ、ああやって見ると、ライラって可愛いよな』
観客2『......確かに』
「私のアイタナの処女が奪われるなんて、耐えきれないよぁ......」
観客1『......悪い、前言撤回させてくれ』
観客2『気にすんな。誰にだって間違いはある』
アイタナには、幸せになってほしい。けどそれ以上に、私が幸せにしたいという気持ちが強い! ごめんなさい、アイタナ。これが姉というものなの!
......えっ、待って!?!?!?!?!?
その時、神からの啓示を受け、私の身体に電流が走った。
もし、万が一、アイタナとティントが結婚したとしましょう。
そうなれば、ティントは私の妹の夫になる。それって、つまり......。
ティントが、義弟になるってこと.......!?!?!?!?!!?!?!?!?!!?
結婚式礼服ティント『......その、今日から、義弟として、よろしく......お姉ちゃん』
待ちなさい、待ちなさいティント。私は別に、弟とか妹とか、年下の家族が好きだからアイタナのことが好きなわけじゃないわよ。アイタナが好きで、そのアイタナが妹だったから結果シスコンになっただけで
結婚三ヶ月ティント『......お姉ちゃん、俺、もう我慢できない』
何言ってるのよ駄目よ。あなたにはアイタナがいるじゃない。え? アイタナも良いって言ってる? まあそりゃそうよね。アイタナはあなた以上に私を愛してるんだし、私が望むなら許すでしょう。でも駄目。倫理的に駄目。たとえティントが団長のように女の子になっちゃったりしたって
赤面涙目ロリティント『その、お姉ちゃん、俺、トイレの仕方が分からなくって......教えて、くれませんか?』
「うーんアリねぇ」
「......お前、急になんだ、ブツブツと気持ち悪りぃ」
私を半眼で見るアイタナの肩を掴み、グイッと視線を合わせる。
「アイタナ、辛いけど、本当に辛いけど、私は応援するわ」
「あ?......お、おう」
アイタナは理解こそできてないみたいだけど、私があまりに真剣だから、戸惑いながらも頷いた。
そうと決まれば、断腸の思いだけど、アイタナの恋を応援することにしましょう。
もちろん二人が結婚した際には私も同じ家に住むわけだから、ティントの私への好感度もあげておかなくちゃだわ。ティントからしたら、私って自分の妹の処女を狙う危険人物でしかないでしょうからね。
そうなると問題は、アイタナが自身の恋心に自覚的でない......というより、自覚したがっていないところ。私がいくら言っても、きっと認めないでしょう。
もちろん私としても、そんな無粋な真似はしたくないし、する必要もないわね。
なぜなら、自覚させられるのは時間の問題だから。
今日の決闘で、ティントが多様性の庭に入団することは決定したわけだし、これから一緒にいる機会も増える。
そして、当然ティントはアイタナのことを好きになるでしょうから、ティントの方からなんらかしらのアピールがあるはず。
好きな相手からそんなことされちゃったら、当然胸はときめいちゃう。そんなことが何度も続けば、スキルが原因じゃないって理解させられちゃうに違いないわ。
私はティントがアプローチを間違えないよう、サポートをすればいい。そうすれば、アイタナとティントはきっと結ばれる......うぅ。
心臓が締め付けられる感覚に、私の視界がジワッと滲んだ。
思わずアイタナにぎゅっと抱きついて、耳元で囁く。
「......やっぱり、処女だけは私にくれないかしら」
「......なんでお前って、意味がワカンねぇのに気持ち悪いんだ?」
それは姉だからよ、と答えると、アイタナは深々とため息をついた。




