44. サヴァンとの決闘、開始。
闘技場のど真ん中、アリーナへと向かう薄暗いトンネルを歩くと、自分の中に新たな自分を見つけたような、妙な感覚に震える。
すると、視界の端に、緑色の線状のものが見えた。
この線は、残りのHPを表す。この緑の線が消えてしまえば、負けだ......ああ、緊張してきた。
すると、心地のいい風が吹き込んできた。俺は全てを吸い込む勢いで肺を膨らませ、一気に吐き出した。
「......よし」
頬を打って、アリーナに出る。強い太陽の光に目を閉じてから、
「ティントー! 頑張ってー!」
ライラの声に目を開ける。闘技場の客席は、多種多様な人でいっぱいになっていた。
まさか、ただのレベル0の俺とサヴァンの決闘に、ここまでの人が集まるとは......多様性の庭の一件もあってのことだろうな。ライラが開口一番に声援を送ってくれなかったら、きっとブーイングが起こっていただろう。
続いて、サヴァンがアリーナに現れると、ライラの声がかき消える歓声が彼に降り注いだ。なんだかんだ言って、サヴァンも人気の冒険者なんだな、と思う。
サヴァンはというと、端正な顔を憎悪に歪ませて、つかつかと俺の元に歩み寄って来た。
そして、俺をギロリと睨めつけて、言った。
「......よくもまあ、おめおめと現れたものだな。なんだ、ライラと違い、私になら勝てると思ったか」
ははは、と嫌味に笑って、ちらりと客席のライラとアイタナを見た。
「お前を、観衆の前でなぶれば、アイタナとライラも目を覚ますだろう」
アイタナはとっくに俺への興味をなくしているが、どうやらサヴァンはそのことを知らないらしい。それなら、そのまま勘違いし続けといてくれたほうが、こちらとしてもありがたい。
そして、サヴァンはくるりと背を向け、お互い開始位置につく。全身がじっとりと脂汗で濡れ、俺は乾いた唇を舐めた。
そして、観客のボルテージが最高潮に達したところで、
決闘開始の鐘がなった。
サヴァンは華麗なステップで、すぐさま俺と距離を詰めた。
俺は火龍の盾を構え、盾越しにサヴァンを伺った。サヴァンが不快そうに目元をヒクヒクさせる。
「お前みたいなレベル0が、ライラの盾を使うな!」
そして、『一角竜のレイピア』を俺めがけて振るう。
俺の体に衝撃が走り、のけぞりそうになるが、必死に耐える。絶対に放すものかと、盾の持ち手を力強く握りしめた。
「......っ」
一瞬の戸惑いの後、再び突きが俺を襲う。すると早速、右端のゲージに変化が見えた。
『火龍の盾』のおかげで、そこまでダメージが通っている感覚はない。しかしそれでも、確実にHPは削れていく。これをこのまま続けられたら、俺は確実に負けるだろう。
「はっ、女の盾を使って引きこもり戦法か! お前のしょうもない親父が残した薄汚い家よりはこもり心地がいいだろうな!」
しかし、プライドの高いサヴァンの性格を考えると、そんな地味な勝ち方をするとは、到底思えない。
サヴァンは自分のスキル【華麗なる剣戟】のスキル名をとても気に入っている。
今回の決闘もそのスキル名のような勝ち方をして、自分が多様性の庭に入れない理不尽を、観衆に訴えかけたいところだろう。
......そうじゃないと困る。なぜなら、俺の勝利条件の一つとして、サヴァンに【華麗なる剣戟】のスキルを発動があるのだ。
【サヴァンのステータス】
レベル:40
力:92
耐久力:84
持久力:88
器用さ:224
素早さ:400
魔力:148
サヴァンの耐久力は、レベル40にしては、そこまで高いものではない。
彼の戦闘スタイルから、耐久力を必要としないのが原因の一つだろう。それでも、俺の約三倍はあるのだから、なかなか絶望的だ。
しかし、スキル【華麗なる剣戟】を発動させれば、耐久力が落ちる。そうなれば、俺の攻撃でもサヴァンのHPをある程度減らせるようになる、わけだが......。
「ふっ」
俺は、サヴァンが小休止を入れた瞬間、火龍の盾に備え付けたナイフを右手で引き抜いた。
ナイフは、ライラが『火龍の盾』と一緒にくれると言っていた『火龍の牙』ではなく、アイタナから貰ったブランド物のナイフ。
火龍の牙は単純に重いし、クセも強いので俺ではとてもじゃないが扱いきれない。
アイタナにもらった高級品ながら、そこらの貴族でも扱えるこのナイフが、今俺が装備できる最高のナイフという結論だった。
「うらぁっ!」
「!」
しかし、俺の一刀は、あまりにあっさりサヴァンに躱される。
サヴァンは想定外の反撃に驚いてから、戸惑いの返す刀で俺を突く。俺は片手でなんとか防御して、慌ててナイフをしまい両手で火龍の盾を持つ......たっ、助かった。
完全にサヴァンの意表をについたけど、それでも躱された。
やはり、素早さと器用さのステータスが高く、普段から避けるスタイルで魔物と戦って来たサヴァン相手に、俺のナイフなんてどうやったって当たらないんだ。
問題はそこだ。いくら耐久力が低くなったからって、俺の攻撃が当たらなければ、なんの意味もない。
「......はっ、愚鈍。あまりに愚鈍だ」
サヴァンも、驚きこそしたものの、俺と同じ結論に至ったらしい、ニヤリと笑った。観衆からも失笑が漏れる。
......しかし、俺が事前に考えた作戦がハマれば、サヴァンに強烈な一撃を食らわせることができる。
だが、それが通用するのは、多分一回。つまり、一回の攻撃でサヴァンのHPをゼロにしなくてはいけないのだ。
それには、兎にも角にもまずは【華麗なる剣戟】を発動させ、サヴァンの耐久力を下げなければいけない。
サヴァンの【華麗なる剣戟】の何が優秀かって、自分の意思によって、いつでもスキルを発動させられること。
逆に言えば、扱う人間に正常な判断力がなければ、これほど諸刃の剣になるスキルもない。
「ティントー! 上出来よ上出来ー! 勝てるわー!」
ここで、ナイスタイミングでライラがこんなことを言う。
アイタナも応援してくれたら、さらに効果的なんだけど......そのアイタナはというと、俺と目が合った瞬間、ふいっと俯いた。
「......余所見とは、余裕だな!!」
しかし、十分効果的だった様子だ。サヴァンは先程までの余裕など吹き飛んだようで、止まったまま乱雑に突きを振るう。
これなら、ダメージこそあれど、ここ数日ライラの突きを受け続けた俺なら、なんとか受けきれるはずだ。
再び体を固め、悲鳴を漏らさないよう唇を思いっきり噛み、受ける。
盾越しにサヴァンの動揺が伝わる。疲労感を訴える腕を叱咤し、ずるずると下がる足を強気に一歩前に出し、耐える、耐える、耐える。
「......っ」
結果、俺はサヴァンの連続突きを、全て受け切った。
ライラの歓声プラス、予想外の展開に、客席がざわざわと不審にざわめき始める。
すると、サヴァンの顔に、明らかに焦りの感情が浮かんだ。
......よし。
サヴァン含め、皆が想像したのは、レベル40によるレベル0の瞬殺劇。しかし現状、俺はまだピンピンしている(ように見える。実際はもうめちゃくちゃキツイ)。
俺の知るサヴァンは、プライドこそ高いが、自分を過信するタイプじゃない。それどころか、案外マイナス思考なやつなのだ。
俺の予想では、もうこの時点で、彼の頭には嫌な想像が脳裏をかすめているはずだ。
例えば、レベル40のくせにレベル0に苦戦した自分への、周りの嘲笑。もしかしたら、レベル0に負けどん底に堕ちた自分さえも想像しているかもしれない。
さらに言えば、サヴァンのステータスの中で、二番目に低い持久力。普段は持久薬を使ったり、身を隠して回復を図ったりできるが、決闘ではどちらも許されない。
サヴァンからしたら、こうやって粘られて動きが悪くなったところで、攻撃されるというのは、それなりに現実味があるはずだ。
だから、サヴァンは、そういう意味でも、一刻も早く俺を倒したい。
耐久力を下げてしまうことへの不安。そして、レベル0相手にスキルを使いたくないという自尊心が、苦戦していることへの羞恥心、そして万が一の敗北への恐怖心が上回った時、サヴァンはスキルを使う。
......魔法より、スキルのはずだ。なぜなら、スキルの方がまだ言い訳が効く。
冒険者にさえなれば、遅かれ早かれ身につけることができるスキルと違い、才能の象徴である魔法を使うのは、いわゆる”マジ”感が出てしまう。
プライドの高いサヴァンなら、まずはスキルを使うはずだ。
サヴァンが、再び剣戟を振るう。しかし、なんなら先ほどよりも質は悪い、体重の乗っていない、ただの手打ちの突きだ。
きっと嫌な想像が不安を掻き立て、その不安が身体を硬くしているんだろう。
ステータスにはないが、俺がサヴァンに絶対に勝っていると言い切れるもの。
それは精神力。ここをうまくつけば、勝機は作れる。
早速サヴァンの顔に疲れが滲み、突きが止まる。俺は盾に隠れながら、なんとか息を整えた。そして、余裕の表情を作って顔を出すと、こう言い放ってやった。
「なんだ、こんなもんか、サヴァン。これならレベル0の俺でも、簡単に受け切れるよ」
すると、シンと会場が静まり返った。
緊迫した空気の中、サヴァンの周りが怒気に歪んだようにさえ見えた。まずい、挑発しすぎたか。
「......【華麗なる剣戟】」
その時、サヴァンは小さくスキルを唱えた。彼の周りに青色の光が灯り、消えた。
......来た、来た、来た。
思わず釣り上がる口角を引き締める。
第一関門は思ったよりも順調にクリア。しかし、一つの安心もできない。なにせ、ここからの方がよっぽど厳しくなる。
サヴァンの魔法【風に吹かれて】。
今度は魔法を使わせるまで、スキルを発動したサヴァンの猛攻を耐える。耐え切ってみせる。




